第281話 思惑、めいめいに



――――王都 王城のリチャード王子のダンスホール 老齢の騎士



 その様子はまるで子供が遊んでいるかのようだった。


 最西端の草原から少しずつ上下に広がり……王都を過ぎるとまた段々と狭くなり、最東端は元帝国領土。


 全体として横に長い菱形のようになっているサンセリフェ王国の地図を少しずつ丁寧に赤色に塗っていって……王の直轄地となった領土全てを塗り終えたなら、普通のものよりかなり高価な赤色のインク壺の蓋をしっかりと閉じてから、絵筆を机に置いたリチャード王子が満足そうなため息を吐き出す。


 ダンスホールと銘打っているものの、すっかりとここは執務室のような風体となっていて……いくつもの机が並び本棚が並び、巻物をしまうための巻物棚が並び……そんな中でひときわ豪華な机が暖炉の側に設置されていて……その机でリチャードはこれまで行ってきた改革の成果を、そんな風に地図に刻み込んでいた。


 その地図は戦争で手に入れた帝国領土を反映させた最新のものとなっていて、紙も特別上等なものが使われていて……それに色を塗り込むなど、とんでもないことだったのだが、老齢の騎士は何も言わずに静かにリチャードのことを見守っている。


「相手が愚かすぎて予想以上に上手く事が進んだが、どんなことでも急ぎすぎれば反発を生む……一旦ここで止まるべきだろうな」


「はっ……」


 今この場にいるのはリチャードと老齢の騎士の二人だけ、かしこまった態度を取る必要は無いと言えば無いのだが、それでも老齢の騎士はリチャードの言葉に短くそれだけを返し……慣れているのか、リチャードもそれを素直に受け入れる。


「ここで止まるなんてことを言いはしたが、これだけの領土を直轄地に出来たのだから、十分と言えば十分……これで貴族共が大きな顔をすることは出来なくなるだろうな。

 ……ん? なんだ? 何かあるのか?」


 更に言葉を続けて……続ける中で老齢の騎士の表情の微妙な変化を読み取ったのか、そんな問いを投げかけてきて……それを受けて老齢の騎士は少し悩んでから、頭の中に浮かんでいた疑問を言葉にする。


「直轄地が増えた事、それ自体は喜ばしいことですが……これだけ広く、遠方にまで直轄地を得たとなると、管理の方が問題となるのでは?

 官僚の育成も進んではいますが、使えるようになるのはまだまだ先のこと……直轄地の管理が疎かになれば王家の名誉が傷つくことはもちろん、貴族達に反撃の隙を与えてしまうことになるのでは……?」


「ああ、そのことか。

 そのことならば問題ない、遠方のある程度の範囲は直轄地であり騎士団領でもあると、そう言う扱いにする予定だ。

 騎士団領の管理は現地に派遣した騎士団に行って貰う予定で……お前にもいくらかの領土を担当してもらうつもりだ」


 するとリチャードはすぐに疑問に答えを返してくれて……その答えがさらなる疑問を生み出していく。


「……しかしそれでは貴族制と同じことになりませんか?」


「なるかもな、なるかもしれないから騎士団領及び騎士団での立場の世襲を禁止とする。

 騎士団領を管理出来るのは実力あるものか忠義を示したものか、あるいはその両方か、その者一代のみとし、その子には騎士学校に試験なしで入学できるなど様々な特権を付与するが、それもまたその子世代までとし……一切の世襲は許さない。

 もちろん実力や忠義を示した結果、父と同じ領地を任されるなんてことがあるかもしれないが……それはあくまで自らの力のみで勝ち取らなければならない」


「……なるほど、そういうことであれば納得ですが……次の疑問として騎士に領地の管理が出来るのか? というものがありますが……?」


「騎士団と言ってもモンスター退治も戦争も無いとなれば、ただ訓練をしているくらいの暇な時間があるのだろう? 

 であるならばその時間全てを領地管理のための勉学にあててもらう。

 官僚に全てを任せて、官僚が何をしているのか理解出来ない……なんてことになれば官僚による領地の独占や暴走を招きかねない。

 専門家になれとまでは言わないが、ある程度の政務が出来るくらいに、官僚が何をしているのか理解出来るくらいになってもらわないとな。

 ……時代は進んでいるんだ、いつまでも古代の……建国王時代のやりかたのまま、なんてのは有り得ないことだ。

 騎士団にも官僚にも変わってもらう、国を立て直すとなったら貴族だけを改革したらそれで終わり……という訳にはいかないという訳だ」


「なるほど……改革はまだまだこれからが本場という訳ですな」


「ああ、そうなる……。

 そして一番近くのここ……王都からの指示でも運営できるだろう、この領地に関してはシルド……君に頼もうかと思っている。

 君には幼い頃から世話になった……せめてもの礼だと思って欲しい。

 正式にそうなったなら君は騎士団領主のシルド卿とでも呼ばれることになるのだろうな」


 その言葉を受けて老齢の騎士シルドは一瞬言葉に詰まる。


 だが動揺することなく驚愕することなく、経験がそうさせるのか冷静さを崩すこと無く小さな息だけ吐き出して、


「了解いたしました、過分な取り計らい、心より感謝いたします」


 との言葉を返す。


 そんなシルドの姿を見やりながらリチャードは、こんな時くらい少しは感情を表に出してくれても良いだろうになぁとそんなことを思い……そうして静かに苦笑するのだった。


 


――――マーハティ領 西部の街メラーンガルの領主屋敷 エルダン



「その提案を認めることは……絶対に出来ないであるの」


 領内各地を巻き込んでの反乱騒動をどうにか鎮圧し……各地が落ち着きを取り始め、そうして開催されることになった、反乱をどう防いでいくのか、同じ過ちを繰り返さないにはどうしたらいいのかという議題を掲げた会議にて……ある提案を出されてエルダンはそう語気を強める。


「……しかし、ああいった連中を放置していた結果が、今回の反乱に繋がったことを思えばなんらかの対策が必要なのではないかと……」


 そんなエルダンに対し、提案を出した獣人……毛皮で作ったローブをまとったイノシシ顔の中年男は提案を撤回することなく反論をし……あぐらに足を組んでどんと座り、肘置きに肘を預けていたエルダンは語気を弱めることなく言葉を返していく。


「確かに我が領内には未だに、人間族至上主義とも言える連中がかなりの数、存在しているであるの。

 だからといってただそれだけで、思想だけでその全てを処罰するなど論外で……余計な反乱を引き起こすきっかけとなりかねないであるの。

 なんらかの対策が必要という点には同意するものの、処罰弾圧などは領主として断じて認められないであるの」


 仮にそんなことをしてしまえば領内から反発があるのはもちろんのこと、他の領……たとえば隣領の領主であるディアスからも反発があるだろうし、他の近隣領主や下手をすれば王城からの反発まであるかもしれない。


 あくまでエルダンはサンセリフェ王国の領主であり、この領土を王から預かった身であり……王国東部に多くの人間族至上主義の者達がいることを思えば、そんなことが出来ようはずがなかった。


「ではエルダン様は一体どのような対策をお考えなのですか?」


「まず反乱を起こした者、それに関わった者、これらは思想に関係なく厳しく処罰していくであるの。

 そして同じ思想を持ちながらも反乱に与することなくこの地で生き続けている者……思想に反しているだろう現状にじっと耐えている者には、あえてこちらから手を取り優しくする……つまりはいくらかの支援をしていくであるの。

 今は僕達のことが憎いかもしれない、今すぐにその考え方を変える事は出来ないかもしれない……でもいずれはそう出来るかもしれない……であればその手助けをしてやるのが最上と考えるであるの。

 皆には僕以上に人間族を憎む理由があり、想いがあり、そんなこと許せるかと思うかもしれない……けれどもいつまでも同じ地に暮らす隣人を、手を取り合うべき仲間を憎み続けていては、今回のように多くのものを失うことに繋がってしまうであるの。

 グリン……もし君が言うように獣人の方が人間族よりも優れているというのであれば尚の事、優れている側が一歩、譲歩してあげることが必要だと僕は思うであるの」


 そう言われてグリンと呼ばれたイノシシの獣人は「ぐっ」とのうめき声を上げて言葉を飲み込む。


 まだ反論出来る余地はある、反論のために準備していた言葉はある、だがしかし会議の場の空気が……他の面々の様子がそれを許さない。


 カマロッツやジュウハといった人間族の側近はもちろんのこと、犬人族や獅子人族を始めとしたエルダンに絶対の忠義を誓う者……それらは当然としてグリンと同じように人間族を憎んでいた、過激派と呼ばれていた者達までがエルダンの言葉に流されていて、ここで下手にグリンが反論したならばそれら全てがグリンの敵に回りそうな空気を作り出している。


 グリンとてエルダンが憎い訳ではない、エルダンに流れる人間族の血が憎い訳ではない。

 エルダンには深く感謝しているし、尊敬もしているが……それはそれとして自分達を奴隷として扱ってきた人間族を許すことができない。


 そんな事を考えてグリンが歯噛みをしていると……エルダンはそんなグリンの目を真っ直ぐに見やり、柔らかく微笑みながら一瞬だけ視線を西方……隣領メーアバダルの方へと向ける。


 今回の反乱を鎮圧しようと真っ先に助けてくれたのは誰か?

 その対価を求めず、そればかりか被害にあった地の特産品を積極的に買うなどして支援してくれているのは誰か?

 他にも様々な部分で自分達を助けてくれているその誰かの種族は一体何族なのか?


 優しい表情ながらもその視線は厳しく問いかけていて……そうしてグリンはエルダンの言葉を受け入れることにして、頭を垂れてから、


「エルダン様のお言葉に従わせていただきます」


 と、そんな言葉を口にするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る