第280話 酌み交う盃
数日後。
セナイとアイハンが採取したハチミツで、とりあえずのハチミツ酒が完成して……更に赤スグリなどで先々の酒の材料もなんとかなりそうだとなり……隣領に買い出しにいっていたゴルディア、アイサ、イーライが帰還し、それ相応の量のワイン樽を持って帰ってきてくれて……そのことをナルバントは思っていた以上に喜んでくれた。
色々な酒が飲めるというのもそうだが、自分達のために……自分達の力を求めてここまでしてくれたことが嬉しいとかで……目を潤ませたりしながら本当に喜んでくれて、そうして正式に洞人達をメーアバダル領に呼び寄せることが決定した。
決まったなら後は呼ぶだけなんだそうで……そのための儀式のようなものが必要なんだそうで、広場の中央に木を組んで火を付けて……そしてその側に短い足を投げ出して座ったナルバントが、出来上がったばかりのハチミツ酒入りの、セナイとアイハンの似顔絵が描かれた瓶を持ち上げながら声を上げる。
「ディアス坊! 人の体とはなんじゃ!
人の体とは砂粒がいっとき、集まって出来上がった姿に過ぎん! そんな体で生きる人生に意味を求めるのは虚しいことじゃとは思わんか!」
それはなんとも哲学的な問いかけで……子供の頃に受けた伯父さんの授業のことを思い出しながら、ナルバントに向かい合うようにあぐらに座った私は、頭を悩ませながら言葉を返す。
「それでも家族と友達と、毎日を満たしてくれる美味しい糧があれば、人生も楽しいものだろう」
「そうか! それも一つの考えじゃろうのう。
確かに嘆き悲しむよりも、このいっときを楽しんだ方が良いのじゃろう!
だがオラはもう少し良い方法を知っておる、酒じゃ、酒を飲むんじゃ!
酒とはつまり、疲れ乾いた砂粒を潤してくれる命の水じゃという訳だのう!
砂粒一つ一つの隙間に入り込んで、浸透して、全てを潤し、癒やしてくれる……酒こそが人生! これを忘れちゃぁおしまいじゃのう!」
「……まぁ、うん、否定まではしないが、体を害さない程度に楽しんでくれよ」
「うむ! 聞こえるか愛しい友よ! いつかまた相会おうと誓い合った同胞よ!
オラ共は新たな村を得た、毎朝踏みしめる大地を決めた! この只人がオラ共の力を借りたいと望んでおる!
それだけじゃぁなく、お主達がおらんで盃までが寂しいと悲鳴を上げておる! このまま顔を見せんのであれば、盃地に傾げ、大地の砂粒を癒やしてくれるぞ!」
そう言ってナルバントは瓶を傾けて、地面に置いておいたコップへとハチミツ酒を注いでいく。
そうやってコップへとなみなみハチミツ酒を注いだなら……手に持って少し傾げて、ちょろちょろとハチミツ酒を地面へと注ぎ始める。
少し注いだなら、コップに口をつけてごくりと飲んで、また注いだなら口をつけてごくりと飲んで。
その行為に一体どんな意味があるのか……それを少し離れた所から様子を見ていたモント達が「もったいねぇなぁ!」なんて声を上げたり、セナイとアイハンが『えーーー!』なんて抗議の声を上げたりする中、何度も何度もその行為は繰り返されて……そうやって一瓶を空にした頃、地面が揺れているような、そうでもないような……なんとも言えない違和感が地面から伝わってくる。
モント達やセナイ達の声で今ひとつよく聞こえないのだが、何かが揺れているような、震えているような……かといって地震という程でもないし、一体何事だろうかと周囲を見渡していると、ナルバントが酒を注いだ辺りの地面がボコンと割れて、そこからズイッと太い腕が生える。
「うおう!?」
あまりのことに私がそう声を上げて、それで地面から生えた腕に周囲で様子をみていた皆が気付いて、驚き困惑し静まり返り……誰も何も言えなくなる中、腕だけでなく肩が生えて毛むくじゃらの頭が生えて……ナルバントそっくりの洞人が地面から這い出てくる。
「あ"ぁぁ~~~~よく寝だぁー」
そうして一声上げた洞人は、広場の地面に大きな穴を開けながら這い出て、地面を踏みしめて二本の足で立って……身体中の土を払って落とし、さんざんに咳き込んで酒に焼けた喉を痛めつけてから……ナルバントのコップを受け取り、ハチミツ酒をぐいと飲み干す。
「あ"ぁぁぁ~~~~、うんめぇなぁ~~~~」
更に一声、そう言ってからその洞人はナルバントの横に並んで座り……それを待っていたかのように次の腕が、先程空いた大穴からズズイッと生える。
「……ま、まさか、イルク村の真下で寝ていたのか!? ナルバントの言う穴ぐらとはここのことだったのか!?」
その光景を見て私がそんな声を上げると、ナルバントは「だっはっは!」と笑ってから、コップの中をぐいと飲んでから、言葉を返してくる。
「流石にそんなことはないから安心せい。
坊達が酒の用意をしてくれてる間、オラ共の方で同胞を呼ぶための道を作っておいたんじゃよ。
同胞が目覚める時だけに許された特別な魔法で、穴ぐらからここまでまっすぐに洞窟を掘って……そんでもってこの広場へと繋げておいたんじゃ。
なぁに問題はないわい、儀式が終わったら危なくないよう、ちゃんと埋め直しておくからのう」
ナルバントがそう言う間も次々に地面から腕が生え、洞人が生え……洞人の男女がどんどんと数を増やしていく。
全員が全員立派な髭を生やしているせいか、その年齢の程ははっきりしないが……赤ん坊や幼児といった年齢の子供は見当たらず、とりあえず全員が大人ではあるようだ。
そしてその全員が地面から出てくるなりナルバントが用意した酒を飲んでいって……ハチミツ酒はあっという間になくなり、それを受けてサナトがワイン樽を抱えてきて……ナルバントのコップにそのワインが注がれていく。
「はぁ~~~この紅の美酒はなんて名前なんだろうなぁ~~」
「いや、どう考えてもぶどう酒でしょ、あんたいくら長く眠ってたからって、酒のことを忘れることないじゃないの」
「果実酒なんて全部一緒だろう? 俺ぁやっぱハチミツがいいなぁ」
「ばっかおめぇ、蒸留酒にまさるもんがあるかってんだ!」
「あ~~~~、飲みてぇなぁ、蒸留酒!!」
次々に現れては酒を飲み、そんなことを言い合う洞人達。
ナルバントを中心に横一列に並んで座って、横に座る仲間達の顔を見て満面の笑みを浮かべて……そうやって32人の洞人達が地面から出てきた所でようやく打ち止めとなる。
打ち止めとなったのを見て、オーミュンがやってきて穴を両手で雑に塞いでから何か呪文のようなものを唱え始めて……そうやって穴と地下にあるという洞窟を塞いでいるのだろう、また地震のようなそうでないような、そんな気配が地面から伝わってくる。
そうしてオーミュンの呪文が終わって……サナトが新たなワイン樽を盛ってきて、すっかりと宴会気分になってしまっている一同に、コホンと咳払いをした私が声をかける。
「はぁー……まさかこんな登場の仕方になるとは、驚かされたな。
まぁ、うん、どういう方法であれナルバントの仲間達が、領民になるためにわざわざ来てくれたんだ、歓迎するよ。
私はディアス、ここの領主だ、皆が良い暮らしが出来るよう、出来る限り頑張るつもりだから、皆からも力を貸してくれると助かる、よろしく頼むよ」
すると洞人達は一斉に私の方を見て、目を丸くして……、
『た、只人がいるぅぅぅ!!』
と、異口同音に地響きかと思うような声で張り上げるのだった。
――――あとがき
お読みいただきありがとうございました。
次回は一旦ディアス視点を離れて、リチャード他の今、になる予定です。
ここからは領民0に関係ないお知らせです
私が連載中の『獣ヶ森でスローライフ』の英語版『So You Want to Live the Slow Life?』が電子書籍サイトなどで発売となりました。
全編英語となっていまして……英語が読めない方にはアレなのですが、表紙なども大変素敵なイラストになっていますので、興味がありましたら、ぜひぜひチェックしていただければと思います。
よろしくお願いいたします
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