第279話 とりあえずの目標達成?


 私があれこれと昔のことを思い出しているうちに、ハチミツの採取は無事に終わったようで、セナイとアイハンがハチミツがたっぷりと入ったガラス瓶を両手で持って、本当に嬉しそうな、にへらとした笑みをこちらに向けてくる。


 そのガラス瓶は結構な大きさとなっていて……その瓶をいっぱいにするだけでも結構な量なのだが、セナイとアイハンが持っている分で二本、足元に置かれているので二本、合計四本ともなると、もうとんでもない量だと言えて、私は思わず、


「おおお……こんなに簡単にこれ程の量が取れるとはとんでもないなぁ」


 なんて声を漏らす。


 するとセナイとアイハンはますます嬉しそうに笑って、これでもかというくらいに笑顔を弾けさせて……そうしてからまずは手にしている瓶を私の足元に二本持ってきて、それからもう二本も持ってきて、それらの瓶を私の方に差し出しながら声をかけてくる。


「ミツバチが困らないように、全部の巣箱ちょっとずつだけもらったからこれだけだけど……また明日か明後日か、もっと後になったら同じくらいの量が取れると思うよ!」

「おさけにつかうんでしょ、はい! あげる!」


 その言葉を受けて私は隣に立つアルナーの方を見て……私が何かを言うよりも私の表情から私が言わんとしている言葉を察したのだろう、頷いたアルナーは一言、


「ディアスの好きにしたら良い」


 と、そう言ってくる。

 

 それを受けて私も頷いて、それからセナイ達の方へと向き直り、膝を折ってしゃがみこんだ私は、セナイとアイハンの頭を撫でながら言葉を返す。


「セナイ、アイハン、ありがとう、二人の気持ちとても嬉しいよ。

 だけどこのハチミツは二人が頑張って手に入れたものだから、何もしていない私がタダでもらう訳にはいかないな。

 セナイ達だって大好きなハチミツを舐めたり料理に使ったりしたいんだろうし……それにナルバント達に手伝ってもらったんだろう? ならナルバント達に礼としてあげたりもしないといけないだろうし……このハチミツは二人の好きにするといいよ」


 そんな私の言葉を受けてセナイとアイハンは、まさかそんなことを言われるとは思ってもいなかったという、驚きでいっぱいの表情を浮かべて……そうしてから少し困ったような表情となって、どうしたら良いのか分からないと言わんばかりに首を傾げる。


「二人で使うには多すぎるとか、それでも私の仕事に使って欲しいと思うのなら、その場合はタダでもらうのではなくて、買い取るという形になるかな。

 ハチミツはとても高価なものだからね、エリーとかに市場での値段を聞いて、それに近い価格で買い取って……セナイとアイハンは仕事を頑張った報酬としてその金貨や銀貨を手に入れる訳だ。

 それらは当然二人のものになる訳だから、ペイジン達が来た時に何か好きなものを買うとか、エリー達に頼んで何か欲しいものを仕入れてもらって、それを買うとかも良いかもしれないね」


 私がそう言うと、セナイとアイハンはまさかそんな話をされるとは思ってもいなかったのだろう、ハチミツの瓶を差し出したポーズのまま、目をこれでもかと見開いて丸くして……驚くやら何やらで言葉を失ってしまう。


 ……今までもセナイ達には色々な家事を手伝ってもらっていて、森でキノコなんかを集めてもらったりもしていて、そのご褒美として小遣いと言って良いくらいの銅貨などを渡していた。


 だがこれだけのしっかりとした作りの、かなりの利益が出る施設を、二人だけが持っている知識で、二人が中心となって作ったとなると……お小遣い程度の金額では足りないにも程があるだろう。


 二人は以前から森人しか使えない魔法とか、森人だけが持っている知識でイルク村の皆を助けてくれていたようだし……この機会に、そこら辺に関する礼というか、相応の報酬を支払っておくべきなのだろう。


「え、えーっと……お金、もらえるの?」

「わたしたちの、おかね?」


 私がそんなことを考えていると、自分達なりに考えをまとめて、いくらか冷静になってきたらしいセナイとアイハンがそう言ってきて……私は頷きながら言葉を返す。


「ああ、セナイとアイハンのお金だ。

 私やエリー、ゴルディアやアイサ達も子供の頃から働いていて、その対価としてお金をもらっていたんだよ。

 お金をもらって、それで色々な買い物をして……そういった経験から数え切れない程の勉強をしたものだ。

 お金を使いすぎたり、変なものや必要ないものを買ってしまったり、かなりの失敗もしたものだが……そんな失敗も今となっては良い経験だったと思っていて、こんなにも凄い仕事をこなした二人にも、そういった経験をしてもらいたいのさ。

 もちろん無駄遣いが過ぎたり、悪い使い方をしそうになっていたりしたら、その時はアルナーと一緒にきつく叱ることになるけどな」


 そんな私の言葉を耳にしたセナイとアイハンが、すぐにはその意味を理解しきれないのか、口をぽかんと開けながら呆ける中……アルナーがこくりと大きく頷いて、私と同意見だと示してくる。


 アルナーも若い頃から色々と働いていたようだし……働きながら家庭の事情でその報酬のほとんどを家のために使っていたようだし、色々と思うところがあるのだろうなぁ。


 セナイとアイハンのことをなんとも誇らしげな表情で見やり、心底から喜んでいるのだろう、頬を上気させていて……しかもそれがアルナーにとっても好物であるハチミツ絡みの話ともなれば、誇らしさも嬉しさも私のものとは比べ物にならない程になっているのだろう。


 そんなアルナーの様子に気付いたセナイとアイハンは、手にした瓶とアルナーの表情のことを交互に見て……瓶をそっと足元に置いて、両手を大きく広げる。


 するとアルナーはそんな二人のことを抱きしめて、よしよしと頭を撫でてあげて……セナイとアイハンは本当に嬉しそうに目を細める。


「他にももっと稼ぎたいからと、変な仕事に手を出そうとしても叱ることになるが……まぁ、セナイとアイハンならそこら辺は大丈夫だろう、大人達に相談することを忘れない子達だからな。

 エイマも側に居てくれているし……皆に相談しながらこれからも頑張ると良い。

 ……しかしこのハチミツ、簡単に取れるだけでなく質も良いんだなぁ……普通は布でこしたりして、ゴミとかを取らないといけないものなんだが……瓶の中を見る限りその必要もないくらいに綺麗だからなぁ……。

 これだけ綺麗なら後は味次第で良い値段になるんだろうなぁ」


 なんてことを言いながら私がハチミツの瓶を手に取ると……セナイとアイハンは、アルナーの腕の中でふんふんと鼻息を荒く鳴らし、どうだ凄いだろうと言わんばかりの表情をする。


 そうしてから二人同時に、


「もちろん味も良いよ!」

「かおりもいいよ! ちかくにそういうはなを、たくさんうえたもん!」


 なんてことを言う。


「ああ、そうか……ミツバチに美味しい蜜を吸わせれば自然とハチミツも美味しくなる訳か。

 この品質のミツバチが定期的に手に入るなら、蜂蜜酒辺りはあっという間にそれなりの量を揃えられそうだなぁ」


 私がそう返すとセナイとアイハンは、お互いの顔を見合い、嬉しそうに笑い……そうしてから何かもっと褒めてもらえることは無いかと考えているのか「うーんうーん」なんて声を上げながらしばしの間悩んで……それから『あっ!』と同時に声を上げ、言葉を投げかけてくる。


「お酒なら赤スグリがあるよ! 赤スグリ! あっという間に増えるから、夏になったらたくさんワイン作れるよ!!」

「あんまりおいしくないけど、ワインにできるよ!!」


「あ、赤スグリを植えたのか!?

 なんだってあんなものを……!? い、いやまぁ……森人の二人なら扱いを間違うこともないだろうから、問題ない……か?」


 セナイとアイハンの言葉を受けて私がそんな声を上げると、赤スグリのことを知らないらしいエイマとアルナーがこちらに同時に視線を向けてきて……私はそんな二人に赤スグリがどんな植物かを教える。


 そこまで大きくならない木で育つのが早くて、夏頃になると名前の通りの赤い実を大量につける。


 その実はとても小さくて、味も薄くて美味しいとは言えないものだが、ジャムにしたりセナイ達が言う通りワインなんかにしたりすると中々悪くない味になってくれるという、加工品向きの果物だ。


 植木鉢とかで意図的に小さく育ててもたくさんの実をつけてくれるので、食べるものが無い時などには頼りになるのだが……成長が早くて木が小さくてもたくさんの実をつけるものだから、油断するとあっという間に増えてしまうという欠点がある。


 増えて増えて、増えすぎて他の植物を枯らしてしまうなんてこともあって……私もかつて孤児仲間達と調子に乗って増やしすぎて、周りに迷惑をかけそうになったことがあった……。


 だがまぁ……赤スグリの実が手に入るなら、春は蜂蜜酒、夏は赤スグリワイン、秋になったらベリーワインを作ることが出来る訳で……洞人達の酒を確保するという目的は、とりあえず達成出来る訳で……そう考えた私は、セナイとアイハンに、


「赤スグリの管理も大事な仕事だから、油断せずに行って……もし困ったことがあったら、すぐに相談するようにな!」


 と、力を込めた声で念を押しておくのだった。




――――あとがき



お読みいただきありがとうございました。


次回は……ここら辺の話を聞いたナルバント達のあれこれになる予定です。

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