第277話 洞人族とか、酒作りとか


 新しく関所を作る必要があり、それには相応の人手が必要で……ナルバントの仲間達、穴ぐらで眠っているという洞人族なら能力的にも人数的にも、最適だということになって……。


 そんな洞人族には酒が欠かせないものなんだそうで、私の鎧作りの時もそうだったが、酒があってこそ本来の力を発揮出来るんだそうで……そういう訳でまぁ、これからは大々的……という訳ではないけども、イルク村でも積極的に酒を買い、作れるようなら作り、皆で程々に楽しんでいくことになった。


 とは言えやはり飲みすぎは体に悪いので、程々にすることが重要で……そんな中私は、これまで通り、酒とは距離を置いた付き合いをしていくことにした。


 自分が酒を嫌う理由が分かって……酒が皆に必要だとも理解していて、だけどもやっぱり嫌いというか、酒で失敗してきた連中を見てきたりもした訳で、付き合いで舐める程度に飲むことはあっても、それ以上は飲む気にはなれなかった。


 仮に私が泥酔してしまったとして、我を失って暴れてしまったとして、誰がそれを止めるのかという問題もあるし……ここまで来てしまったらもう、酒嫌いも私の人生の一部なのだろう。


 だけども今までのようにあれこれと言うことはせず、皆のために酒を用意するし、用意するために協力もするし……美味しく酒を飲める場も用意するし、そこら辺は領主としてしっかりとやっていこうと思う。


 そんな方針となったことを酒好きのアルナー辺りは喜ぶのだろうなぁと思っていたのだが……アルナーは酒のことよりも私の両親のことが気になるようで、事あるごとにこんなことを言うようになった。


『仇討ちするならいつでも手伝うぞ? 相手が遠くに居ようが誰に守られていようが、やる気になってやってみればなんとかなるものだ』


 アルナーが言うには鬼人族の中で仇討ちは、正しいこと……というか、誇りある行いとされているとかで、推奨されている行為であるらしい。


 仇討ちをすることで被害にあった人の魂が救われるとか、その誇りが守られるとか、そういった考えがあるそうで……全くの善意でそう言ってくれているようだ。


 両親が誰かに殺されたということは相応にショックではあったし、恨む気持ちが無いとまでは言わないが……まぁ、うん、今となっては全て過去のことだ。


 孤児になったからこそゴルディア達に出会い、ゴルディア達を守りたいと思ったから戦争に行って、戦争でクラウス達に出会い……戦争に行ったからこの草原の領主になることが出来た訳だからなぁ。


 ……これもまた運命、今が幸せならそれで良いのだろう。

 

 何より両親は仇討ちを望むような人達ではなく、むしろ今の暮らしや幸せを捨てて仇討ちに走ったなら激怒するような人達だった訳で……両親のことを想うのなら、尚の事今の暮らしを大事にすべきだろう。


 とまぁ、そんなことをアルナーに言ってみたのだけど、今ひとつ伝わっていないというか『それはそれとして仇討ちしてみても良いのではないか?』みたいな態度で……なんというか久しぶりに文化の違いというか、考え方の違いを痛感することになった。


 まぁ、うん、無理強いとかはしてこないし、あくまで提案をするだけなので、そこら辺はもうアルナーなりの善意なのだと受け止めて……やんわりと断りつつも、そういうものなのだと理解していこうと思う。


 そして洞人族については……ナルバントに30人程居るという一族を呼んでもらうことになったし、関所に関しても洞人族達にお願いするという方向で決まったのだが……今すぐに呼ぶという訳ではなく、まずは人数分のユルトと食料と、それと酒を用意する必要がある。


 ユルトと食料は当然として、洞人族にとって酒を飲むという行為は食事に近い行為らしく、飲んで当たり前、飲まないなんてことは考えられないことなんだそうで……ある程度の期間、酒を飲まなくても平気な顔をしていたナルバント一家は特別というか、特例というか……洞人族的には『異常』ということになるらしい。


 鍛冶仕事や力仕事で汗をかいたなら酒を飲んで水分と栄養を取る、何か嬉しいことがあったらとりあえず酒を飲んでそのことを祝う、特に何もなくても酒を飲んでその味を楽しんで……常にほろ酔い状態であるくらいの方が体も調子が良く、健康的……なんだそうだ。


 これまた人種の違いに驚かされたというかなんというか……酒好きの都合の良い言い訳のようにも聞こえてしまったのだが、ナルバント達によると、そういうことでは無く、本当に洞人族とはそういう種族であり、そういう体をしているんだそうだ。


 頑強で屈強で、その髭で鉱山毒なんかを無毒化出来て……ついでに酒の毒も無毒化出来て。


 そういう訳で洞人族はどんなに酒を飲んでも、その毒を無毒化出来るので、酔うことはあっても理性を失ったり判断力を失ったり、暴れたりすることはないそうで……病気になることもないんだそうだ。


 その上かなりの長生きで、冬眠のようなことも出来て……大昔には洞人族は、その頑丈さから岩人族、なんて呼ばれ方もしていたらしい。




「―――岩のように眠るから岩人族なんてのはなんとも安直な感じがしてのう、いつからか洞人族と名乗るようになったらしい。

 そっちはそっちで安直じゃぁないかと思うかもしれんが……まぁ、自分達で考えた名前の方が愛着が湧くってことなんじゃろうのう」


 洞人族についての説明の最後にそう言って、ナルバントがレンガを積み上げた壁を、平手でペシペシと叩く。


 その壁はアーチ状に半円を描いていて……壁と天井が一体化したような作りとなっている。

 

「他の地下貯蔵庫の壁は、石壁のようになっていると聞いたが、ここだけはレンガ造りなんだな?」


 外交交渉をしたり、伯父さんから凄い話を聞いたりした日の翌日。

 ナルバント達が工房のすぐ側に作った地下貯蔵庫の一つ……主に酒の保管と醸造用に作ったという結構な広さの空間に足を運び、松明を片手に持ちながら辺りを見回し……そうしてから私がそう言うと、ナルバントは笑みを浮かべて皺を深くしながら言葉を返してくる。


「おうさ、他の貯蔵庫は冷気を閉じ込めるための造りになっておって、ここは冷気を閉じ込めるだけじゃなく酒を上手に生かすための造りになっておるんじゃ。

 レンガの隙間から呼吸が出来るから、酒の妖精達が集まる、集まった妖精達を大事に育てて……酒を作ってもらい、作ったならそのまま貯蔵し、妖精達に美味くなるように酒を育ててもらう。

 場合によっちゃぁカビさえも酒の味方に出来るのがこの貯蔵庫よ。

 この貯蔵庫いっぱいに酒樽を並べられたなら、オラ共としちゃぁ感無量……涙が出てくる程に幸せを感じられるじゃろうなぁ」


 そう言ってナルバントは奥へと真っ直ぐに続く、半円の洞窟のようになっている空間を愛おしそうに眺める。


 以前ナルバントの息子のサナトから酒蔵を作るとは聞いていたが……まさかこんな貯蔵庫と一体化したものだったとは……私がイメージしていた酒蔵とは全く違って驚いてしまうなぁ。


 そんな地下の酒蔵は、果てなんて無いのではないかと思う程に長く深く……松明一本程度ではその全てを照らすことは出来ず、こんなにも広い空間を酒樽でいっぱいにするなんて、どれだけの量が必要になるのかと気が遠くなるが……大酒飲みを30人近く抱えるとなったらそのくらいは必要なのかもしれない。


 そしてきっとその光景こそがナルバント達にとっての理想郷で……領主として私が達成すべき一つの目標なのだろう。


「そういうことなら……まずは買い集めるための金、次に酒作りのための材料のことを考えないとだなぁ。

 ユルトと食料も用意しなきゃいけないし、しばらくは忙しくなりそうだな」


 ナルバントに対し、私がそう返すと……私と一緒にここへやってくるなり黙り込んで、目を輝かせながら周囲を見回していたアルナーが声を上げる。


「馬乳酒以外の酒なんてどう作るのか想像も出来なかったが……妖精の力を借りるとはな、驚いたぞ!

 ここでならあのぶどう酒とかが作れるのか!?」


 するとナルバントは「むっはっは!」と髭を揺らしながら笑い、揺れた髭を手で抑えながら言葉を返す。


「ぶどうだけじゃないのう、リンゴ酒に麦酒、蜂蜜酒にベリー酒、芋酒なんかも出来るのう。

 お隣では砂糖葦があるんじゃったか? なら砂糖葦酒も作れるし……甘けりゃぁ大体なんでも酒に出来るもんじゃのう。

 今時期だと……蜂蜜なら手に入るんじゃないかのう、あの森ならそれなりの数の蜜蜂がおるはずじゃからのう……蜂蜜さえ手に入れば後は4・5日もあれば蜂蜜酒の出来上がりじゃ。

 酒樽のための良い木材や、薬草なんかを入れても良い風味の蜂蜜酒になるからのう、そこらへんを森の中で、セナイとアイハンに手伝ってもらいながら集めるのがまずすべきことじゃぁないかのう。

 それと金じゃったか……金稼ぎに関しちゃぁオラは素人じゃが……なんぞ売れるもんでもあれば拵えてやるからのう、なんでも言うてみると良いのう」


 そんな言葉を受けてアルナーは、


「あの甘い蜂蜜で作った酒はどんな味になるんだろうな!?

 薬草と組み合わせるというのも面白いし……妖精の力で酒を作るなんて知りもしなかった! 一体どんな風になるのか今からワクワクしてくるな!?」


 なんて声を上げる。


 今までは仇討ちのことばかり気にしていたが、すっかりと完成した酒蔵を前にして、酒好きとしての想いが膨れ上がってしまったのだろう、まるで宝石や花々を前にしたかのように興奮し、はしゃぎ……あまり見ない一面を見せてくる。


 そうやってアルナーが喜んでくれていることが嬉しいのか、ナルバントもまた声を弾ませながらアルナーに声をかけ……そうして二人が盛り上がっている中、まっすぐに続いている道のようになっている空間の奥から、サナトがのっしのっしと歩いてくる。


「おう、来たか、以前頼まれたもんもしっかりと作っておいたぞ。

 親父達が落ち着いたら案内してやるから、もうちょっと待ってな」


 歩いてくるなりサナトはそう言って……奥にあるらしいそれの方向を指で指し示すのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回はサナトの言っている何かについてと、蜂蜜集め……までいけたらなぁという感じです。


そしてお知らせです。

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