第276話 ディアスと酒


 それから始まったナルバントの話によると……洞人族は動物達がするような冬眠、のようなことをするらしい。


 天候悪化や災害などの理由で環境が悪化したなら、穴ぐらを深く掘ってそこで岩のように丸まって眠り……環境が改善するまで眠り続ける。

 

 その間は食事などもする必要がなくて……目覚めるなり普通に動けてしまうくらいには体の状態も維持されるんだそうだ。


 そして環境が改善したのかの判断は、一族の長がするんだそうで……その長がナルバントだった、ということらしい。


 長だけは眠っている間も、気温の変化や自然の中に流れる魔力の量の変化を敏感に感じ取っているらしく、その変化でもってそろそろ外の環境が改善したかな? なんて判断をし、確認のためにと目を覚まし……穴ぐらから出て一族が目覚めても問題ない環境なのかを確認し、一族が生活をしていくための下地を整えてから……一族に目覚めよと合図を送るんだそうだ。


「セナイ達の魔力を感じて目覚めて、穴ぐらから出ての確認をして……それから一人じゃぁ寂しいし手も足りないんでなぁ、家族だけを起こしてイルク村にやってきたという訳じゃのう。

 それからすぐにでも一族の者達を起こしても良かったんじゃが……いきなり一族全員で押しかけても、食料は無い寝床は無い、更には役に立てる仕事も無いってことになりそうじゃったからのう、まずはオラ達でもって下地作りをしたという訳じゃのう。

 そういう訳でまずは魔石炉を作って仕事場を作り、その魔石炉でもって物を仕上げてみせて、オラ共ならこれだけの仕事をすると見せた訳じゃのう。

 次に地下に氷を使った貯蔵庫を作って、一族がやってきても大丈夫な量の食料を溜め込んでおけるようにして……ついでに貯蔵庫があれば酒の保存や低温醸造なんかも出来るからのう、物作りだけじゃぁなく、酒作りでも活躍出来る下地を作った訳じゃのう」


 更に言うなら最近になってジョー達という新しい領民かつ領兵が増えた訳で……ジョー達のための驚く程に動きやすく頑丈な防具や、王様や貴族でも手に出来ないような切れ味鋭い武器を作ってやれるとかで……その上、関所作りという大役まであるとなったら、一族を目覚めさせるにはこれ以上無いタイミングだった……とのことだ。


「そ、そういうことだったのか……。

 それはまた何と言うか……洞人族っていうのは凄まじい種族なんだなぁ」


 ナルバントの話を聞いて私がそんな感想を口にし……ゴルディアやヒューバート、エイマは心底から驚いたような顔をし、周囲にいた犬人族達はまた領民が増えるんだと喜んで尻尾を振って……そしてアルナーは、領民が増えるということと、それと地下貯蔵庫での酒作りが始まるということに喜んでいるのか、いつになく目をキラキラと輝かせ、その頬を上気させる。


「むっはっはっは!! アルナー嬢ちゃんも喜んでくれているようで何よりじゃのう。

 嬢ちゃんだと武器防具なんてもんよりもやっぱり酒かのう? 低温醸造だと美味いぶどう酒が出来るのはもちろんじゃが、麦酒もすかっとした美味さになってくれるからのう……期待してくれて構わんぞ!!」


 そんなアルナーを見てか、髭を揺らしながら大きく笑ったナルバントがそんなことを言い、それを受けてアルナーはひどく喜び……そうやって盛り上がっていく二人になんと言葉をかけたものかと私が悩んでいると、新参のメーア達……メァタックやメァレイアと名付けた面々を引き連れたベン伯父さんが、難しい顔をしながらこちらへとやってくる。


 そんなベン伯父さんに私が、ベン伯父さんまでこんな所までやってきてどうしたんだ? とそんな言葉をかけようとしていると、それよりも早くベン伯父さんが顔の皺を深くしながら声をかけてくる。


「また酒がどうこうと、そんなことを言おうとしていたのか?

 なぁ、ディアスよ、お前はどうしてそんなにも酒のことが嫌いなんだ?」


 その言葉を受けて一瞬きょとんとした私は、首を傾げながら言葉を返していく。


「そりゃぁ酒は体に悪いもので、両親からも飲むなと教わったからで……」


「そんなことはないだろう、あの二人だってワインは好んで飲んでいたからな。

 確かに酒は過ぎれば体に悪いもんで、程々に控えるよう気をつけるべきもんだが、全く飲むな、なんてことはあいつらも儂も言ってなかったはずだぞ?」


「……そう、だったか? いや、しかし、子供の頃から酒は悪いもので嫌いで……戦場でも色々と酒の悪い部分を見てきたし……」


「その分だけ酒の良い部分だって見てきたはずなんだがな?

 ……まぁ、お前の目にはそういった光景は入らんかったんだろう、それを悪いと言うつもりも責めるつもりもないが……そろそろ思い出しても良い頃合いなんじゃないか?

 お前……なんで酒嫌いになったんだ? いつからなんだ?

 神殿へと帰還した儂が調べ上げた、あいつらの死因に関わっておるんじゃないか?」


「え? いや、両親は流行り病で……」


「あいつらの死因は毒殺だ、ワインに盛られた毒でな……。

 お前はあの二人がそれを飲む所を見たんじゃないか? 見ただけじゃなくお前もそのワインを飲んだんじゃないか?

 それならばまぁ……その時の記憶を失っても、忘れてしまった今でも酒のことが嫌いで嫌いでしょうがないというのも、分かるんだがな」


 そう言ってから伯父さんは、突然のことに驚き呆ける私に向けて、帰還してから調べたという情報についてをあれこれと語り始める。


 神殿を二分した派閥争いの中心人物であった父と母は、伯父さんが聖地へと旅立った後、旧道派という派閥の実質的なリーダーとなっていったらしい。


 そしてそのことを新道派は疎ましく思い、何度か父と母を陥れてやろうと策謀を巡らせたり論戦を挑んだりしたが、慎重かつ後ろめたいことがない両親には策謀が中々通じず、論戦は賢く雄弁だった両親に連戦完敗という有様で……正攻法で打倒するのは無理となって、後ろ暗い手段に走った……らしい。


 その時その場で一体何があったのか、どんな会話がなされたのかは分からないが、とにかく新道派の連中が両親に毒の入ったワインを飲ませ、ついでに私にも飲ませ……そして両親は毒に倒れ命を失い、私は飲んだ量が少量だったからか、倒れはしたが命までは失わなかった。


 そしてそんな私のことを、両親の仲間達が救い出し、治療をし……私のことを新道派の魔の手の届かない遠方の街へと連れていったんだそうだ。


 連れて行ってそこで私の世話をするつもりだったらしい仲間達は、新道派の追撃の手にかかったのか、それとも新道派と戦うべく神殿へと戻ったのか、そこら辺のことはよく分からないがとにかく私の下から去り、そうして私は孤児となった……ということらしい。


「毒の後遺症か、高熱にやられたせいか、それとも両親を失ったショックか……その全てか、その時のお前は意識が曖昧だったようだな。

 そのせいであいつらの死因が流行り病だった、なんて風に思い込んだんだろう。

 ……周りの孤児達の親の死因が流行り病だったから、自分もそうに違いないと思い込んだ、というのもあるかもしれん。

 まぁ、もう20年も前となったら、お前もはっきりとは覚えてはおらんのだろうが……それでも両親の死というのは衝撃的なことで、毒のせいで曖昧な意識にも深く刻み込まれるもので……それでお前は酒のことを嫌うようになったんじゃないか?

 だとするなら……なぁ、ディアスよ、そろそろその呪縛から解き放たれても良い頃合いなんじゃないか?」


 伯父さんは話の最後にそんなことを言って……そうしてから子供の頃以来になるような、心底から私を心配しているような目をこちらに向けてくる。


 話を聞いていたアルナーも、ゴルディアも、ヒューバートもエイマもナルバントも、犬人族やメーア達までもがそんな目を私に向けてきて……そんな目に囲まれることになった私は、頭をガシガシと掻いてから、


「はぁー……そんなことがあって私は酒が嫌いになったなんて、思いもよらなかったよ。

 極稀に自分でもなんでと思うことがあったが……目の前で両親が死んだとなれば、酒は体に悪いものと思い込むのも納得だ。

 そんなこと全然覚えてもいないし、今思い出そうとしても全然思い出せないのに……いやぁ、人間の記憶ってのは不思議なもんだなぁ」


 と、正直に、今心の中に浮かんできた言葉をそのまま口にする。


 両親が殺されたこと、それに酒が関わっていたこと……そうして私が酒を嫌っていたこと。

 それ自体は衝撃的で驚いてしまう話だったのだが……まぁ、なんと言ったら良いのか、全てが今更だ。


 両親がどんな理由で死んだにせよ、私がどんな理由で孤児になったにせよ、今は幸せに、充実した日々を過ごせている訳で……正直な所、何もかもが過去の事過ぎて割とどうでも良い。


 両親だって自分達の仇を取れなんて言わないはずで……今の幸せと家族を大切にしろと言うはずで、伯父さんもアルナーも、イルク村の皆もそんなことは望んでいないはずで……。


 そうなるともうそんな感想しか出てこなかったのだが、それは伯父さんやアルナー達をひどく驚かせたというか、落胆させたようで……一同の口から一斉に、露骨なまでに大きな、


『はぁ~~~~……』


 というため息が漏れ出てくるのだった。




――――お知らせ


いつもお読みいただきありがとうございます。

今回で他サイトで行っていた更新に追いつきましたので、次の話は今日か明日、それ以降は5~7日ごとの更新となります


書籍発売記念SSなどをまとめた外伝集も追々更新するかと思いますので、そちらにもご期待いただければと思います!


これからも変わらぬ応援のほどよろしくお願いいたします。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る