第264話 男との決着



――――最奥の部屋で ディアス



 砦内を駆け抜け、目に付いた敵を全て叩きのめして……そうして最奥の部屋へと辿り着き、扉を蹴破ると、立派な装飾のされた斧槍を両手で構え、出来の良い鎧と兜を身に纏った……ひどく人相の悪い男の姿があった。


 その顔を見て一瞬、かつての戦友のことが思い出されたが……目は釣り上がり口元は酷く歪み、頬は痩せこけていて輪郭もなんだか違った様子で、すぐに別人であるということに気付く。


「無駄な抵抗はしないほうが良いぞ」


 人相は悪いが構えは良く気迫もあり……少しだけ苦戦するかもなと、そんなことを考えながらそう言うと、男は表情を歪めながら構えた斧槍を突き出してくる。


 男の戦い方はまずは軽く斧槍を突き出し、間髪入れずに何度も何度も突き出し、そうやって相手を驚かせ惑わせ隙を作り、その隙を逃さず力を込めた突きを放つ、というもののようで……力よりも技術を必要とするものとなっていた。


 相手の鎧の隙間や手首、喉なんかを上手く突けたなら、痛みに悶えるか呼吸が出来なくなるか武器を持てなくなった相手に力を込めた一撃を放ち、命を奪うという感じなのだろう。


 そうだとすると戦い方までがかつての戦友に似ていることになるが……戦友と違ってその突きには鋭さというか勢いが足らず、戦斧であっさりと打ち払うことが出来る。


 突きを払ったならその隙を逃さず、戦斧を横に振るうが、男はまるでそれを読んでいたかのように飛び退いて回避をし……私はそのことに驚きながらも、間を開けることなく連続で戦斧を振るう。


 どうやら油断の出来ない相手のようだと戦斧を持つ両手に力を込めて……戦斧で殴らずに斬ることにし、何度も何度も振るう……が、男は飛び退きしゃがみ駆け回り、その全てを驚く程にあっさりと回避してしまう。


 それはまるで私のことをというか、私の戦い方を知っているかのような動きで……私がそのことに小さく驚いていると男は、思わず声を上げて驚く程に鋭く速い、咄嗟の対応では間に合わないような突きを放ってくる。


「むお!?」


 そんな声を上げながら私は、一撃もらうことを覚悟するが、すぐに鎧がキラリと光り、ブワリと風のような何かを放ってその突きを弾き返す。


 そう言えばそんな能力があるんだったなと、戦いの中で鎧の力を忘れかけていた私が驚く中、男は私以上に驚いていて、何より斧槍を弾かれたことで大きく体勢を崩していて……そんな男に私は手加減は出来ないなと、全力で戦斧を振り下ろす。


 すると男は弾かれた斧槍を構えなおすのではなくあっさりと手放し、そうしながら大きく飛び退いて攻撃を回避し……腰の鞘から剣を抜き、壁にかけられていた円盾を手に取り、左手で大きく盾を突き出し、右手で剣を軽く構え……その構えを見るにどうやら剣でも突きを狙ってくるようだ。


 その剣は立派な装飾はされているがとても短く、それでいて太めの作りとなっていて……折れない造りというか、頑丈さを優先して作られたもののようだ。


 そんな剣と円盾を構えながら距離を詰めてきた男は……鎧が起こした先程の現象の正体を掴もうとでもしているのか、その剣を力を込めずに何度も、何度も何度も軽く突き出してくる。


 それに対し私は、大きく振り上げた戦斧を思いっきり―――たっぷりと力を込めて今までのような動きでは回避できないような速さで振り下ろす。


 すると男は薄ら笑いを浮かべ、剣を軽く突き出していたのは鎧云々ではなく、私のそれを待っていたのだと……誘っていたのだと言わんばかりの表情をし、構えた円盾でもって戦斧にそっと触れて―――次の瞬間、戦斧に込めた力が受け流されれてしまったのか、横に大きく弾かれる。


「おおっ!?」


 戦斧を弾かれた私は思わずそんな声を上げる。

 そして男はその隙を逃さず、力を込めた突きを放ってくる。


 その突きを鎧が弾き飛ばし、男が体勢を崩し……その隙でもって私は慌てて戦斧を構え直す。


 それ用の武器や盾なんかで相手の剣を受け止めたり弾き飛ばしたりする技術があるということは知ってはいたが、まさかそれを盾で、私の戦斧を相手にやってみせるとは……。


 戦争中でも戦斧を弾かれた経験は一度も無く、これ程の使い手がいたとはなぁと舌を巻いた私は……この鎧があればまぁ問題無いかと開き直って、何度も何度も戦斧を振り下ろす。


 恐らくだが男の風変わりな剣も、相手の攻撃を受け流したり弾いたりするためのものなのだろう。


 そうなるとこの男は剣と盾の両方で相手の攻撃を弾ける訳で……そこまで徹底されてしまうと警戒しても無駄、対策を考えても無駄、私のような不器用な人間に打てる手は無いに等しいだろう。


 そうなったらもう開き直って何度も何度も攻撃をして、相手が疲れるのを……疲れ果てて失敗するのを待つだけのことで、何度も何度も何度も、縦に横に、上から下から左右から、戦斧を振るっていく。


 すると男はその全てを剣と盾でもって弾き、受け流し、そうしながら駆けて跳んでの回避も交えての見事な守りを見せてきて……そんな攻防がしばらくの間続けられる。


 だがまぁ、鎧が相手の攻撃を勝手に防いでくれるという状況にある私には相応の余裕があり……男にはそうした余裕が一切なく、時間が経てば経つ程に男の体力だけが失われていって……その動きが見るからに鈍くなっていく。


 ……そして、


「一体何なんだよ、その体力と鎧はよぉぉぉ!!」


 と、ついに限界に達したのか悲鳴のような声を上げた男が、何度も攻撃を受けてボロボロとなった剣と盾を投げ出し、周囲にあるものを、棚に入っていた食器や何に使ったのか分からない布や、酒瓶なんかをこちらに投げつけてくる。


 更には足元にあった箱を蹴り開け、その中にあった金貨なんかを投げつけてくるが、鎧はその全てを律儀に跳ね返し……それでも男は悲鳴を上げながら金貨を投げ続ける。


 そうやって金貨が舞い飛ぶ音と男の悲鳴が部屋中に響き渡る中……戦意を失ったらしい男にトドメを刺すべく戦斧を振り上げていると、鎧の中からエイマの小さいながらも高く響く声が響いてくる。


(でぃ、ディアスさん、決着を急いでください。

 この鎧……金貨一枚一枚を弾くのにも、攻撃を弾くのと同じだけ魔力を使っちゃってるみたいで、消耗が激しいです、この分だとそう長くは……)


 鎧が攻撃を防いでくれていたからこそ今の有利がある訳で、鎧が防がなくなってしまうと、男がそのことに気付いてしまうと厄介なことになるかもしれない。


 そう考えて私が戦斧を振り下ろすと……悲鳴を上げながら男は床を蹴って転げて、そうやって戦斧を回避してから駆け出し、その背後にあった部屋の出入り口……私が扉を蹴倒したそこへと向かい、そのまま部屋を駆け出ていく。


 逃してたまるかと私も駆け出し追いかけ……廊下を進み、階段を登り、砦の屋上にある歩廊へと出て……その間も男は手の中に握り込んでいたらしい金貨を自棄交じりといった様子で投げつけ続けていて……そうしてそのうちの一枚がカキンッと、音を立てて私の鎧に当たる。


 どうやら鎧の魔力が切れてしまったらしい。


 そして音からそのことを察したらしい男は、足を止めて踵を返して、こちらへと向き直り……懐の中から一本の短剣を取り出す。


 それは刃が短く太い、恐らくは相手の武器を弾くためのもので、そうだとしてもそんな短剣なんかで戦斧を防ぎ弾けるとはとても思えなかったが、それでも男は目をギラリと光らせ……戦斧を弾き、その隙で突き殺してやると、歪んだ表情でもってそんな想いをこちらに伝えてくる。


 男が手練なのは確かなことだったが、ナルバントが作った鎧は、不思議な力がなくとも立派で頑丈で、刃を通すような隙間の無いしっかりとした造りになっていて……そんな短剣での一撃など余裕で防いでくれることだろう。


 そうなると警戒する必要など無いはずなのだが……男の表情と目が、完全に狂気に染まっているのを見て、私の心の中の何かというか、本能みたいなものが油断をするなと警鐘を鳴らしてくる。


 ……さて、どうしたものかな。


 戦斧をしっかりと両手で握り、軽く振り上げ……いつでも振り下ろせるようにしながらそんなことを考えていると……男が両手で握った短剣を腰の辺りで構え、そのままこちらへと突っ込んでくる。


 それを受けて私は全力で、男にトドメを刺すつもりで戦斧を振り下ろす―――が、男は地面を蹴って横に飛び、全身を器用にひねることで戦斧を回避し……戦斧が歩廊の床に突き刺さる中、見事な着地を決めて、先程以上の速度でこちらへと突っ込んでくる。


 ……これは一撃を食らってしまうが……まぁうん、この鎧ならば大丈夫だろう。


 と、男の様子を見てそんな事を考えた私は、攻撃を避けようともせず防ごうともせず、そんなことよりも戦斧を構え直す方を優先しようと、両手に力を込めるのだった。




――――ディアスに向かって駆けながら ある男



 勝った!


 そんなことを考えながら男は駆けていた。

 毒を塗った短剣を構え、あらん限りの力を込めて……おかしな輝きを失った鎧の、どこかに隙間があるはずだと両目を見開いての観察をしながら。


 切っ先が僅かで良いから肌に刺されば良い、小さな傷を一つ作ってくれたら良い、それで自分はあのディアスに勝つことが出来る。


 そんな思いが男の心から溢れ出て、男の脳内を喜びで満たし、興奮が頂点に達し、男が思わず笑みを浮かべた―――その時。


 ディアスの懐から一匹のネズミが飛び出してくる。


 そのネズミはどういう訳だか一本の針を構えていて、そして男に向かって驚異的な跳躍力でもって跳んできていて……そして男の、必要無いだろうとグローブも篭手もしていなかった、無防備な手の甲をチクリと刺してくる。


 瞬間手が痺れ、手の感覚が薄れ……短剣を握っているのかどうかが曖昧になり、男は思わず短剣を手放してしまう。


「麻痺毒!? このクソネズミがぁぁぁ!!」


 短剣を手放してしまったが、ディアスはもう目の前で、今更足を止めたとしてもその攻撃を回避するのは難しく、ならばと自棄になって男は口を大きく開けてディアスに噛み付いてやろうとするが、今度はおかしな鎧を身につけた鷹が襲いかかってきて、そんな男の兜をその爪で強かに叩き、男の頭を仰け反らせるついでに兜を奪い……男がディアスに噛み付く機会すらも奪ってしまう。


「あぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 もはや言葉を発することも出来ず、そんな声を上げた男は……戦斧の腹で思いっきりに叩かれ、意識を失う直前にディアスの力強い声を耳にすることになる。


「悪いな、私には頼りになる仲間がたくさんいるんだ」


 直後凄まじい衝撃が男の頭を襲い、男から意識と力を奪って気絶させ……そうして男の企みは、男にとって最悪の形で叩き潰されてしまうのだった。

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