第263話 参謀と候補
――――時を少し戻して、門を破壊した直後 エイマ
門を破り、ディアスが砦の中へと駆け込んで、すぐに足を止めて……ディアスの鎧の中に潜り込んでいたエイマは、急に足を止めたディアスに疑問の声を投げかける。
「どうかしたんですか?」
「ああ、いや……この砦の構造、前に泊まった隊商宿にそっくりじゃないか?
そっくりなのに、ここにあったはずの扉が見当たらないのは変だなぁと思ってな」
そう言ってディアスは真新しいレンガで覆われた壁をそっと撫で……ディアスがそう言うからには何かあるのだろうと察したエイマは、耳を立ててその辺りの音を探る。
「あ、ディアスさん、多分ですけどこの壁の向こうに空間がありますよ、部屋……というよりは廊下かな? 何人かの人が移動しているような足音が聞こえます。
そうなるとこの壁は恐らく……」
エイマのそんな言葉を受けてディアスは、それ以上の説明は必要ないとばかりに戦斧を振りかぶり、全力でもって振り下ろして壁を砕く。
すると隊商宿でも見た鉄枠の扉が姿を見せて、それに手を伸ばしたディアスが扉を開こうとする……が開かず、ディアスはすぐさまに戦斧でもってその扉を叩き砕く。
そうして扉の向こうに続いている廊下へと駆け出そうとするディアスだったが「待ってください!」と声を上げたエイマが、反対側の壁を指差しながら言葉を続ける。
「反対側の扉も破壊しておきましょう、破壊してさえおけばジョーさん達がそっちに行ってくれるはずですから。
こんな風に脇道を隠しているとなると、露骨に誘導されてる正面の中庭に何らかの罠があるのは確実……正面の中庭には向かわないようにと、地面に『この先危険』なんて文字を残しておく必要もありそうです」
するとディアスはその言葉に素直に従って、まずは反対側の壁と扉を壊し、その後に中庭へと続く石畳に戦斧でもって文字を刻み込み……そうしてから改めて先程進もうとした廊下へと足を進める。
廊下の先にあった光景は、概ね以前泊まった隊商宿と同じものだった。
天井を支えるためなのかアーチ状になっている部分がそこかしこにあり、ディアスくらいの背丈だと少し屈まないとそのアーチを通り抜けられないようになっていて……そんな廊下にはいくつかの武器や防具が投げ置いてあり、粗雑な寝床のようなものまで設置してあり……それらが邪魔をするので駆けて移動するのは少し難しそうだ。
そういう訳でゆっくりと、罠の有無を確認しながら周囲を警戒しながら進んでいると……エイマの耳が僅かな呼吸音を捉えて、鎧の中からちょこんと顔を出してから、小声でディアスにそのことを伝える。
(前方に二人、あの柱の向こうに隠れてます。
それと少し先に進んだとこにある扉の向こう、お部屋の中にも何人か潜んでいるようですね、注意してください)
それを受けてディアスは無言で頷いて、戦斧を構えながらまずはその柱に近付き……気付いているぞと伝えるためなのか、戦斧の柄でもってその柱をガツンと叩く。
すると自棄にでもなったのか隠れていた敵兵が姿を見せて、剣を振り上げながら真っ直ぐに駆けてきて……ディアスは戦斧を横薙ぎに振るい、戦斧の刃ではなく、獅子の顔の飾り部分でまず一人をぶっ叩いて壁に叩きつけ、それで怯んだもう一人も同じように戦斧でもって壁に叩きつける。
(うわぁ、一瞬ですけど、壁に叩きつけられた敵兵がぺちゃんこになる幻が見えちゃいましたよ。
それだけの力で叩きつけられちゃったら……あ、でもちゃんと生きてますね。
……んー……今のタイミングなら刃で斬ることも出来たでしょうに)
それを見てエイマがそんなことを考えていると、木の扉を蹴倒したディアスがその中へと進み、部屋の中に潜んで奇襲を企てていた敵兵を次から次へと叩いていって、その全員を昏倒させる。
「あの……ディアスさん、どうして手加減をしているんですか?
さっきから殺さないようにしているみたいですけど……」
戦闘がとりあえずの一区切りしたのを見てエイマがそう声を上げると……敵兵の武器を戦斧で一つ一つ叩き砕いたディアスが、言葉を返してくる。
「突入前にモントが、こいつらを働かせて賠償させるとかそんなことを言っていただろう?
奴隷とかそういうのは好きではないが……被害に遭った人に少しでもお金が渡るなら、それも悪くないかと思ってな。
殺してしまっては賠償も何も無いからな……出来る限りは捕らえておくつもりだよ。
それからこいつらをどうするか……処刑するのか本当に働かせるのかは、エルダンが決めれば良いことだ」
そんなディアスの言葉を受けて、複雑そうな表情をしたエイマはとりあえず「なるほどー」との言葉だけを返しておく。
モントが言っていたのはあくまで懲役刑に処して損失を取り返すと、そんな内容だったのだが、ディアスはそれを被害者への賠償と理解していたようだ。
モントも恐らくジュウハも、あくまで領全体の収益だとか税収だとか経済だとか、そういった視点で損失を補おうとしている訳で……そんな二人とディアスは考え方というか、視点が全く違うのだなぁと、エイマは改めてそんなことを思う。
(そもそもディアスさんにあんな風に殴られたら骨の一本や二本折れてそうで、しばらくは働けないと思うんですけど……まぁ、うん、後のことはエルダンさん達に任せちゃいましょう。
そもそも今回の件はエルダンさん達の失策が原因なんですし、そのためにディアスさんが手を汚す必要はないですよねー)
更にそんなことを考えてエイマは、ディアスが安全に戦えるようにと耳を立てての情報収集に徹する。
そういった小細工が無くともディアスの実力は敵兵を圧倒しているし、敵兵が仮に、奇跡的な偶然を手にしてディアスに攻撃出来たとしても鎧が攻撃を防いでくれるしで、必要無いと言えば必要無い行為ではあったのだが……鎧に込められた魔力も無限ではない。
攻撃され続けていればいつかは攻撃を弾けなくなってしまう訳で……この砦の戦いだけで全てが解決するかは未知数な現状、魔力を節約するに越したことはないだろう。
(鎧の魔力は……うん、まだ八割くらい残ってますね。
触れるだけでなんとなく残量が分かるっていうんだから驚きで……鎧の魔力の管理は、魔力を感じられないディアスさんに代わってボクがしっかりしないとですね)
なんてことをエイマがディアスの鎧の中で考えていると……ジョー達の声を足音と、戦闘音が後方……砦の反対側から響いてくる。
更にその辺りから事前に打ち合わせしておいた通りの、遠吠えでの暗号が聞こえてきて……エイマは耳を立てながらその解読を始める。
(えーと……制圧、捕縛、制圧、制圧、捕縛……。
どうやらジョーさん達も順調そうですね、反対側の上階にジョーさん、下階にロルカさん。
そしてボク達を追いかける形でリヤンさん達がやってきていて……うん、ボク達は階段から上階に向かい、リヤンさん達に下階を任せましょう)
「ディアスさん、階段から上階に向かいましょう、この砦の構造的に敵のリーダーは多分上階の最奥です。
それとジョーさん達も順調に砦内を制圧し、敵兵を捕縛していってるようです」
解読し、すぐにディアスに指示を出すとディアスは少しだけ嬉しそうな声で「そうか!」とそう言って、階段があるだろう廊下の先へと駆けていく。
そうして階段に到着したなら駆け上がり……その先の廊下をディアスは、戦斧を構えながらゆっくりと、足音と気配を出来るだけ殺しながら歩を進めていく。
そんなディアスを倒そうと敵兵はそこかしこに隠れての奇襲を狙い続ける。
……この狭くはないが広いとも言えない砦の中では数の有利を活かせないからだ。
奇襲などで不意を突ければ、せめて前後から挟撃出来れば、輝く鎧を身に纏う救国の英雄に勝てるかもしれない。
そんな考えでもって奇襲を狙っているようだが、その全てをエイマが看破し続ける。
耳が良く頭が良く、そんなエイマの上を行くような冴えた敵兵は存在せず……そうしてディアスは砦内をどんどんと制圧していく。
そうやって後少しで敵の親玉が居ると思われる、最奥の部屋に到着するとなった所で、エイマの耳に何人かの足音と荷車の車輪の音が聞こえてくる。
(……あら、何人か砦の裏口から逃げ出してるみたいですね。
んー……これを言ったらディアスさん、周囲の村を襲うかもしれないとかそんなこと言い出して、そっちを追いかけていっちゃいそうですねぇ……。
でも30人と少しのボク達に逃亡した者達の対処までは流石に無理だし、逃さないように包囲するとかももっと無理だし……うん、このことについては黙っておくことにしましょう)
聞こえてきたがエイマはそう考えて、何も言わずにその耳を最奥の部屋へと向ける。
中にいるのは恐らく一人、ディアスの接近に気付いて構えている、奇襲というよりは、正面切っての先手を打つつもりのようで……エイマはそのことを小声でディアスに伝えた上で、
「鎧の魔力は十分、ジョーさん達も順調……焦る必要はありませんから、お好きな方法でやっちゃってください」
と、そう言って……最後まで油断せずに行こうと、その耳を高く力強く、立て続けるのだった。
――――砦から少し離れた所にある荒野で ???
エイマが逃亡兵の存在を感知してから少しの時が過ぎて……砦から逃げ出した兵士達は、何者かの奇襲を受けて壊滅寸前の状況となっていた。
突然何も無い所から矢が現れて、その矢が逃亡兵達の頭や喉を次々に貫いて……そうして残った逃亡兵は一人、恐怖と絶望の中で声を上げることも出来ず呆然とし続け……そしてまたも突然現れた矢に射られて絶命する。
「ディアスならこれくらいの矢、あっさりと防ぐんだろうになぁ」
絶命した逃亡兵の側で突然そんな声がしたかと思えば、周囲を漂っていた空気が歪み、まるで溶けているかのように流れて垂れて……そうして何人もの、馬上の男達が姿を現す。
「あー……この人数を隠蔽魔法で覆うのはやっぱり疲れるなぁ」
「族長は起きてる間中、村全体を覆ってるんだぞ? このくらいの人数でそんな情けねぇこと言ってるんじゃねぇぞ」
「おい、無駄話なんかしてないで、戦利品の確認を始めるぞ」
姿を見せるなりそんな会話をし始めた若者達の額には角があり、顔には炎を思わせる化粧があり……褐色の肌に身に纏った戦闘用と思われる分厚い毛皮がなんとも特徴的だ。
そんな鬼人族の若者達の中央に陣取っていた、族長候補の証を胸元で揺らすゾルグは周囲をざっと見回してから……逃亡兵の装備だけでなく、所持品や荷車の積荷までしっかりと検めるようにと指示を出す。
するとすぐに若者の一人から弾んだ声が上がってくる。
「おい! ゾルグ見ろよこれ! たっぷりと金貨の入った箱を抱えてやがったぜ!
それとこれはぶどう酒みたいだな! いやぁ、久々の遠征だがこりゃぁツイてるなぁ!」
「……金貨か、金貨は族長に渡す分以外はお前らで分け合って良いぞ。
装備は村の皆で使うとして……おい、荷車の積荷の方はどうだ?」
ゾルグが若者にそんな言葉を返すと若者は、愛おしそうに金貨の詰まった箱をぎゅうっと抱きしめてから足元に置いて、逃亡兵の死体から装備を剥ぎ取り始める。
「積荷は……兵糧みたいだな、水樽と酒樽もあるし……解体したてって感じの塩漬け肉もあるぜ」
「食料は俺の取り分ってことにさせてもらうぞ、これだけの食料を持って帰れば族長も少しは評価してくれそうだからな。
最近はメーアも子供もどんどん増えて、手が足りないからなぁ……よそから食料を仕入れられるならそれに越したことはないはずだ」
先程とは別の若者からの報告にゾルグがそう返すと……周囲の若者達はニヤニヤとした笑みをゾルグに返す。
以前なら金貨に目の色を変えていたはずのゾルグが、金貨を分け合えと指示を出し、金貨よりも食料で村を……村で帰りを待つ者達の腹を満たすことを考えている。
族長候補となって遠征班ではなくなったというのに、隣で反乱があったという情報を聞きつけるなり出陣の決断をし、遠征班の面々に頭を下げてまで助力を願い……『甘ちゃんのディアスのことだから、絶対に逃亡兵を出すはず、そこを狙えば楽に儲けられるぞ』と、見事なまでに読みを的中させたりもした。
以前のように、遠征班としてこの辺りで好き勝手に暴れたなら、隣人であるディアスに迷惑がかかってしまうかもしれないが、こっそりと逃亡兵にだけ手を出すのなら、その物資だけを奪うだけならむしろ援護にもなるはずで……そうして結果はゾルグの読み通りとなり、遠征班の全員が満足出来るだけの収獲を得ることが出来た。
そういう訳で遠征班の若者達は『もしかしたらこいつ、良い族長になるんじゃないか?』という思いと『あのゾルグが成長したもんだなぁ』という思いを込めた視線を、ゾルグに送り続ける。
するとゾルグはそれに気付いて、視線を逸らしその手をブンブンと振り回し……、
「……ぼーっとしてんじゃねぇぞ、誰かにバレないうちに隠しておいた荷車のとこまで運んじまうぞ」
と、そう言ってから隠蔽魔法を使い……他の若者達よりも一足先に空気の中に溶け込むようにその姿を消して、この場から立ち去るのだった。
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