第261話 破城槌
村で一泊し、しっかりと体を休めたり馬の世話をしたり、装備の手入れをしたりして、翌日の昼前に出陣した私達は、ゲラントが案内してくれた、少し歩けば遠眼鏡でギリギリ敵の砦を視認出来るような位置にある、小高い丘の上に陣を張った。
その丘はエルダンがいざと言うときのための拠点にしようと準備をしていた場所なんだそうで、隠し井戸などが用意されていて……更に各季節に木の実を付ける木々がまるで畑のように等間隔に植えられていて、水とちょっとした食料が得られる陣地としてはこれ以上ない場所だった。
陣地の設営が終わったならゲラントとサーヒィに偵察をお願いし……偵察で得られた情報をエイマとモントがまとめていって……そうしてその日の夕方、私、エイマ、モント、ジョー、ロルカ、リヤンが陣地の中央に建てられた、私用のユルトに集まっての作戦会議が行われることになった。
荷物の入った木箱を机に見立てて、その上に情報の書かれた数枚の紙を置いて、私達はそれを囲うように車座になって……エイマはインク壺を抱えながら机の上にちょこんと座っての会議だ。
そんな会議が始まってすぐに、エイマが練り上げたいくつかの策が……敵を弱らせたり、逃亡を促したり、こちらに引き抜いたり、まさかの方向からの不意打ちをしたりといった奇策がいくつも披露されていって……私もジョー達もそれでいこうかと納得しかけたのだが、そこでモントから「待った」との声が上がった。
「エイマ嬢ちゃんの策に問題はねぇ、問題はねぇし有効なんだろうし、ケチを付ける気は一切ねぇんだが……俺の話も聞いてくれや。
恐らくだが敵はディアスよりもひどい程の、底抜けの馬鹿だ。
そんな馬鹿相手にそこまでの策が必要かっていうとちょいと微妙でなぁ……もっと楽で早く終わらせられる方法がありそうなんだよ」
「……敵がお馬鹿さんだと断言する根拠はなんですか?」
エイマがそう返すとモントは頷いて、敵の砦がある方向を見やりながら言葉を返す。
「サーヒィ達の偵察の結果、敵の数は500前後ってことになったんだが、あの規模の砦に500人も押し込むってのは厳しいものがある。
恐らくだが敵は普段、食料やら物資やらを調達するために、その大半を砦の周囲で動かしていて……砦の中には100か200かその程度しかいなかったんだろう。
それが何だって全員で砦に引きこもっているのかっていうと、こちらを認識したからなんだろうな。
ディアスがここにいるのに兵力を分散させての略奪なんてことをしたら、十中八九略奪中の所を襲撃されての各個撃破ってことになるだろう。
それが嫌で、兵力の大半を失いたくなくて引きこもってるんだろうが……もうこの時点で馬鹿の極みだろ。
こっちの数は30ちょい、敵は500、それでこっちのことを認識しているなら、砦から打って出て数に任せて押しつぶせば良いじゃねぇかよ。
それをしねぇって時点でかなりの馬鹿で……それでいて敵の頭領はディアスのことをよく知っているんだろうな」
モントのその言葉に異論はなく、エイマを含めた一同が頷いて……それを見たモントは言葉を続ける。
「わざわざメーアバダルの名前を騙ったって辺りからなんとなく予想は出来ていたが、敵はディアスのことを挑発していて、挑発に乗ったディアスを倒そうともしていて……恐らくだがあの砦に、その秘策というか罠みてぇなもんがあるんだろうな。
それがあればディアスを倒せると確信していて……確信しているからこそ、その罠に固執して砦から離れることが出来ねぇんだ。
500で30を囲えば勝てるには勝てるんだろうが、相手がディアスとなれば500のうちの100か200か……いや、そのほとんどをやられかねん。
末端の兵士までがディアスを知っているとなると尚厄介で……ディアスと正面切ってやりあえなんて言った日には結構な数が逃げ出しちまうことだろう。
連中は反乱軍で俺らに勝ってそれで終わりじゃねぇ、本番であるマーハティ公の軍に勝たなきゃならねぇ……だからこその引きこもりって判断でもあるんだろうな。
だったら最初からディアスを挑発するなよって話で……ディアスでもここまでの馬鹿はやらねぇよ」
「それはまぁ……確かに。
ちぐはぐっていうか目的が取っ散らかっているっていうか、何がしたいのかよく分からなくなっちゃってますね」
片手で顎を撫でながらのエイマの言葉に、満足そうに頷いたモントは、楽しそうにニヤリと笑い……笑ったまま言葉を続ける。
「そんな馬鹿が相手だからエイマ嬢ちゃんの策でも余裕で勝てるんだろうが、嬢ちゃんの策だとどうしても時間がかかっちまいそうでな……あんな連中相手に足止めを食らうってのもどうかと思うんだよ。
早めに決着させて、この辺りを解放して……その戦果と共に周囲の村や街を回れば、味方の士気は大いに上がり敵の士気はうんと下がることだろう。
そのついでに近所の敵の砦をいくつか解放してやれば、東の方で戦ってるっていうマーハティ公とジュウハの戦いもだいぶ楽になるはずだ。
……あのジュウハが本気を出せばこの戦いはとっくに終わってるはずだ、ディアスの話だと地下水路を封鎖しての、断水策なんてのもあるんだろう?
だっていうのにあえてこんな風に時間をかけてるのは、何か狙いがあってのことだろう。
多分だが……敵を出来るだけ殺さねぇようにしてるんじゃねぇかな、出来るだけ活かして捕虜にして……奴隷同然の懲役刑にでもして、労働力として損失を補おうとしてるとか……か?
あの野郎はディアスを英雄に仕立てただけあって、自分の立場とか名誉にはあまり興味がねぇ男だからな、自分のミスを取り返すとかそういう思考はしねぇはず……。
……まぁ、この辺りは情報も証拠も何もねぇ俺の勝手な妄想だから、戦略に組み込む必要はねぇよ」
「なるほど……。
ジュウハさんの思惑はボクにもよく分からないので置いておくとして、モントさんの早めに終わる策っていうのは具体的にどんなものなんですか?」
もはやモントとエイマの二人だけの話し合いとなっているなぁと、そんなことを考えながら私達がぼやっとする中、モントはエイマの問いを受けてご機嫌な様子になり……何故か私の方を見やってからジョーへと問いを投げかける。
「ジョー、砦を攻略するにあたって、一番王道な手段はなんだ?」
「……え? そりゃぁやっぱり破城槌での正面突破ですか?」
「おう、分かってるじゃねぇか。
破城槌で正門を打ち破って、砦の中での乱戦となれば人数が少ねぇこっちにも勝ち目があるな。
次にロルカ、破城槌が来たとなって敵が打ってくる手はなんだ?」
「えぇっと……城壁から矢を射かけ、油を撒いて火を放っての破壊か……車輪付きの奴ならロープの先につけたフックを引っ掛けて、何人かでロープを引っ張って破城鎚を転倒させる、ですかね」
「おう、お前も分かってるな。
特に破城槌を転倒させた場合は、回収も移動も難しくなり、次の破城槌が門に到着するのを防ぐちょっとした邪魔者にもなってくれるってんで、効果的な方法と言えるだろう。
矢も油もそれを防ぐための鉄屋根なんかがあると意味ねぇからなぁ。
で、リヤン……俺らは矢も油もフックも防げる破城鎚を既に持ってる訳だが、何のことか分かるか?」
そんな問いかけを受けてリヤンは考え込む。
それもそのはず、私達は破城鎚どころか一切の攻城兵器を持っていない訳で……破城槌を持っているなんて話をされても一体何のことやらさっぱりと分からないのだから。
そうしてしばしの間考え込んだリヤンは、ふいにユルトの奥に置いておいた私の鎧に目をやり、戦斧に目をやり……そうしてから私へとその目を向けてくる。
するとエイマもジョーもロルカも同様にその目を向けてきて……最後にモントが私を見やりながら嫌な笑みを浮かべて言葉を続ける。
「鉄門を何度叩いても損耗せず、矢も油もフックも跳ね返し、誰かがわざわざ運ぶ必要もねぇし、やばい状況になったら自分の判断で勝手に戻っても来るし……門を突破したならそのまま中に突入しての攪乱戦法をやってくれる。
このディアスという名の破城鎚を使って門を破壊後、サーヒィが城壁上の弓兵を攻撃して妨害、その隙を突いて全軍突撃、後は砦内で数の差に気を使いながら戦えば良い。
ディアス用の罠なんかに関してはディアスにエイマ嬢ちゃんを付けることで対策とする、エイマ嬢ちゃんがその知識と耳でもって罠を看破し、ディアスに教えてやれ。
ディアスはエイマ嬢ちゃんの指示に忠実に従って、決して暴走するんじゃねぇぞ。
ジョー、ロルカ、リヤンはそれぞれ部下と武装したマスティ氏族を従えて砦を攻略、マスティ氏族の耳と鼻を頼りに進軍や撤退の判断をし、マスティ達の遠吠えでの相互連絡を徹底しろ。
俺ぁ、ジュウハやエイマ嬢ちゃんのように奇策やらは得意じゃねぇが、正面突破や攻城戦となれば大の得意とする所だ、いざと言う時の対処も心得てるからな……ゴルディア達に護衛してもらいながら砦の近くで待機して、遠吠えを介しての指示を出してやるよ。
これならまぁ……明日一日あれば大体の決着は付けられるだろうさ」
そんなモントの言葉に私は色々と文句を言いたくなって声を上げようとするが、それよりも早くエイマが「ではそれで」と言い、ジョー達も大体同じような言葉を口にし……そうして会議はなし崩し的に終了となってしまう。
正面突破も門破壊も別に構わないのだが、破城槌扱いだけは止めてくれないかなぁと思う訳だが、その思いが通じることはなく、それ以降も明日は破城槌で行くという、そんな会話が皆の間で交わされることになり……そうして翌日。
しっかりと武装をした私達は砦の側……矢が届かない程度の距離にまで近付き、その場でしばしの待機をする。
そうやって砦の様子を見て、砦に飾られた随分と出来の悪いメーアの横顔に見えなくもない柄の旗を見て……相手がどう出てくるのか、野戦に出てくる気があるかの確認をし……全く動きを見せない相手の様子を見て、どうやらモントの予想は正しかったようだとの確信を得る。
たった30人そこらの敵が目の前までやってきたのに何の動きも見せないのだから、少なくとも何かを企んでいるというのは間違いないだろう。
……ならばとベイヤースに騎乗した私は戦斧を大きく振り上げて「おぉぉぉぉぉ!!」と、鬨の声を上げる。
するとすぐにジョー、ロルカ、リヤンがそれに続き……馬上のモントがいつのまにやら用意していたらしいメーアの横顔紋章の旗を大きく振るう。
私達がそうやっていると目の前の……赤石造りで以前泊まった隊商宿を改造したような、四角く無骨な砦の、城壁上の歩廊に立っていた敵兵達が慌ただしく動き始める。
「おうし、良い頃合いだ! 破城槌行ってこぉい!!」
それを見てか、自分の前に座らせたマスティ氏族の頭を撫でるモントがそんな声を上げてきて、私は小さく肩を落としてからベイヤースから降り、手綱をイーライに預けて……戦斧を構えて単騎で真っ直ぐに、敵の砦へと駆けていく。
すると歩廊の敵兵は混乱しながらも駆ける私に向けて弓矢を放ってきて……私の下に真っ直ぐに飛んできた弓矢は全て、鎧の力によってはね退けられていく。
まるで見えない壁があるかのように、見えない手が矢を払っているかのように、次々と弾かれて……歩廊の敵兵に大混乱が広がる中、私は敵の砦の城門……大きな鉄扉へと到着する。
そうしたなら私は両手で掴んだ戦斧を振り上げて……この扉が壊れるまで何度でも戦斧を叩きつける覚悟で、全力で戦斧を振り下ろしての、開幕の一撃を叩きつけるのだった。
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