第260話 反乱軍



――――反乱軍の砦で ある男



 今回の反乱を最初に計画したのは、かつてカスデクス領と呼ばれたそこで商売をしていた商人達だった。


 かなりの規模となっていた奴隷売買を禁じられ、新しい領主にひどく敵視され、補償などといったものは一切なし。

 更にはいくらかの土地と財産も没収され……抵抗するものは手痛い処分が下された。


 領主達は今までそんなようなことをして稼いできたのだから当然の罰などと言うが、その時は全くの合法だった商いに対し、そこまでのことをされる謂れは無く……そうしてどうしようもない憤りを抱くことになった商人達は反乱を企てたのだった。


 反乱に成功した暁にはマイザー王子に取り入って地位を確立し、仲間内の誰かを領主として西方商圏を管理してかつての権勢を再び……と、そんな計画だった訳だが、そのマイザー王子が失脚したことで計画は、誰にとっても予想外の形に歪んでいくことになる。


 マイザー王子がいなければ反乱に成功してもという意見が出て、反乱自体を止めるべきかという流れが出来上りつつあった所に、全く予想外だった元マイザー派閥の……リチャード王子の派閥に入ることを許されなかった、貴族や商人達が合流し始めた。


 リチャード王子の派閥に入れないような、悪辣外道のような連中が仲間に加わったことにより資金力が増し、組織力が増し……王家の力がなくとも反乱が成功するのではないかという方向に流れが変わっていき……力でもって強引に最大派閥となったリチャード王子に自分達のことを認めさせるか、あるいはいっそ王国から独立するか、なんて話まで出てきて……そうやって勢い付いていき、反乱軍はその勢いのままに、法から外れた活動にまで手を出すようになっていく。


 この時点で領主の参謀であるジュウハは、とある事件で捕らえた連中からの情報で、その存在と活動に気付いていたのだが……最早ことを未然に防ぐという段階ではなく、ここで下手に手出しするよりもあえて放置し、組織が大きくなってから刈り取った方が、効率的に不穏分子を排除出来るとの判断を下し、反乱軍が大きくなっていくことをあえて見過ごし……そうしてジュウハの目論見通り、不穏分子達がどんどんと反乱軍に加入し始めることになる。


 盗賊や現状に不満を抱く者、昔の方が良かったと思う者……ただ欲に駆られた者などなど、法から外れた活動に魅了される者はかなりの数に上り、戦後ということもあってか、元傭兵元兵士までが加入し始めてしまう。


 そうやってジュウハが考えていた以上に反乱軍は肥大化していって……肥大化した力でもって旧領主の軍が使っていた拠点や、自分達が所有する隊商宿などを秘密裏に……街道を封鎖してまで人目を遠ざけた上で改造し、驚く程に立派な砦として完成させるまでに至ってしまう。


 これによりエルダンとジュウハは、予想以上の規模と軍備を整えた上で行動を起こした反乱軍の鎮圧に、予想もしていなかった苦戦を強いられることになり……そんな状況の中である男が起こしたのが自らがメーアバダル公の軍であるとの偽称であった。


 ……その男はかつて、ディアスと共に帝国軍と戦った戦友だった。


 ディアスから見ればその男は、真面目で指示に素直に従い、自らの行動指針や倫理観に理解を示してくれるよき戦友であったのだが……男の内心は全く違ったものとなっていた。


 そもそもその男が志願兵となったのは、戦地で好き勝手に暴れ、略奪をしたいという身勝手な欲と、そのついでに活躍をして名を上げたいという名誉欲からであり……ディアスのように誰かを守りたいとか救いたいとか、そういう考えは微塵も持ち合わせていなかったのだ。


 持ち合わせていないのにディアスに素直に従い、賛同していたのは、男の信条が強者には逆らわずに素直に従うというものであったからだ。


 ディアスよりもかなり若いその男がディアスと初めて出会った時、ディアスは眩い程に力強く、若々しさに満ち溢れ、戦地での経験もあって全盛期と言って良い、圧倒的なまでの強者となっていて……天地が逆転したとしても男がディアスに勝つことは不可能だったのだ。


 ディアスがそれ程の強者であったから従っただけのことで……男の内心は常にディアスへの反抗心で満たされており……素直に従っているというのに、忠節を尽くしているというのに、ディアスが男の欲を一向に満たしてくれないものだから、その反抗心はいつしか、殺意へと変貌してしまっていた。


 その殺意はどんどんと膨らみ、膨らめば膨らむ程に男はディアスをどうしたら殺せるのかと、そんなことを常に考えるようになっていき……そして男はその答えをディアスが日々重ねていく老いに見出すことになる。


 戦争後期、全盛期を過ぎたディアスは老い始め、過酷とも言える戦いの日々を過ごしていたこともあってか、少しずつではあるが確実に力を落としてしまっていた。


 それはディアス本人も自覚していない、毎日毎時飽きることなくディアスのことをよく観察しなければ気付けないような、本当に僅かな変化であったのだが……男はそのことに目ざとく気付き、その上で自分がディアスよりも若く、これから全盛期を迎えるということも自覚していて……自分がディアスを上回るのは時間の問題だと、そんな考えを抱くようになっていった。


 英雄と讃えられるディアスを乗り越えて殺害し、自らが志願兵の長となり、そしてこの国を救い、真なる救国の英雄となる。


 それは男にとって確定した、近いうちに訪れるであろう未来であったのだが……そうなる前に戦争が終結してしまい、ディアスが救国の英雄となってしまい……男がディアスを越えられる機会は永遠に失われた……と、男はそんなことを思い、絶望することになった。


 絶望し、生きがいを失い、意気消沈していた男だったが、ある日ディアスが支配する領土のすぐ側で、反乱が起ころうとしているという噂を聞きつけて……男は二度目の機会を得ることが出来たと狂喜乱舞することになる。


 そうして反乱軍に参加した男は、マーハティ領だけでなくメーアバダル領を手に入れるぞと反乱軍を説得し……メーアバダル領に一番近い砦の主となることに成功した上で、ディアスをこの騒動に巻き込むために、メーアバダル公の軍であるとの偽称を行ったのだった。


 偽称をした上で暴れに暴れればディアスは間違いなくやってくる、ディアスがそういう人間であることは自分が誰よりも知っている。


 のこのことこの砦にやってきたディアスは以前よりも更に老いて弱っているはずで……その上、自分の兵力は情報から推測するディアスの兵力を圧倒する500で、城と呼んでも差し支えのない立派な砦まで有していて……。


 今度こそ自分はディアスに勝てる、救国の英雄を乗り越えられる。


 これ程までに自分の戦力はディアスを圧倒しているのだ……逆に今度はこちらが負けるなんてことは、天地が逆転してもありえないことだった。


 そんなことを企む男の下にディアスの軍が森を抜けてやってきたとの情報が入り込めば、男が狂喜乱舞などという言葉では言い表せない程の、大騒ぎをすることになるのも当然のことで……そうして男はディアスがやってくるまでの間、浴びる程の酒を飲みながら騒ぎに騒ぎ続けるのだった。



――――マーハティ領西部のある村で ディアス



 ゲラントの案内で、反乱軍の砦を目指す途中で見つけたその村は細い街道を挟むように作られた家々からなる、牧畜で生計を立てているらしい村だった。

 

 土壁作りの四角く小さな家が並び、その家とは比べ物にならない程牧場は広く、牧草地には牧草が青々と茂り……少しだけイルク村を思い出すような雰囲気で、ユルトやテントを建てられる余地もかなりあるようだったので、私達はそこで一泊していくことに決めた。


 私達が掲げるメーアバダルの旗を見て、村人達は警戒感を顕にしていたが……私の姿と、私の側を飛び回るゲラントの姿を見るなり、警戒を解いてくれて、そしてエルダンの援軍に来たとの話をすると、途端に笑顔になって協力的な態度を示してくれた。


「……つい先日やつばらがやってきまして、いくらからの牛を奪われてしまいました。

 幸い今は、若い牛達を山の方に連れていって放牧をしている時期でして、奪われたのは老牛ばかりだったのですが……それでも愛情を込めて育てた牛達を奪われたことは悔しくてたまりません。

 ……公爵様、どうかやつばらをこの地から追い払ってくださいますよう、お願いいたします……」


 テントの設営や食事の準備など様々なことを手伝ってくれる中、村長だという老人にそう言われて私達は、力強く頷き「任せてくれ」とそう言って……絶対に負けられないなと気合を入れ直しながら、設営作業を進めるのだった。

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