第259話 出立



 ――――イルク村の広場で ディアス



 ジョー、ロルカ、リヤンを始めとしたかつての戦友達と、リヤンの妻カペラは基本的にはイルク村で寝泊まりをしていた。


 いきなり34人分ものユルトは用意出来ず、そのほとんどが旅用のテントでの生活となってしまったが、水はたっぷり使えて食事は用意せずとも出てきて、テントが破れていたりした場合は集会所で寝ることも出来るとあって特に不便は無かったようだ。


 そうやってテントでの暮らしを続けながらジョー達がイルク村の生活に慣れようと四苦八苦する中、カペラはさっさと婦人会入りをし、あっという間にイルク村の生活に馴染み、アルナーやマヤ婆さん達とも仲良くなっていて、マヤ婆さん達のユルトに泊まったりもしていて……ついでにメーア達とも仲良くなり、メーアの世話をよくしてくれていた。


 とまぁ、そんな感じにジョー達はイルク村のそこかしこにいる訳で、当然のようにモントが上げた大声を聞き取ることの出来る距離にいた訳で……カペラを含めた34人が、いきり立ちながらこちらへとやってくる。


 私の家名と紋章に泥を塗られた。


 そんな話を聞かされては全員黙っていることが出来なかったようで……全員が旅のために持っていた剣などの武器を携えていて、今にも隣領へと駆け出しそうな勢いだ。


 ジョー達だけでなく、フランシスやエゼルバルドを始めとしたメーア達までもが物凄い表情でこちらにやってきて、犬人族達もやってきて、まさかのまさかマヤ婆さん達までが杖や農具を片手にやってきて……私はそんな皆を落ち着かせるために声を上げる。


「誰が隣領に向かうかは私が決める!

 イルク村の警備のために何人か残す必要があるだろうし、隣領がそんな状態なら関所の守りも固める必要があるだろうし、畑の世話や家畜の世話や、休むことのできない作業もある訳だから皆で行くなんてことは出来ないぞ!

 ……だから、アルナー、そしてセナイとアイハンも、イルク村に残ってイルク村を守りながら私達を支援してくれ!!」


 私が声を上げているさなか、弓矢と矢筒を持ってきて、戦闘用と思われる化粧を始めた三人に対しそう言葉を付け加えると、三人は『一体何を言ってるんだ』とでも言いたげな物凄い表情をこちらに向けてくる。


 そんな三人の反応を見てか、私の体を駆け上り私の肩にちょこんと座ったエイマが、三人を落ち着かせようと、柔らかな表情で静かな声をかけてくれる。


「今回の出陣は急なことで、食料などをしっかり準備することは難しいでしょう。

 特に隣領がそんな状態では隣領で買い付けるというのも難しいでしょうし……そうなるとここ、イルク村で出陣する方々の食料を用意し、前線に送り続けるという後方支援が重要になってくるはずです。

 アルナーさん、セナイちゃんアイハンちゃんには狩猟の方で頑張ってもらって、新鮮なお肉とか、塩漬け肉とか干し肉をボク達の下に送ってもらう……という形で頑張ってもらいたいのです」


 するとアルナー達は渋々ながら納得したような表情をしてくれて……それを受けていきり立っていたイルク村の面々もどうにか落ち着きを取り戻してくれる。


 唯一モントだけは未だに興奮したままだが……もうそこは放っておいて良いだろうとなって、代表者を集めての話し合いを進める。


 そうして順調に話し合いが進み……結果隣領に行くのは以下の面々となった。


 私、エイマ、モント。

 ジョー、ロルカ、リヤンとその小隊員全員。


 サーヒィとマスティ氏族の若者五人と……それとゴルディア、アイサ、イーライ。


 イルク村のことはベン伯父さんに頼み、関所のことはクラウスに頼み、サーヒィの妻であるリーエス達は見張りと連絡役ということでイルク村に残ってもらい……犬人族もそのほとんどをイルク村と関所の警備のために残す形となる。


 運良くタイミング良く、隣領ではなくイルク村に居てくれたエリーやセキ、サク、アオイには事態が落ち着くまで行商を休んでもらい、イルク村の仕事を手伝いつつヒューバートから色々なことを教わってもらうことにし……ナルバント達には引き続き鍛冶仕事を頑張ってもらう。


 ゴルディア達に関しては客人という立場なのでイルク村でゆっくりしてもらいたかったのだが、隣領の状況を確かめたり、敵の情報を集めたりと、ギルドの一員としてやることがあるとかで、戦力というよりも同行者という形で付いてきてくれることになった。


 日程としては今日準備が出来次第に出立。


 関所で一泊し、翌日関所を出立。


 隣領のどこか……出来れば村や町などで一泊しつつ情報を集めて……敵の位置を見極めた上で、適切な場所に陣を設営、そこを拠点として行動を開始し、メーアバダルの名を騙る反乱軍を鎮圧する。


 隣領への進入許可と、参戦許可に関してはエルダンのサインが入ったものをゲラントが持ってきてくれたので問題無し……その許可状には多少の徴発も許すなんていう物騒な文言があったが……まぁ、そういうことはたとえ必要なんだとしてもしたくないものだ。


 そんなことをしてしまえば元も子もないというか、件の反乱軍の同類になってしまうし……隣領との仲が悪くなったり、エリー達の商売が上手くいかなくなったりしてしまうというのも大問題だ。


 幸いにしてエリー達が稼いでくれた金貨がそれなりにあるので、物資が必要な場合はそれを使って購入という形を取りたいと思う。


 その方針に反対する声はなく、詳細が決まったなら後はもう行くだけだと準備が始まり……そうして私達は準備が整い次第に、関所へと向かって出立するのだった。



 ――――森の中の関所で とある商人



 無事に関所の向こう側に、積荷を満載した馬車と一緒に入ることが出来たその壮年の男商人は、御者台の上で大きなため息を吐き出す。


 いつものように商売をしていたら突然反乱なんて騒動が始まって、反乱軍だか盗賊だか分からないような連中に積荷を狙われて……かろうじて逃げ出すことに成功し、隣領であるこのメーアバダル領の関所に駆け込むことが出来て……。


 自分のような何の許可状も持たない木っ端商人などが関所を通れるのかという不安もあったが関所の主は笑顔で門を開けてくれて……事態が落ち着くまでの間、関所で保護するという条件で自分達を受け入れてくれて……。


 全く運が良かった、これこそ不幸中の幸いだと、そんなことを商人が考えていると、小さな体の犬人族達が、自分や護衛達に水の入った木のコップを持ってきてくれる。


 更には馬車に繋がれた馬達の世話までし始めてくれて……その穏やかな光景にああ、本当に助かったのだと、心底からの安堵のため息を吐き出していると……森の奥から、森の奥へと続く道の向こうから、大きな音が響いてくる。


 それは何者かの足音のようだった、巨人かはたまた巨大な魔物かと思うような大きな足音だった。

 

 そうして顔を青くした商人だったが、すぐにその認識が間違いであったと……一つではなく複数の足音が同時に鳴り響くことで大きな音になっているのだと気付いて、一体何事だと目を丸くしながら道の向こうを見やっていると……まず驚く程に派手な赤色混じりの金色の鎧が視界に入り込む。


 黒毛の馬に跨って、大きな戦斧を担いで、防具を身につけた鷹を肩に乗せて。


 威風堂々なんて言葉では表現しきれないその姿に、商人が思わず圧倒されていると、犬人族達から「ディアス様!」との声が上がる。


 ……ああ、あれが救国の英雄なのか、あれこそが英雄の姿なのか。


 そう商人が胸中で呟いていると、それに続いてこれまた黒毛の立派な馬に跨る禿頭の男が姿を見せて……立派ではないものの、それなりに良い茶毛の馬に跨る口髭の男と、荷馬車の御者台に座る若い男と女が姿を見せて……そうして歩兵の一団が姿を見せる。


 その面々は、とてもではないが歩兵と言えるような格好をしていなかった。

 そこらで売っているようなマントに服に、ブーツもそれなりのもので、防具らしい防具の一切を身につけていない。


 武器もそれぞれ携えてはいるものの立派なものとは言い難く……ただの旅人だと言い切ってもいいような格好をしていた。


 それでも商人が歩兵だと認識したのは、その歩き方が……一糸乱れぬ行軍の様が、驚く程に立派なものであったからだ。


 思わず一つの、巨人か巨大な魔物の足音かと思ってしまう程に足の動きが統一されていて、背筋はピンと伸び、誰もが前を真っ直ぐに見ていて、誰一人として無駄口を叩いていない。


 王都の騎士団でもここまで立派な行軍は出来ないだろうと思わせるそれは、長年の鍛錬がなければまず不可能なものであった。


 そんな一団が商人の側までやってきた所で行軍を停止し……その先頭で周囲を見回した英雄のきょとんとした目が商人のことを見つめてきて……そこに関所の主が駆けてきて事情を説明し始める。


 そうして説明を受けた英雄は、またも商人の方へ視線を向けてきて、柔らかな声をかけてくる。

 

「ああ、それは災難だったなぁ。

 ……積荷は何で、どこに売りにいくつもりだったんだ?」


 その声を受けて商人が、食料や日用雑貨が主で、メラーンガルの街の市場で売るつもりだったと返すと、英雄は鞍に引っ掛けていた鞄に手をやり、中から随分と重そうな革袋を取り出し……そしてそれを持ち上げ、ジャラリと商人が聞き慣れた良い音を鳴らす。


「ひどい目に遭った上に、こんな所に避難したのではせっかくの商品を売ることも出来ないだろうし、それで損をしたのでは可哀想だからな……その積み荷、全てを市場で売る予定だった値段で買わせて貰おう。

 私達もこれから色々と入用でな、ちょうど良い所に来てくれて助かったよ」


 そうした上で英雄はそんな……予想もしていなかった言葉をかけてきて、商人は目を丸くし、護衛達はこれで食いっぱぐれ無くて済むと色めき立つ。


「あ、あの、よろしいのですか?

 わたくし共としては買って頂ければありがたいばかりですが……積荷全てを値引きも無しとなると、流石に値が張りますが……」


 天の救いとも言える英雄の言葉に商人は、さっさと承諾したら良いものを、そんな面倒なことを口にしてしまう。


 そんな商人の態度を受けて護衛達が何を言ってるんだこいつはと、ひどく顔をしかめる中……英雄は笑顔で頷いてくれて、馬から飛び降り……そして金貨が詰まっていると思われる革袋をぐいと商人に押し付けようとしてくる。


 それを受けて商人は、革袋を受け取ることを一旦拒否し、そうしてから慌てて荷台へと移動して、商品の状態の確認と、金貨何枚で売るのが適切なのかという計算を、一生懸命に……商人としての魂を燃え上がらせながら、凄まじい速さでこなしていくのだった。

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