第258話 反乱


 長年義足で過ごしてきただけあって、モントの駆ける速度は驚く程のものだったが、馬に敵うかというとそんなはずもなく、あっという間に追いつくことが出来た。


 追いつくとモントは、言葉を交わすことなくそれが自分のために用意された馬だと察し、コルムの手を借りながら義足とは思えない鮮やかさで鐙の上にさっと座る。


「こいつの名前は?」


 座るなりモントはそう声をかけてきて、私とコルムが首を左右に振ると、一つ頷き、


「ならこいつは今日からフィンツだ」

 

 と、そう言って手綱を握る。


 そうしたならモントは、コルムのことを子供をそうするかのように自分の前に座らせてから駆け出し……森の中の道を一気に駆け抜けていく。


 それを慌てて追いかけて……森の中を速く駆けすぎると、木の枝にぶつかって怪我をしたり、突然の倒木なんかがあったりして危険なので、そこそこの速さで駆けていき……そうして関所へと到着すると、先に到着し元気に騒いでいたモントを前にして、苦々しい表情をしていた皆が一斉に声を上げてくれる。


「お久しぶりです! ディアスさん!  いやっ、ディアス様っ!」


「公爵になったとか、おめでとうございます!」


「お元気でしたか!」


「あ、結婚もしたんでしたっけ! おめでとうございます!」


「いやぁ、家に帰っても暇で暇でつい来ちゃいましたよ!」


「他に行く当てもないので、ここで雇ってくださいよ!」


 などなど、そんな感じのことを30人程の人数で一斉に喋り……私はジョー、ロルカ、リヤン……と、その全員の名前を順番に呼んでいって、皆を落ち着かせる。


 一人一人顔を見ながら、顔を見て名前を思い出しながら呼んでいって、そのついでに数をちゃんと数えてみると、総勢33人となっていて……また随分と大勢で来たものだなぁ。


「あー……もう、何がどうしてこうなったのかは知らないが、来てしまったのなら仕方ない、一人残さず雇いはするが……領兵として働く場合は、領兵隊長はクラウスと既に決まっているし、モントにも教育係として働いてもらうことになっているから、そこら辺を承知の上でということになるな。

 鍛冶仕事も大工仕事も、石の切り出しや農業についてなんかも、全然人の手は足りないし、歓迎するぞ」


 そんな皆にそう声をかけると……皆は一瞬黙ってから、またわっと声を上げ始める。


「まー、誰が隊長でも良いんですけどねー、クラウスの野郎……約束破ってさっさとディアス様の所に来ちまって、ちゃっかり隊長になってるとかほんと、やってくれたって感じですよ!」


「それでもまー、仕事ならちゃんと従いますから!」


「モントの爺さんはさっさと引退しちまえよ!!」


「とりあえずは領兵ってことでお願いします、畑とか耕すのは、故郷でも出来た訳ですし」


「公爵様直属の兵士なら、大出世も大出世、文句なしです!」


「故郷の連中にもこれまで以上の自慢が出来ますよ!」


 そう言って皆はワイワイと騒ぎ始め……どうやら33人全員が領兵として働いてくれるつもりのようだ。


 そんな皆の態度を受けて、領兵隊長であり、皆をまとめ上げる立場になるクラウスは破顔して喜び、そんなクラウスを見て、初めてみる顔の……誰かと一緒に来たらしい柔和な表情の女性と会話していたカニスもまた喜び……関所で働いているマスティ氏族達が仲間が増えたと騒ぐ中……一人厳しい顔をしたモントが声を張り上げる。


「えぇい、どいつもこいつもやかましい! 全員並べぇい!!」


 その掛け声を受けて、まずジョー、ロルカ、リヤンの三人が、思わずと言った様子で反応し……そんな三人の後ろに、続いて反応した皆がテキパキと、無駄な動作を取ることなく並ぶ。


 ここにやってきたばかりの皆は全員が旅装で……色々な旅具が詰まっているらしい大きく重そうな鞄を背負っているのだが、その重さを全く感じさせない動作となっていて……綺麗に11人ずつの列が出来上がると、モントはそれを見て満足そうに頷き、更に大きな声を張り上げる。


「よぅし、全員動きに問題はねぇようだな!

 もう面倒くせぇから、その列をそのままジョー、ロルカ、リヤンを隊長とした小隊ってことにするぞ!

 小隊長1人、隊員10人で11人! これがこのメーアバダル領軍における基準となる訳だ!

 30人もの男が一塊になって動いてもただただ邪魔くせぇだけだからな、仕事も訓練も別々に、何日かごとの交代で行うぞ!

 とりあえずは関所の手伝いをジョー小隊、領内の見回りをしながらの訓練をロルカ小隊、リヤン小隊はセナイ様達を手伝っての畑仕事だ!

 てめぇらみてぇな大食いがこんなにも増えたら当然食糧事情が悪化するからな、今のうちになんとかしておくぞ!」


『はい!!』


 モントの声に皆は間を置かずにそう返して……そうしてから全員で一斉に、私に向けての笑みを浮かべる。


 その笑みには『しっかり頑張りますよ』とか『任せてください』とか『また楽しくやりましょう』とか、そんな意味が込められているようで……それに頷き返した私は、モントにも負けない大声を張り上げる。


「皆、よろしく頼む!!」


 すると皆はまたも元気に、騒がしい声を張り上げて……うるさそうに両耳を抑えたモントがそれよりも元気な声を張り上げて、皆を一喝する。


 とにもかくにもそうやって新たな領民が増えることになり……その全員がアルナーによる確認で青となり、私の元戦友ということもあって、領民と戦力が増えたことを純粋に、イルク村の皆は喜んでくれた。


 まー、戦力がいくら増えたと言っても戦う相手はモンスターくらいのもので……戦争の頃のように忙しく戦ったり、軍隊などの人間を相手に戦ったりすることなんてまず無いはずで、皆もモントにしごかれたり畑を耕したりするだけの、暇な仕事になるんだろうなぁと、この時の私はそんなのんきなことを考えていたのだが……その考えは数日後に突然やって来た、隣領からの知らせで覆されることになる。




 数日後の朝食後。


 さて、今日は何をしようかと、広場で軽く体を動かしていると、独特の羽音が聞こえてきて……そちらへと視線をやると、鳩人族のゲラントの姿がある。


 いつも通りの格好だが、少しだけ痩せたようにも見えるゲラントはいつもとは全く違う、暗く沈んだ表情をしていて……いつも空中で『お邪魔いたします! ディアス様!』と、元気にしてくれる挨拶をすることもなく、ひどく疲れた様子で私の下へと落ちるようにして降りてくる。


「ど、どうしたんだゲラント、何かあったのか!?」


 そんなゲラントを両手でしっかりと受け止めてからそう声をかけると、ゲラントは何も言わずに胸元の鞄をあけるようにと仕草で促してきて……私はゲラントを、駆け寄ってきたアルナーにそっと預けてから、鞄を開けて中の手紙を取り出し、開き……その内容を確認する。


 その手紙にはいくつかの驚くようなことが書かれていて、ゲラントがこんなになってしまうのも納得の情報が書かれていて……長々と、何枚もの手紙に書かれた文字全てを読み終えた私は……すぐ側で心配そうな表情をしているアルナーへと、手紙の内容を要約して言葉にする。


「……隣領で反乱があったらしい。

 犯人は前の領主側だった人間族達で……奴隷解放とか、獣人と一緒に暮らすとか、そういったエルダンの方針が受け入れられなくて、しっかりと準備をした上での反乱を、領内の各所で同時に起こしたようだ。

 結構な数の商人達……奴隷商人とかそういった連中が味方しているとかで、資金力もあって、いつのまに作り上げたのか砦なんかを構えている連中もいるらしく、エルダン達は苦戦をしてしまっているようだ。

 ……そしてそんな連中のうちの一つ、隣領南西に砦を構えた連中は、偽物のメーアバダルの紋章旗を掲げて、私達の支援を受けているとか、そんなデタラメを吹聴しているらしい。

 そうやって領内の混乱を煽っているとかで、それを解決するためにエルダンは私達に援軍を出して欲しいと―――」


 と、そんな説明の途中で、アルナーの表情が怒りで凍りつく中……偶然側で話を聞いていたモントの表情が憤怒の色に染まり、私の説明をかき消す程の大声を張り上げる。


「あぁぁぁん!?

 ナメやがって!! 叛徒ごときがセナイ様とアイハン様の家名に泥を塗りやがったってのか!!

 ディアス! てめぇ、ぐずぐずしてんなよ! 出陣だ! 出陣してそいつら蹴散らして、汚名を晴らすぞ!!」


 メーアバダルはセナイとアイハンというか、私の家名なんだが……モントにとってはそうではないようで、その家名を勝手に使われたことが余程に悔しいのか、頭まで真っ赤にしながら地団駄を踏んで……そうしてから駆け出し、犬人族達に皆への連絡を頼んだり、倉庫に駆けていって出陣の準備をしようとしたりとし始める。


 そんなモントの様子を見て小さなため息を吐き出した私は……アルナーと、騒ぎを聞きつけて駆け寄ってきた、伯父さんやゴルディア、ヒューバートやエリー達と、いつ誰が、どのくらいの支度をした上で出陣するのかという、話し合いを始めるのだった。

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