第244話 迎賓館での一騒動
まずセナイとアイハンが「お客さんがやってきた!」と知らせにきて、それからクラウスの下で働いていた犬人族達が同じような知らせをもってきて……そうして私達は迎賓館にて、そのお客さんとやらを歓迎する準備をはじめた。
直接その客と会うことになるのは、私と補佐のヒューバートとベン伯父さん。
いざという時の連絡役としてエイマも私の側で隠れ潜む形で待機してくれて……アルナーとゴルディア達は迎賓館のユルトから少し離れた場所で、無いとは思うのだけどもあるかもしれない『いざという時』のために待機してくれている。
迎賓館側に作った簡単な竈場ではマヤ婆さん達が料理を作ってくれていて……いくらかの酒も用意することになった。
セナイとアイハンや犬人族達からの知らせでは、具体的にどんな客が来るのかはよく分からなかったのだが、クラウスが関所を通し、迎賓館での歓迎の準備するようにと連絡してきた時点で、それなりの立場の人物であるようで……服も綺麗なものに着替えて見栄えが良いからと飾るために戦斧も持っていって……と、出来る限りのことをして準備を整えていく。
すると程なくして随分と立派な、何処かの家の紋章と思われるバナーを吊り下げた箱馬車がやってきて……その馬車の周囲を駆け回りながらここまで案内してくれている元気な犬人族達の声が聞こえてきて、そのうちの一人、特別元気な犬人族の若者が迎賓館の前で待機していた私の足元へと駆けてくる。
「ディアス様! お客様をお連れしました!
この客様の後にもう一組お客様がいらっしゃって、クラウスさんはそっちの応対で忙しいからってボク達がここまで案内することになりました!
で、えーっと……お客様のお名前は……なんとかさんのお使いのなんとか爵さんだそうです!」
人の名前や爵位を覚えることは犬人族にとって難しいことなのか、先程知らせに来てくれた犬人族と同じような形での報告をしてくれて……そんな若者に礼を言いながら撫で回してあげていると、他の犬人族達も撫でてくれとばかりに駆け寄ってきて……しょうがないので案内をしてくれた全員を撫で回していく。
そうこうしているうちに馬車が迎賓館の側へと到着し……馬車の周囲を歩いていた護衛と思われる立派な鎧とマントを身につけた一団が慌ただしく動き始め、それを見て動き始めた犬人族の言葉に従って馬車を停めて……車輪に車止めを挟んだり馬達の世話などをしたりし始める。
するとそんな動きを見て……そして馬車のバナーを見てヒューバートが小声で、私とベン伯父さんに声をかけてくる。
「……恐らくですが、あのバナーは北方のシグルザルソン伯爵家のものと思われます。
王都の北部……ここからだと北東の一帯を領地とする家で、モンスターの襲撃も多い地域だからか、屈強な兵士達が多いことで知られています。
冬にはとても厳しい寒さに包まれ、家の中で過ごすことが多くなるからか、家の中でも楽しめる文化芸術に力を入れているとされていて……第二王女ヘレナ様の派閥に所属していた……はずです。
直接北部に足を運んだことはなく、あくまで聞いた話をまとめただけの情報となりますが……一応ご参考になればと」
すると足元の犬人族達が「それですそれです!」「お客様の名前はそのシグなんとかさんです!」と声を上げてきて……どうやらその伯爵家の誰かがやってきたということで間違いはなさそうだ。
後の問題は何の用事でやってきたのかということになる訳だが……それに関してはもう、直接聞くしかないのだろうなぁ。
と、そんな事を考えていると、護衛の者達に促される形で馬車から一人の男が降りてくる。
金糸と銀糸をこれでもかと使ったシャツと赤色を基調とした派手なベストに黒色のズボンに。
立派なマントを羽織って、長い金髪をなんとも鬱陶しいくらいになびかせている……恐らくは20代半ばの結構な色男。
真っ赤な瞳をきょろきょろと動かして、周囲の景色と私達と……それと迎賓館のことを見やって、そうしてからその男は、なんとも楽しそうというか嬉しそうな笑顔を浮かべてこちらへとやってくる。
「おぉ、おぉ、貴方が救国の英雄ディアス様ですか!
このシグルザルソン伯爵家のエーリング、この瞬間をどんなに待ちわびたか、思わず歌で表現したくなる程に感動しております!」
こちらにやってきながら両手を振り上げ、歌でも歌っているかのような調子の高音の声でそんなことを言ってきて……私は反応に困ってしまって硬直してしまったのだが、伯父さんの杖での、スネへの一撃を受けてどうにか冷静になることが出来た私は、事前にそう言えと言われていた言葉を口にする。
「お、お初にお目にかかる。
私はメーアバダル公爵家のディアスだ……こんな辺境地にご足労頂けたこと、まことに痛み入る。
とりあえずあちらの幕家で、歓迎の準備を進めているので、そちらに移動して話の続きを―――」
と、そんな感じの台詞を長々と、伯父さんとヒューバートの厳しい視線の中で私が口にすると、エーリングは笑顔で頷いてくれて……そうして私達は迎賓館用に建てたユルトの中へと移動していく。
迎賓館の中に入ったのは、私、伯父さんとヒューバート、エーリングと護衛が二人。
他の護衛と犬人族達は外で待機することになり……迎賓館に入るとまず真っ先に奥に飾られたメーアの横顔刺繍の旗と、その前に立てかけられた戦斧が視界に入り込む。
次に目立つのがイーライとアイサが持ってきてくれた立派な長机と立派な椅子の数々で……しっかりとしたものが手に入るまではということで、簡単に作った棚とそこに並ぶ工芸品などがその次で。
そんな迎賓館の奥へと進み……長机の奥の椅子へと私が腰を下ろし、その左右にヒューバートとベン伯父さんが立ち……エーリングは向かい合う入り口側の椅子へと腰を下ろし、その左右に護衛達が立つ。
そうしてしばしの沈黙。
一体どうしてエーリングは黙ってしまったのか、何か話があるからここに来たのではないか、何かこちらから話を振るべきなのかと、そんなことを考えていると……その両手を随分と大げさな様子でパンッと打ったエーリングが、その笑顔をこれでもと輝かせながら大きな声を上げてくる。
「いやはや実に素晴らしい!
メーアバダル公の境遇やここで起きた事件については色々と聞き及んでいましたが、たったの一年であのような立派な関所を建て、このような迎賓館を建てられるとは……わたくし感服してしまいました!
更にはそちらに飾ってある旗と工芸品の素晴らしいこと……! 思わず目を奪われてしまいます!
メーアバダル公が芸術を愛する文化人であったとは、同好の士を見つけられたようで、本当に嬉しく思います!
これであればヘレナ様もお喜びになるはずです! わたくしもヘレナ様に相応しい旦那様を見つけられたこと、とても嬉しく―――」
と、そんなことをエーリングが言ってきて、私はそこで……その言葉を遮ってはいけないのだと思いつつも、思わずというか反射的に声を上げてしまう。
「うん? 今なんと?」
その言葉を受けてエーリングは、一瞬言葉を詰まらせるが小さな咳払いをしてから、仕切り直す形で言葉を続けてくる。
「……きっとヘレナ様もお喜びになるはずです。
こんなにも素晴らしく相応しい、ヘレナ様を支えてくださるだろう伴侶を見つけることが出来たのですから」
「いや、私は既に婚約しているので、そういうのは無理だな。
わざわざ来てくれたことは嬉しく思うし、歓迎をしたいとも思うし、そのための料理とかも今用意させているが……そういうのは本当に無理なので、すっぱりと諦めて欲しい。
誰かと結婚するとかそういう話は、どんな内容であれはっきりと断らせていただく」
そんなエーリングの言葉を受けて、私は一切の間を置かずに即答する。
事前にヒューバートから曖昧な返事は誤解と混乱を招くだけだと言われていたのできっぱりと、念を押すような形で発した私の言葉を受けて……ヒューバートは両手で顔を覆い、ベン伯父さんは良い笑顔で笑い……そしてエーリングは笑顔のまま硬直する。
その硬直はしばらくの間続くことになり……側に立つ護衛達がエーリングのことを心配してか声をかけ、その肩を揺らすまでエーリングは硬直し続けるのだった。
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