第238話 サーヒィ達の新生活と昔懐かしい友人

 

 ウィンドドラゴンとの戦いから数日が経ち、その間にナルバント達による水源小屋の建設も終わり……そしてサーヒィと、リーエス、ビーアンネ、ヘイレセの三人が正式に夫婦となった。


 夫婦となっただけでなく、出稼ぎとしてイルク村に滞在していたリーエス達が改めてというか、正式な領民になってくれて……新婚夫婦の希望ということで、簡単な作りだった彼らの住まい……鷹人小屋も立派なものへと作り直された。


 クチバシで開け締め出来る、つまみ付きの木製横引ドアが窓代わりにいくつも作られていて、その中にはいくつかの干し竿のような止り木があって……更に眠るための場として、サーヒィ達が自作した大きな巣を置ける箱型の部屋があって。


 そんな箱型の部屋は小屋の中に一つきりという訳ではなく、リーエス、ビーアンネ、ヘイレセそれぞれの部屋ということで三つ作られていて……サーヒィは毎晩、その部屋のどれかを選んで寝泊まりする、という形になっているらしい。


 実際にはリーエス達が話し合って何処に泊まるかを決めてしまっていて、サーヒィに決定権は無いに等しいようなのだが……それでもまぁ、サーヒィ自身がそういった扱いを受け入れているので、問題は無いのだろう。


 そしてウィンドドラゴンの素材は、そのほとんどがナルバント達に預けられることになり、ほんの一部をエルダンの下へと送ることになり……行商の練習に行ってくるというエリー達にその一部を預けてある状態だ。


 ウィンドドラゴンを討伐したと聞いて驚きのあまりに腰を抜かしたりしていたセキ、サク、アオイの三兄弟だったが……そろそろ本格的な行商を始められるとのエリーからの一言を受けて、覚悟が決まったというか、やる気に満ちたような表情となり、こんなにもドラゴンが来襲するのならいっそのことドラゴン素材を名産品として売り出してやるとか、そんなことを言いながら意気揚々と隣領に出かけていった。


 向こうでの顔合わせも済んでいて、エリーから必要なことを教わってもいて……後はエリーからの許可があれば独立しての行商が出来る状態で、今後はそこら辺の見極めを行っていくらしい。


 更にエリーにはセキ達が楽に商売出来るようにと考えた秘策、のようなものがあるんだそうで……それが間に合えばセキ達の行商はまず失敗することがない……らしい。


 結構前から手を打ってはいるが、まだまだ上手くいくかどうか分からない秘策なんだそうで、その詳しいところを聞いていないのでなんとも言えないが……まぁ、王国に不慣れなセキ達が楽に商売が出来るようになるというのなら、それに越したことはないのだろう。


「……さて、エリー達はいつくらいに帰ってくるのやらなぁ」


 昼過ぎになって雲ひとつない青空となり、冬服やらユルトの布やらを干すのにいい日和となり……広場で干し竿にそれらを干しながらそんな独り言を口にしていると……噂をすればなんとやら、関所務めのマスティ氏族の若者がこちらに向かって駆けてきて「エリーさん達が帰ってきましたぁ!」と、大きな声での報告をしてくれる。


 少しでも早く知らせようとしてくれたのか、息を切らしながら駆け込んできた若者を、しゃがみ込んでから受け止めってやって、わしわしと撫でてやっていると若者は目を細めて尻尾を振り回しながら……「あっ!」と声を上げて更に報告を続けてくる。


「それとお一人、お客さん、です!

 エリーさんのお知り合いということで関所を通して……エリーさん達と一緒にやってきます。

 お名前は……確か、ゴリ、ラさん?」


 そう言って首を傾げる若者と一緒になって、ゴリラとは一体どんな名前なのだろうかと首を傾げていると……今度はエリー達に同行していた護衛役のシェップ氏族の若者達がこちらに駆け寄ってきて……それに遅れてエリー達の馬車の姿が、草原の向こうに小さく見えてくる。


 春となり、そろそろ工事が始まるらしい仮設の道を踏みしめながらやってきた馬車の側には誰が乗っているのか並走している立派な体躯の馬の姿があり……その馬の背には短く切りそろえた金髪と、雑な手入れをしていますといった感じの金色の口髭が特徴的な男の姿があり……私と同い年ぐらいの偉丈夫と言って良い体格のその男を見た私は……あれがゴリラさんか、と頷いてから立ち上がり「ふーむ」との唸り声を揚げる。


 何処かで見たことあるような、無いような……ゴリラという名前の響きに覚えがあるような無いような……。

 その姿をじぃっと見つめながら足を踏み出した私は、馬車と旅装のマントを靡かせているゴリラさんの馬を出迎えるべく、広場からイルク村の外へと移動していく。


 すると馬車を置き去りにして馬だけが駆けてきて……私の目の前で馬を嘶かせながら停止させて……そうしてから見覚えのある男が下馬し、なんとも言えない笑顔をこちらに向けてくる。


「おう、久しぶりじゃねぇか、えぇ?

 俺になんもかんも押し付けて出ていったかと思えば何十年も音沙汰無し……全く、こんなにひでぇ男だったとは思わなかったぜ? 俺ぁよぉ」


 聞き覚えのあるような無いような声でそんなことを言う男が、更に笑顔を深くして……それでようやくゴリラさんの正体が誰であるかに気付いた私は、なんと言ったら良いのやらと苦笑しながら頭をがしがしと掻く。


 私がそうこうしていると見回りをしていたサーヒィ達や、日光浴をしていたフランシス達や、アルナー達に犬人族の子供達までがぞろぞろとこちらへとやってきて……そうしたイルク村の面々をざっと見回した男……かつて私と一緒に孤児達の取りまとめ役をやっていたゴリラ改めゴルディアが「だっはっは」と大きな笑い声を上げる。


 私より身長は低いが私よりも横幅があって、その横幅のほとんどが筋肉で……マントの下に見える右腕には若い頃に無茶をした時の傷がでかでかと残っている。


「結局お前は何処でも此処でもやることは変わらねぇんだなぁ。

 たったの一年でこれだけの家族を拵えやがって……お前を助けてやろうとこの一年、色んな準備をしていた訳だが、こんなにホイホイ増やされたんじゃ準備のほうが追いつかねぇってんだよ、全く……よぉぉ!!」


 続けてそんなことを言ってきたゴルディアが、マントを剥ぎ取り、安っぽいシャツとズボンという、あの頃と同じ服装を見せつけて来ながら、子供の頃と全く変わらない両腕を振り上げた構えでもって突進してくる。


 それに呼応して私も両腕を上げてどっしりと構えて……そうしてゴルディアの両手を掴んでの力比べが始まる。


 全力でつかみ合い押し合い……相手の膝か背中を地面につかせたら勝ち。

 後ろに押しやるか、下に押し付けるか、あるいは引いて相手を転ばせるか。


 そんな駆け引きをしながら、額に汗を浮かべたゴルディアが更に言葉を続けてくる。


「とりあえずあのセキ、サク、アオイって若いのはうちの組織……ギルドのメンバーってことにしておいてやったぞ。

 これで王国内の何処に行こうが困ることはねぇよ。

 更にお隣のマーハティ領にもギルド支部……っつうか、ほぼ本部並の規模の拠点を作ることになったから、そこに来てくれりゃぁ何でも買い取ってやるし、なんでも売ってやるさ。

 そこの責任者はアイサとイーライってことになったから、お前も追々挨拶に来いや」


「……アイサとイーライには守るべき家と仕事があったはずだが……?」


 そんなゴルディアのことを押しやりながらそう言葉を返すと……負けじと押し返してきながらの返事が飛んでくる。


「二人もお前にそんなことを言われることを心配していたが……家の方は二人の子供に任せて、仕事の方も二人が育てた若いのに任せてあるから安心しろや。

 今までの生活を捨てた訳じゃねぇ、新たな門出のために一歩を踏み出したって訳だ、こんちきしょう!!」


 そんな言葉の途中でゴルディアの膝が沈み始め、このまま膝をつかせられるかとなって……それでも諦めないゴルディアは私を押し返しながら、更に言葉を続けてくる。


「っていうかお前、迎賓館の方はどうしたんだよ、こんちくしょう!

 全く準備してねぇじゃねぇか!! あと数日で王都の方からのお偉いさん達が来るってのに、これで間に合うのか? えぇ? あの若いお隣さんに作っておけと、言われたんだろう?

 まさか忘れてたんじゃねぇだろうな!!」


 そう言われて私はハッとなる。

 そう言えば以前の旅行中にエルダンから、迎賓館の必要性を……実際に迎賓館を案内してもらいながら教わったような……。


 その時は作ろうと心に決めていて、準備も進めるつもり……ではあったのだけど、イルク村に帰ってきてからは……なんというか、うん、すっかりと忘れてしまっていた。


 こうしてはいられない、数日以内にお偉いさんが来るというのなら尚更、準備を始めておかないと……と、そんなことを考え決断した私は、込めていた力を一気に増させる。


「だぁぁぁぁぁ!? てめぇ、まだこんな力が残ってんのか!?

 老いってもんを知らねぇのかてめぇの体は!?」


 するとゴルディアがそんな悲鳴を上げてきて……私はセナイとアイハンと、それとサンジーバニーのおかげかなと、そんなことを思いながらゴルディアの膝を地面につかせて……懐かしい友人ゴルディアとの力比べに勝利するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る