第239話 メーアバダル領の迎賓館
私との力比べを終えるなりイルク村の皆に、私の仲間で家族で、兄弟のような存在であるとの挨拶をして……そうしてゴルディアはあっという間にイルク村に馴染んでしまった。
子供の世話を得意としていたのと、若い頃の私と本当の兄弟のように接していたのもあってか、セナイとアイハンともあっという間に仲良くなり、順番に肩車をしてあげたりするようになり、そんな状態でイルク村をぐるりと歩いて回り……そうして広場へと向かい、広場から改めてイルク村のことを、広場に集まった村の皆のことを見やりながら言葉を投げかけてくる。
「……なるほど、大体どんな村かは分かったぜ。
これなら……そうだな、その幕家、ユルトって言ったか? それで迎賓館を作っても問題ねぇだろうな」
ゴルディアはギルドの長として王国中を回ったことがあるそうで、その過程で各地の領主にも挨拶をしてきたんだそうで……王国中の迎賓館を見てきた身としてアドバイスをしてくれるつもりのようだ。
「ふーむ、そういうものなのか?
ユルトを建ててそれで終わりなら楽でありがたいが……」
私がそう返すとゴルディアは、しゃがみ込んで肩車をしていたセナイをそっと下ろし、順番待ちをしていたアイハンをその肩に乗せて……ぐっと立ち上がりながら言葉を返してくる。
「迎賓館っていうのは、領の玄関口であり、そこがどんな領なのかを他所に示す顔でもある。
無理をして立派過ぎるものを作っちまえば、それだけの力と余裕があると勘違いされちまって、余計な連中が寄ってきたり変なトラブルに巻き込まれたりしちまうもんだ。
かといって貧相過ぎると今度は見下されたり、面倒なトラブルが起きたりしちまうからな、領の規模に見合った程々のもんを作るのが一番なんだよ。
このユルトで作られた迎賓館を目にした、それなりの観察眼と頭を持つもんは、ああ、ここはこういう家で生活している地域なのか、こういう家が合う風土なのか、遊牧をしての牧畜が主産業なのか、このくらいの規模の迎賓館を建てられる程度の領なのかと、そこら辺のことを勝手に察してくれるからな、ユルトで作るくらいがちょうど良いって訳なんだよ。
とは言えだ、迎賓館に来訪することになるのは遠方から長旅を経てやってきた疲れ切った客だから……その疲れを癒やす工夫は必要になるだろうな」
と、そう言ってからゴルディアは屈伸運動をしたり、広場を駆け回ったりしてアイハンを楽しませ……今度は犬人族の子供達をその両肩に乗せてやりながら言葉を続けてくる。
「当然だが井戸と厠は必須、馬を休ませるための馬房も欲しい。
もてなし用とはまた別に寝泊まりするためのユルトも必要で……この地方で手に入る食材を使った料理と、それと酒も必須だな」
酒と聞いて私が微妙な顔をしていると、ゴルディアは昔のことを思い出しているのか半笑いになりながら言葉を続けてくる。
「……お前が酒を好いていないのは知っているが、多くの人間は酒を好んでいる。
長旅で疲れ切って飢えて乾いて……ようやくもてなしの酒にありつけるとなっている人間に、酒は出せねぇなんて言葉をかけるのは残酷に過ぎるだろう。
酒のねぇもてなしは無礼だともされているからな、お前が飲む必要はねぇが、相手には飲ませてやれ。
そうやってもてなしてやって土産の一つでも持たせてやって、追い返せばそれで終わりって訳だ。
場合によっちゃぁそこでうちの領にはこれだけのもんがありますって具合に、名産品や家畜や軍事力……武器や兵士や馬やらを見せつけたりもするんだが、ここではそれはやらねぇほうが良いだろうな」
そんな事を言いながら犬人族の子供達を下ろしたゴルディアは、今度はメーアの六つ子達をその両手でワシワシと撫で始める。
「たとえばこのメーア達。
お前達にとっては家族同然の大切な存在でも、他所の人間から見りゃぁただの家畜だからな。
こいつらを下手に他所の連中に見せちまったら、こんなにたくさん居るならちょっと分けてくれよ、家畜なんだからそのくらいは良いだろ? なんてことを言われちまうかもしれねぇ。
メーア布の噂はじわじわと広がってるからなぁ……欲しがってる連中の目に入らねぇようにしといたほうが良いだろう。
亜人獣人に関しても地方によっては扱いが悪いとこがあるからなぁ……出来るだけ見せねぇほうが良いだろうな。
そういう訳で迎賓館を建てるなら、見られちゃまずいもんの多いイルク村の側じゃぁなくて……関所の側か、森の近くか、森とイルク村の中間地点くらいが良いだろうな。
そこらに迎賓館と井戸と厠と……炊事場と寝泊まり用のユルトと、それと馬房を作りゃぁ、とりあえずの形にはなるだろうさ」
「なるほどなぁ……。
井戸と厠があって……イルク村以外の場所となると―――」
やはり関所だろうかと、私がそう言おうとしたその時、隣で黙って話を聞いていたアルナーが声を上げる。
「それなら森とイルク村の中間辺りに、出来たての井戸と厠があるからそこに作ったら良いだろう。
街道がこれから作られるとなって休憩所が必要になるとかで、鬼人族の職人に作ってくれと頼んでおいたのがあってな、ついでにそこに作るはずだった旅人や商人用の休憩所も作っておけば、見栄えと規模もそれなりのものとなるはずだ」
「ああ、そいつは悪くねぇ考えだな、よそ者をあっちこっちで管理するよりかは、一箇所にまとめちまった方が楽になるだろうからな。
ついでにそこに取引所でも建てて、イルク村に近付けたくねぇ連中との売り買いもそこでやっちまえば良い。
迎賓館に置く家具や、飾りもんなんかはアイサとイーライに用意させていて、追々持ってくるだろうから用意する必要はねぇよ。
あるのは今話に上がった施設分の数のユルトと……それとそこら一帯を管理する人間と給仕になるかな。
まさか領主様自ら料理を運ぶって訳にもいかねぇし……アルナーさんや獣人に任せるってのも良くねぇ。
誰かそれなりの作法に詳しい人間を雇うのが一番かもしれねぇなぁ」
アルナーの言葉にそう返したゴルディアが、ギルドからまた誰か引っ張ってくるかなぁと、そんなことを言っていると……これまた話を聞いていたらしい、二人の婆さんがこちらにやってくる。
一人はピソン婆さん、上品な顔立ちと波打つ髪が特徴で……もう一人はジメチ婆さん、優しげな目と一際長く綺麗な髪が特徴だ。
「そういうことなら給仕も管理も私達に任せてもらおうかねぇ。
元々暮らしていた村で似たようなことをしていたし……マナー含めてそれなりの覚えがあるからね」
「あたしは宿の食堂で働いていたことがあってね、ピソンちゃんと同じく覚えがあるし、覚えがあるだけじゃなくて、そういうことが大好きだからねぇ」
ピソン婆さんとジメチ婆さんがそう言ってきて……私がどう返したものかと悩んでいると、満足げな表情で頷いたゴルディアが先に言葉を返してしまう。
「おお、経験があるってなら悪くねぇじゃねぇか。
変に若いのに任せると余計なトラブルが起きる可能性があるしなぁ、経験豊かな婆さんに任せちまったほうが楽だろうな。
とはいえ婆さん達だけに任せるってのも酷だから、獣人……いや、犬人族か、犬人族の若いのも何人かつけてやって、普段はそいつらに二人の手伝いをさせておいて、客が来たら隠れるなり、イルク村に戻ってくるなりさせたら良いだろうな」
若い人間よりも婆さんの方が良いとのゴルディアの言葉に私が「そういうものなのか?」とそう言って首を傾げていると、ゴルディアは「そういうもんだ」とそう言って大きく頷く。
曰く、若ければそれだけ未熟さが出るものだし、惚れた好いただのといった問題も出てくる可能性がある。
そういう訳でカマロッツくらいの年齢の者が執事や給仕といった、外から来た人間と顔を合わせる仕事を任されるというのはよくあることで……婆さん達は少し年を取りすぎな感はあるが、これだけ元気ならば問題はないだろうとのことだ。
「―――まぁ、追々はもうちょい若い人間を雇ったほうが良いかもしれねぇが……ここにはそんな人材はいねぇし、婆さん達を持ち出す程に人材がいねぇ領なんだから面倒な話を持ってくるなっつう牽制にもなるだろう。
婆さん達の手料理と……それとできればここで作った酒がありゃぁ良いんだが、まぁこの規模の村じゃぁ他所から買ったほうが良いだろうな」
更にゴルディアがそう説明を続けていると……これまた話を聞いていたらしいナルバント達が反応を示す。
ナルバント達はイルク村で酒を造ろうと考えていて、その準備をしていて……それが領の顔になるならと大喜びしてわいわいと騒ぎ始める。
どんな酒が良いか、どんな材料で造るか。
そんなことをナルバント、オーミュン、サナトの三人で話し合い始めて……そこに若い頃から酒好きだったゴルディアと、アルナーまでが混ざり込んでしまう。
そうして迎賓館の話は一旦置いておかれることになり……すっかりと場を持っていってしまった酒の話題で、これでもかと盛り上がってしまうのだった。
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