第227話 家族旅行 四日目、その後のコルムとマーハティ領巡行

 

 アイセター氏族は、コルムを含めて総勢25人なんだそうで……その全員がイルク村に来ることになった。


 25人もの領民を引き抜いた形となる訳だけども、エルダンは本人達が望むならと嫌な顔一つせず許可を出してくれて……私達がイルク村に帰る際に同行する形での引っ越しが行われることになった。


 イルク村では主に馬の世話をしてくれるんだそうで……暴れ馬となった軍馬を見事に制したあの腕前があれば安心して任せられることだろう。


 あの軍馬が怯えているということを見抜けなかったアルナーも自分より見る目のあるコルムならば任せられると笑顔を見せていて……セナイもアイハンもエイマも、フランシス達もエリー達も仲間が増えることを喜んでくれている。


 エルダンやカマロッツ達も、アイセター氏族達が自ら望む場所で活躍してくれるのならそれが一番だと今回の件を喜んでくれていて……喜びながらも、一体自分達と私の何が違うのか、どうしてイルク村では犬人族の小型種達が活躍出来ているのかを調べるために、コルムに対しての聞き取り調査を行ったようだ。


 そうしてコルムの口から出てきた返答は……、


『何故かと言われればディアス様が正しき人だからですな』


 というものだった。


 正しき人、それはあの取引所でもコルムが口にしていた言葉で……アルナーによるとイルク村の犬人族達も時折私のことをそう呼んでいたらしい。


 正しき人とは一体どういうことなのか、どんな意味なのかと問いかけてもコルムは、


『正しき人は正しき人です』


 としか答えず、結局その言葉が意味する所はよく分からなかったようだ。


 言葉通りに素直に受け止めるならば『嘘を言わない人』とか『正直な人』なんて意味なのかもしれないが……あの時の私はセナイ達に隠し事をしている状態で、できるだけ考えないようにしてはいたが、後ろ暗い事がある状態で……到底、正しい人などと呼ばれる状態では無かっただろう。


 仮にアルナーの魂鑑定を受けたなら赤く光っていたはずで……一体私の何が、何処ら辺が正しい人……だったのだろうか?


 そうした問いを何度問いかけても、質問を変えてもコルムから明確な答えが返ってくることはなく……少なくとも悪い意味の言葉ではないのだからと、それ以上追求されることはなかった。


 ……そんな風に少しばかりすっきりしない所があったものの、領民が増えてくれること、それ自体は嬉しいことで、あんなにも手際の良い厩番うまやばんがイルク村に来てくれることもとてもありがたいことで……私達もそれ以上は深く考えないことにして、素直にコルム達が来てくれることを喜び、歓迎することにしたのだった。


 あの市場でアルナーが買った軍馬は最終的に8頭となっていて、その中にはあの最後に登場した暴れ馬となってしまった馬も含まれている。


 あんな風に暴れてしまうと軍馬としては価値が下がってしまうというか、買い手がつかなくなってしまうものなんだそうだが……コルムがあの馬のことをしっかりと世話をし、活躍してみせるから買って欲しいとの声を上げていて、そのことが購入の決め手となったようだ。


 実際にコルムはあの場であの馬を見事に乗りこなしてみせていて……馬が好きで馬のことに詳しいものの、実際に飼い始めたのはごく最近のことで、色々な面で経験不足のアルナーとしては、馬のことに関してはコルム達に習い、教わっていくつもりのようで……早速エルダンの屋敷の厩舎で馬の見分け方や宥め方なんかを教わっているようだ。


 ……ちなみにだがあの暴れ馬の支払いはジュウハがしたということになっていたりする。


 本来であれば特別高い軍馬の支払いをするはずだったのだが、請求書を見るなり金切り声のような悲鳴を上げることになったジュウハ曰く、現在手持ちがないそうで、エルダンから貰っている給金も酒場などなどの支払いに消えてしまっている状態であるそうで……そういう訳であんなにも高い支払いは10年経っても出来ないとエルダンに泣きつくことになり……その結果、エルダンが支払いを肩代わりしてくれたというか、支払いを交換してくれたようだ。


 そんなことがあったと言うのにジュウハはそのことを隠しながら周囲の人々に『俺はディアスにうんと高い軍馬を奢ってやるような仲なんだ』なんてことを言い触らしているようで……まぁ、うん、仲良くする代わりに支払いを持ってもらうという約束ではあったのだから、好きにしたら良いと思う……。




 ……とまぁ、その日はそんな風に騒がしく、慌ただしく過ぎていって……そうして翌日。


 私達は商人達との面談というか顔繋ぎをしてくるというエリー、セキ、サク、アオイ達と別れて……エルダンの案内でマーハティ領の巡行……とやらを行っていた。


 それは領内の各地を巡り、観光名所などを紹介する……という名目のものだった訳だが、実際に向かった場所から察するにどうやらエルダンは、私のために今日の巡行を企画してくれたようで……そうやって色々と勉強不足の私に領地経営のことを教えてくれているようだ。


 最初に向かったのは迎賓館と呼ばれる広い……王都でも見かけたような立派な屋敷だった。

 古くは蜂蜜酒ミード広場ホールとも呼ばれていたその屋敷は、遠方からの客人を歓待し、酒などで歓待するための屋敷であるらしい。


 たとえば他領の貴族、たとえば王都の王様なんかが来た場合は、この迎賓館が使われて、貴族や王様はここで寝泊まりをするんだそうだ。


 エルダンの屋敷は重要な軍事拠点でもあり、家族などが住まう個人的な場所でもある。


 そこに信用ならない人間を泊めるというのはリスクのあることで……王様などの自分よりも偉い立場の人が、自分の妻と顔を合わせてしまった際に手を出してしまう……なんてとんでもないトラブルを避けるためにも、迎賓館は欠かせないものであるらしい。


 私達がエルダンの屋敷に泊まれたのはエルダンが私のことを信頼してくれているからで……たとえばエルダンの親戚であっても、そう簡単にはエルダンの屋敷に泊まることは許されないそうだ。


 次に向かったのは、マーハティ領の治安を守っている巡警隊と呼ばれる者達の拠点である中規模の石造りの砦だった。


 そこには何人もの兵がいて、何頭も軍馬がいて……そして巡警隊達は領内の各地にある砦を拠点に他の砦、あるいは大きな街へと常に移動し続けているらしい。


 巡警隊がいつどこにいるのかはエルダンと幹部達しか把握していない。

 決まったルートではなく毎回違うルートを、10人だったり20人だったり100人だったりで移動している。


 そうやって巡警隊が移動し続けていると、犯罪に手を染めようとする者からすると脅威でしかなく……盗みをしようとしたその瞬間に数十人規模の巡警隊がやってくるかもしれず、いざ盗みに成功して逃げようとしても逃げ先に100人規模の巡警隊がいるかもしれず……かなりの犯罪抑止効果があるんだそうだ。


 仮に敵軍が攻めてくるとなっても、どこにどれだけの防御戦力がいるのか把握しづらく、総戦力がどのくらいの数になっているのかが把握しづらく……治安維持だけでなくそういった部分でも抑止効果があるそうだ。


 次に向かったのが、隊商宿でエイマが説明をしてくれた領内各地に張り巡らされているという地下水路の中だった。


 兵士が常駐し、警備している小屋の中にある階段を進むと地下水路に入る事ができ……その階段は地下水路の管理や清掃のために作られたものであるらしい。


 地下水路も道中で見かけた大きな川もエルダンが管理している。

 エルダンが管理していて……支配していて、いざとなればその流れを変えたり、堰き止めたりすることも出来る……らしい。


 水は生活に欠かすことのできないものだ、だからこそ治水は大事なことで……そこをしっかりと握っているからこその領主……なんだそうだ。


 わざわざそんな脅しを口にしたりはしないが、それでも領民達の誰もがそのことを知っていて、逆らえばそういうことになるかもしれないとの考えが頭の何処かにはあって……そんなことをしなくても良いようにと善政を尽くしてはいるが、それでもエルダンはいざとなればその手を使う覚悟を決めているそうだ。


「……反乱を起こしたことのある僕がそんなことを言うのもおかしい話だとは思うであるの、それでも僕はその時が来たら容赦をしないと思うであるの。

 反乱が起きれば治安が悪化し、領民が苦しむことになり、場合によってはその隙を他国が突いて侵略してくるかもしれないであるの。

 ……そうなってしまったら更に多くの領民が苦しむことになってしまうであるの……だから僕はきっと、容赦をしないと思うであるの」


 岩盤を掘って作られたジメジメとした薄暗い地下水路の中で……私達しかいない空間の中で、そんな言葉を口にしたエルダンの横顔は、松明の灯りに照らされているのもあってか、年不相応に大人びて見えて……立派な領主らしい顔といえるものとなっていた。


 私にそんな顔が出来るのか、そんな決断が出来るのかは分からないが……素直に凄いと思えるものだった。


「そうか……エルダンは凄いんだな」


 そういう訳で私がそんな……単純過ぎる程に単純な、もっと他に何か無いのかと自分でも思ってしまうような言葉を返すと、エルダンは柔らかく微笑んでくれて……そうして最後にエルダンは、私達をマーハティ領南部の、砂糖葦さとうあし畑へと案内してくれた。


 甘くて美味しい砂糖を作るための畑で、その滋養の高さで多くの人々を救っている場で、マーハティ領の経済の根幹でもあって……エルダンが領内で一番好きな場所がここなんだそうだ。


 ちょうど今は砂糖葦の植え付けが行われる時期なんだそうで、果てが見えない程に広い畑に作られた数え切れない程の畝の列に、何人もの人々が並んで小さな苗というか茎のような何かを畑に植えていっている所だった。


 そうやって植え付けを行っている人々は、人間族だったり獣人族だったり、様々な種族がいて……そして異口同音に同じ歌を歌っていた。


 植え付けは大変だけども砂糖葦は金になってくれる、夏には汗だくになる仕事だけども金持ちになることが出来る、収穫してたっぷり絞れば甘くて美味しい砂糖をこれでもかと舐めることが出来る。


 だから頑張れる、大変だけども頑張れる、収穫した砂糖葦を山のように積み上げるために、皆で力を合わせて頑張ろう……と、そんな内容の歌を。


 大変だけども楽しそうに、笑顔で働く人々の姿は見ていて心が温かくなる、なんとも言えない魅力があって……そうして私達とエルダン達はしばらくの間、その光景を何も言わずに眺め続けるのだった。

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