第219話 エルダンへの王命


 エルダンによるとフレイムドラゴンの魔石はエルダンの部下達が王都まで行って王様の下まで届けてくれたらしい。


 届ける際には王様への贈り物というか、税を納めなくて良いことに対するお礼、みたいな形になったんだそうで……王様はそのことをとても喜んでくれたそうだ。


 ついでというかなんというか、私からだけでなくエルダンからもその時に色々な贈り物をしたらしく、そうすることで三年の間、税金を納めなくて良い私達への嫉妬を減らそうとした……らしい。


 実際に私達に嫉妬していた貴族はかなりの数がいたらしいのだが、フレイムドラゴンの魔石という、そこらの貴族が納めている税よりも価値があるかもしれない品を贈ったことにより、その数はそれなりに減ってくれたらしい。


 ネッツロース改めメーアバダル草原にはこれといった産物もなく、人もおらず、税を集めようにも集められないことは王都でもよく知られているとかで、そんな状況下で破損しているとはいえドラゴンの魔石を贈ったとなればそれは税として十分過ぎる程の価値があり……三年間の免税とは一体何だったのか、以前のアースドラゴンの魔石とこの魔石だけでも三年分に相当するのではないのかとなって……嫉妬しようにも出来ず、あれこれと嫌がらせを目論んでいた連中もいたそうなのだが、その目的というかお題目を失って大人しくなった……とかなんとか。


「しかしエルダン、そうなると私達はそれで良いとしても、エルダンへの嫉妬というか、嫌がらせの問題が解決していないのではないか?」


 エルダンの領地はメーアバダル草原よりも広く、たくさんの人が住んでいて、名産品もたくさんある。


 そんな状態で私と同じ三年間の免税を受けているとなると、私に向けられていた以上の嫉妬と嫌がらせが向けられてしまうはずで、そう考えての私の問いに対しエルダンは、笑顔になりながら言葉を返してくる。


「その辺りについては陛下が上手い具合に調整してくれたであるの。

 陛下はディアス殿に魔石のお礼をしたいと考えておられるのだけれども、遠方がゆえに連絡が取りづらく、ディアス殿が今、何を欲しているかを知る術がないであるの。

 そういう訳で最も近い領地を治める領主である僕が、陛下の代理としてディアス殿に相応の、ディアス殿が欲しているものを贈ること……と、そういう王命を発せられたであるの。

 公爵として陛下の代理を務めるのは名誉なことであり、義務……絶対に断れないことであり、義務として相応の金品を消費することで、嫉妬などを上手く躱すようにと、そういう意図が今回の王命には込められていて……いずれ直接お会いした時にこの件についてのお話をさせていただこうと思っていた所に、こちらに来て頂けることになったという訳であるの―――」


 と、そう言ってエルダンはその話についての細かい説明をし始めてくれる。


 正式な王命となると重要度が違い、贈る品の規模というか価値も以前のそれとは比べ物にならないのだそうで……お互いの領地に何度か足を運んでいたエリーやカマロッツに任せられる話ではなく、私とエルダンが直接会って意見を聞くというか、どんなものを希望するのかという話をする必要があったんだそうだ。


 そこまでして、相応の品物を大々的に送って……報告せずともその話が自然と噂になって王都に届くくらいの規模でないといけないもの……らしい。


「―――突然のことで何が良いのかはすぐには思いつけないことだと思うであるの。

 今回の旅行中かあるいは、旅行を終えてあちらにお戻りになってから希望をお知らせ頂くという形でも問題ないであるの。

 そうして頂ければ後はこちらの方ですぐにでも準備をさせて頂くであるの」


 説明を終えたエルダンがそう言って……一旦休憩するためか側に用意されたお茶に口をつけ始めて……そこで私の隣で大人しくしていたアルナーが、ちょいちょいと私の脇腹をつついてくる。


(馬だ、馬が欲しい、訓練を受けた質の良い軍馬ならば黄金を積み上げる程に高価なものだから、今回の話にはちょうど良いだろう)


 更には小声でそう言ってきて……耳をピクピクと動かしその小声を聞き取ったらしいセナイとアイハンも馬が良いと言わんばかりの笑顔を浮かべ始めて、私の肩に乗っていたエイマもまた小さく頷いて馬ならば良いのではないかと、そんな合図を送ってくる。


 馬……馬か……。

 ついこの間、エルダンからフレイムドラゴン素材のお礼として6頭の馬を受け取っていたり、つい先程ジュウハに馬を買わせる約束をしていたりするのだが、どうやらアルナーは更に多くの馬が欲しいらしい。


 まぁ、あの6頭はセキ、サク、アオイの三兄弟が行商に使う予定となっていて、ほとんどを領外で過ごすことになるのだろうし……普通の馬と軍馬はまた違うものだしなぁ、悪くないのかもしれない。


 軍馬は普通の馬よりも体格が良いのはもちろんのこと、勇敢であり従順でもあり、鞍にまたがりそう指示したならばどんな所にも、どんな相手が待っていようとも怯むこと無く突撃することが出来る。


 その突撃力は圧倒的で、武器など構えずともただ踏み荒らすだけで敵軍を打ち砕くことが出来て……当然駆ける速さも段違いだ。


(質の良い軍馬は質の良い仔を産む。

 メーアバダル草原であれば放っておいても数を増やしてくれるだろうし、数が増えれば売るという事もできるだろう。

 そうなれば名産品にも出来るだろうし、馬は多ければ多い程富を産み力となってくれるからな……100、200でもまだまだ足りない、1000、2000でも困ることはない、1万2万を超えたとしても、その世話を辛いと思うことは無いだろう。

 多くの馬が駆ける草原には狼はもちろんのこと、モンスターすらも近づいてこないと言うからな……頼むディアス、良い軍馬をもらってはくれないか。

 ここまでの道中をざっと見た限り、荒野が多く草が少なく、馬を増やすに適した土地とは言えないようだしな……私達が馬を増やせるようになればエルダン達にとっても得となるはずだ)


 アルナーにそう言われて私が悩んでいると……笑顔を浮かべたエルダンが小さく、だが確実に……はっきりと私に分かるような形でこくりと頷いてくる。


 ……そう言えばエルダンも耳が良いんだったな……。


 ということはアルナーの小声は聞こえてしまっていて、アルナーの言う通りに軍馬を要求しても問題はないとの頷きなのだろう。


 そういうことならアルナーの言う通りにしようかと、私が決断し声を上げようとすると……そこで珍しくアイハンだけが声を上げてくる。


「ちがうよ、アルナー。ここはくさがすくないんじゃなくて、わざとああしてるんだよ。

 だって、ちからをかんじるもん、だいちにちからはあるけど、わざとくさをはやしてない。

 たぶん、そうやって、おうまさんがあるけないようにしてる。

 くさとおみずがないと、たくさんのおうまさんがあるけなくて、たくさんのおうまさんがあるけないと、ばしゃもだめだし、にもつもはこべないし、たたかうのもたいへんなんだよ」


 アイハンのその言葉に私が「うん?」と声を上げて首を傾げている中……エルダンが目を丸くし、エルダンの隣のパティさんも目を丸くし、私達の様子を見ていた獣人達もざわめき始める。


 そんな中でジュウハが突然ばしんと自らの膝を強く叩いて……ジュウハには珍しく感心しきったという様子で声を上げてくる。


「これは驚いた!

 メーアバダル公のお嬢さんは聡明でいらっしゃる!

 馬は確かに便利なものだが、大食らいで多くの水を飲む! それらが道中になければ運用する事ができず……意図的に一部地域の草を枯らし、水路や井戸を徹底管理することで、いざ敵が攻めてきた時には、こちらの都合の良いようにその進路を限定、誘導することが出来る訳ですなぁ!

 飼葉を用意するという手もありますが、それで積荷を圧迫するようでは靴を度(はか)りて足を削るようなもの。

 いやはや全く感心したと言いますか、勉強させて頂いた気分ですなぁ」


 ジュウハのその仕草はなんとも大仰で、わざとらしくもあって……その言葉の裏に何か思惑がありそうだなと、そんなことを思ってしまうものだった。


 あるいは何かを誤魔化そうとしているのか、そのためにわざと目立つ形で大声を上げたのか……隣でアルナーがその角をいつもより弱めに、ほんのりと赤くしながら半目になっている辺りからも色々と察せるものがあった。


 ……だがまぁ、うん、ジュウハの様子からして私達に対して思うところがあるという感じでもないし、敵意があるとかでなはなく仕方なく嘘を吐いたという感じでもあるし……付き合いの長さからそこら辺のことを察した私は、話の流れを仕切り直そうとエルダンの方へと向き直り、声をかける。


「あー……エルダン、そういうことならぜひとも軍馬が欲しいんだが、何頭か用意してもらえるだろうか?

 質、数についてはエルダン達に任せるから、王命に相応しいように用意して欲しい」


 するとエルダンは、笑顔を深くし先程よりも大きく、周囲にも分かるように大きく頷いてくれて……それを受けてか私達のことを見ていた獣人達のざわめきも、明るいというか嬉しそうというか、喜んでいるというか、そんな雰囲気のものへと変わっていくのだった。

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