第218話 家族旅行 二日目、エルダン達の慶び事
私達がエルダンの下へと向かっているとミァーミァーと六つ子達の声が私達が通った通路とはまた別の方向にある通路から響いてきて、エリーや三兄弟達と共にフランシス達が姿を見せて、こちらへとやってくる。
その後方にはカマロッツの姿もあり……カマロッツの誘導で私、アルナー、セナイとアイハンとフランシス達はエルダンと同じ絨毯に、エリー達は少し離れた場所にある絨毯にジュウハ、カマロッツと共に腰を降ろす。
そうしてから改めて周囲を見回してみると、通路の出入り口や噴水の側に警備と思われる者達の姿があり、中庭を望む二階の通路のあちこちに屋敷の外以上に多種多様な獣人達の姿があり……領外からの客が珍しいのか、その者達の視線は一点集中といった感じで私へと向けられている。
更に二階の上部に張り出した屋根の上などにはゲラントなどの鳩人族達の姿もあって、私の視線に気付くとゲラントは頭を下げての挨拶をしてくれる。
そんな風に視線を巡らせた私は、改めてエルダンへと視線をやっていつになく輝いている笑顔を見やりながら声をかける。
「いやぁ、随分と立派な屋敷で驚いたよ。
エルダンも見違えるかと思う程に立派になったし……ここまで驚かされたのは王様のお城に行った時くらいのものだろうなぁ」
するとエルダンは一瞬だけ目を丸くしての驚いた表情になって、先程よりも笑みを深くしながら言葉を返してくる。
「お褒め頂きありがとうであるの!
こうして丈夫な体になれたのはディアス殿のおかげ……僕はもちろんのこと妻達も家臣達も、ディアス殿に深く感謝しているであるの」
「いやいや、それはエルダン自身が頑張った結果だろう。
……さっきの口上なんかも、いつもとは全然違った口調だったし、相当に練習したのではないか?」
「体を鍛えられるようになったのも、口調に関してもやっぱりディアス殿のおかげであるの。
この口調は元々病気が原因というか、生まれつきの喉の調子のせいで一部の言葉が上手く発せられなくて、それをごまかすために生み出したもので……おかげで陛下との謁見の際には随分と苦労してしまったであるの……。
病気を乗り越えて体が丈夫になって……更にそういった部分も解決してくれて。
それもこれも全てはディアス殿のおかげであるの」
「ああ、そういうことだったのか……。
……んん? ならどうして今もその口調を続けているんだ?」
「何しろ言葉を覚えた時からこの口調だったものだから、今ではすっかりと体に染み付いてしまっているであるの。
そういう訳で家族や親しい者の前だけは、この口調のままでいることにしているであるの」
「なるほどなぁ……まぁ、その方がエルダンらしくて良いのかもしれないな」
私がそう言うとエルダンは笑顔というよりも嬉しそうな……本当に嬉しそうな顔になって、それをきっかけに話が弾んでいく。
他愛のない雑談や、エルダンの母親ネハのことや、メーアの六つ子達……フラン、フランカ、フランク、フランツ、フラメア、フラニアの紹介や、新しく領民となって今後商人としてこちらに足を運ぶことになるだろうセキ、サク、アオイの紹介なんかをしていって……そうして話すべきことを大体話し終えて、場が落ち着いた所で、エルダンが手を上げての合図をし……それを受けてか一人の女性がこちらへと歩いてくる。
その女性は以前にも会ったことのあるエルダンの妻達の一人であるようだ。
以前と違う部分は、その顔を布などで隠していないということで……カニスともイルク村の小型種達ともまた違う、ピンと立つ大きな耳が特徴的な、茶色の毛の犬人族らしい顔で微笑みながらエルダンの隣に静かに腰を下ろす。
「こちらはパティ、大切な妻の一人であるの。
この度……その、子宝を授かることになって……これもまたディアス殿のおかげだと、僕もパティも他の妻達も、家臣一同も本当に本当に感謝していて、心の底からのお礼を申し上げるであるの」
そのことについては実はカマロッツ達のミスもあって既に知っていたのだが……とはいえヘタな演技で取り繕っても仕方ないので、驚くとかそういうことはせずに、ただ純粋に祝福すべきだろうと笑顔になって言葉を返す。
「それはおめでたい話だなぁ……心より祝福させてもらうよ。
エルダン、パティさん、おめでとう……良い子が生まれてくれることを祈っているよ」
そんな私の言葉に続いて声を上げたのはエルダンでもパティさんでもなく……バッと立ち上がり、エルダン達の下へと駆け寄ったセナイとアイハンだった。
「おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
ピッタリと声を合わせてそう言って……懐の中にしまっていたらしい折りたたまれた布を取り出したセナイとアイハンは、それをエルダンとパティへと手渡す。
「お祝いです!」
「がんばってつくりました!」
手渡すなりそう声を上げたセナイとアイハンに、エルダンとパティは突然のことに驚きながらも笑顔と礼の言葉を返してくれて……そうしてパティが受け取ったその布を広げていく。
それはどうやらセナイとアイハンが作ったらしい刺繍のされた布で……刺繍の柄はすっかりと見慣れた馬車にも掲げてあるメーアの横顔となっていた。
メーアの横顔の下には『おめでとう』との文字が刺繍されていて……秘密だったはずの今回の慶び事のことは、どうやらセナイとアイハンはもちろん、私の隣で満足そうな顔をしているアルナーにも筒抜けとなっていたらしい。
そんなものを一体いつのまに作ったのだろうかと驚いてしまうが……前もって作っていたものに文字の刺繍を追加したか、あるいはここまでの道中で何度かあった休憩時間や、隊商宿でのちょっとした空き時間なんかに、アルナーと一緒に作ったのかもしれないな。
「あらあら、とても可愛らしい柄で……そちらのメーアさん達のお顔になっているのですね」
パティさんが、笑顔を弾けさせながらそう言って……続いてエルダンが刺繍布を開くと、全く同じ柄と同じ文字が姿を現し……それと同時に見た覚えのある小さな葉っぱが一枚、布の中からエルダンの膝の上へとハラリと落ちる。
その次の瞬間、私とエルダンは同時に『あっ!?』との声を上げる。
私はその葉の形で、エルダンは恐らくその匂いでそれが何であるのか気付き……エルダンは冷静な表情を取り繕い、周囲に気付かれぬようにその葉をそっと拾い上げ……焦ることなく慌てることなく、自然な態度で拾い上げた葉を刺繍布で包み直し懐の中にしまい込む。
その葉はサンジーバニーの葉だった。
以前私が見たものよりは小さくて青々としていて……この春に生えたばかりといった様子だった。
……そう言えばセナイとアイハンの畑にはサンジーバニーの種が植えてある訳で、春となった今、その芽……というか若木から葉が生えていてもおかしくない訳で……。
サンジーバニーのことをすっかりと忘れていたというか、今まで気にもしていなかったのだが……どうやらセナイとアイハンはこの春に生えたばかりの若葉をエルダン達のためにと持ってきてしまったらしい。
いや、決して悪いことではないし、それで出産を控えたパティさんが健康になることはとても良いことではあるのだが……それなりの大事ではあるので、事前に相談して欲しかったなぁ、なんてことを思ってしまう。
まぁ、うん……サンジーバニーを金儲けに利用しようとするだとか、邪念を抱くと枯れてしまうという特性から、その世話もどう扱うかもセナイとアイハンに任せていた訳だからなぁ……仕方のないこと、なのだろうなぁ。
「これはこれは心のこもった素敵な贈り物をありがとうであるの。
セナイちゃんとアイハンちゃんには以前にもお世話になっていて、本当に本当に感謝の気持ちが堪えないであるの。
このお礼は精一杯のおもてなしという形で返させて頂くであるの」
私がなんとも言えない表情で驚く中、エルダンは笑顔で、うっすらと冷や汗をかきながらそう言って……もう一度手を上げて合図を送る。
すると以前に見た豪華な茶器や、果物がたくさん乗った皿や、フランシス達のためなのか、牧草入りの大きな器なんかが運ばれてきて……そうやって周囲が賑やかになる中、エルダンは空気を変えるためなのか、次なる話を……以前預けたフレイムドラゴンの魔石についての話をし始めるのだった。
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