第220話 家族旅行 二日目 それぞれの想い



 ――――賑やかになっていく庭園の片隅に佇みながら ジュウハ



(いやはやまいったね、まったく。

 子供だからある程度は仕方ないとはいえ『大地の力を感じる』なんてことをこんな大勢の前で口にしちまうとはなぁ、迂闊にも程があるだろうよ。

 ……伝説の森人がこんな所に居るなんて知れ渡ったら、どれだけ厄介なことになるのやら……ああ、本当にまったく勘弁して欲しいもんだ)


 なんてことを考えながらジュウハは、歓待の宴の準備が進む庭園の隅に立つ大柱に寄りかかっていた。


 伝説の森人。

 その長い耳でもって大地の力を感じ取ることが出来て、その力を操ることが出来て、木々や草花の力……薬効などを引き出すことにも長けている。


 その特徴的な耳のことや、あの草原に畑を作ってみせた件や、エルダンの持病を伝説の薬草を使いこなすことで治した件などで、セナイとアイハンがどうやら森人であるらしいと気付いていたジュウハはそのことを、主であるエルダンにも話すことなく自らの胸の内にしまい続けていた。


(王城で読んだ古書によれば森人は森を自由に作り出せるという、とんでもない力を持っていたそうだが、同時にその力でもって森を枯らすことも出来たそうだ。

 ……この辺りから南に進んだ一帯に広がる砂漠は、その昔は緑豊かな……多くの人々が住まう場所だったが、森人達の怒りを買ったことで大地が枯れ果て砂漠と化してしまったとかなんとか……。

 あの古書に書かれていたことの全てが事実なのかは怪しい所だが、少なくとも伝説に名高い薬草、サンジーバニーを見事なまでに使いこなしているってのは事実な訳で……それだけでも十分過ぎる程に厄介なことになりかねんからなぁ)


 邪念を抱けば枯れるなんていうふざけた制限をつけた上でディアスに渡して、それがあの双子の手に渡って、今のところは枯れることなく問題になることもなく、順調にことが進んでいて……。

 一体どんな存在がどんな腹積もりでそんな厄介なことをやらかしてくれやがったのか……。


 何かの拍子に事が悪い方に転がってしまえば、あの草原が、この辺り一帯が砂漠になってしまう、なんてことも十分にあり得る訳で、そうなってしまわないようにと密かに警戒していたジュウハは、後でディアスのことを呼び出して、そこら辺の話をしておくべきかと、そんなことを考え……誰にも気付かれないように小さく身震いをする。


(あーあー、怖い怖い。人の手に余る力ってのは本当に怖くて仕方ねぇなぁ……)


 身を震わせながらそんな考えに至ったジュウハが苦笑いをして。呑気な笑顔でエルダンとの談笑を続けているディアスのことを苦々しい思いで睨んでいると……そんなジュウハのすぐ横を、正装ではなく青色に染め上げた革鎧を身にまとった獅子人族の……スーリオという名の青年が、何があったのか尋常ではない表情で通り過ぎていく。


 体は大きく腕足はしなやかに伸び、その顔は獅子そっくりのたてがみを構えたものとなっていて……その口を開ければ大きな牙が覗く。


 耳は猫そっくりで、上半身の部分部分を革鎧で覆っていて、動きやすさを優先したのか下半身はこの辺りではごく一般的な布服で覆っていて、そのすき間から出た長い尻尾がゆらゆらと揺れている……と、そんな姿をしたスーリオの強さは獣人の中でも上位に入るだろう。


 これ以上ない程に強張っているその表情を見て、まさかあの双子を狙っているのか!? 


と思わず身構え、警戒を強めるジュウハだったが、スーリオの視線が真っ直ぐにディアスだけを睨んでいるのを見て……ディアスが狙いならば別に良いかとあっさりと警戒を解く。


 そうしてジュウハは、スーリオがどんな思いを抱いていようと何をしでかすつもりであろうと……ディアスなら力づくで解決してくれるだろうと、そんなことを思いながら緩んだ笑みを浮かべて、自慢の顎をひと撫でするのだった。



 ――――ディアスの下へと歩み寄りながら スーリオ



 獅子人族最強と名高い青年スーリオはディアスのことを心の底から尊敬していた。


 救国の英雄であり、エルダンの友であり……エルダンを救ってくれた男であり、人間族とは思えない程にその身体を鍛え抜いている猛者であり。


 誰よりも敬愛するエルダンの友となり、その心を強く励まし、健康で雄々しい体を取り戻すきっかけとなってくれたことには、感謝という言葉だけでは表現しきれない程に深く強く感謝していて……スーリオにとってディアスは、エルダン、家族に次ぐ程に大切な人物でもあった。


 自らの目でその姿を見て、耳でその優しい声を聞いて、鼻でその温かな匂いを感じたことにより、その想いは一段と強くなっていて……そうした想いと同時にスーリオは今日この時に、なんとしてでもディアスを倒さねばならないという強い想いを抱いていた。


 憎い訳ではない、傷つけたい訳ではない。


 ただディアスのその在り方が……ディアスが隣領の領主であるということが、ディアスが一年という短い間に数々のドラゴンを殺したという事実が、スーリオにそうした想いを抱かせていた。


(貴殿には分かるまい、あの時の我らが抱いていた絶望の深さは。

 たまらないほどに臭い部屋で、舌を噛みちぎりたくなる程に悲惨な日々を送り、これ以上ない苦痛を味わうことになって……。

 そんな絶望の象徴とも言えるあの部屋の壁が、あのいくら爪を立てても破れなかったあの壁が、ある日急に無くなった時の……まるで息を吹き返したかと思うような、これ以上ない爽やかな気分も、希望に満ち溢れたあの瞬間のあの想いの素晴らしさも貴殿には決して分かるまい。

 そしてそれを成してくれたのはエルダン様なのだ、エルダン様こそが我らに自由を与えてくださり、救ってくださったのだ!

 あの御方の威光はもっと広まるべきなのだ……もっともっと、大陸の果てまで、この世界に存在するあらゆる種族がエルダン様の名を知る程に、尊敬する程に、敬愛する程に……!)


 それはスーリオにとっては当然のことであった。


 当然のことであり、誰かが意図せずとも自然とそうなっていくはずのこと……だったのだが、そこに目の前の男が、ディアスが現れてしまった。


 この国を救い、エルダンを救い、数多のドラゴンを殺し、誰にも成し得なかった草原の開拓に成功しつつあり。

 それだけの偉業をよりにもよってこのマーハティ領のすぐ側で行ってしまい……そのせいで大陸の隅々にまで広まるはずだったはずのエルダンの威光が弱まってしまっている、本来の輝きを失ってしまっている。


 ディアスがいなければ今のエルダンが無いということは重々承知している。

 マーハティ領が甘受している好景気には、ディアスの存在が、ディアスがもたらしてくれたドラゴンの素材が、深く関わっているということも理解している。


 だがそれでも、どうしても現状に納得が出来ず我慢が出来ず……そうしてスーリオはディアスに挑み、打ち負かすことで、無双の英雄ディアスの敗北という、印象深い風聞を作り出そうとしていたのだった。


(傷つけたい訳ではない! この庭の豊かな草の上か、来客用の絨毯の上にでも転ばせればそれで済む話だ!

 そんな風に誰かに負かされた、決して無双ではなかった、最強ではなかった、そういった評判が立てばそれで良いのだ!

 そうしたならばきっと、今までディアス殿の名に押さえつけられていたエルダン様のご威光が! その素晴らしさが! 名前も知らぬ国々にまで広まっていくはず!!)


 そんな強い想いを懐きながらスーリオがエルダンの下へと近づいていくと、まずカマロッツがそれに反応して駆け寄ってくる。


 そしてすぐにエルダンもスーリオのただならぬ態度に気付いて立ち上がり、一体何のつもりなのかと声をかけてくる。


 ディアスの子だという双子の娘は、獅子人族が珍しいのか、それとも風になびく雄々しいたてがみが気になるのか興味津々といった様子で輝く瞳をスーリオに向けてきていて……その側のディアスの妻だという女性は、懐にしまっているらしい何かしらの武器を握って露骨なまでに警戒心を顕にしていて、ディアスの肩の上の女性は全身の毛を逆立てることで威嚇をしてきている。


 そんな状況の中でディアスは、呆れる程に呑気な態度で何か余興でも始まったのかとそんな言葉を口にしていて……スーリオに殺意が無いことを、害意が無いことを一瞬にして読み切っているらしいディアスの凄まじさに、スーリオは尊敬の想いを一段と強くする。


 そんな想いをどうにかこうにか噛み砕いて、真っ直ぐにディアスのことを見やったスーリオが、


「ディアス殿! どうかこの若輩と一戦、手合わせをしていただけないだろうか!」


 そう声を張り上げると……きょとんとした顔のディアスは、膝に手を当て立ち上がりながら、ゆっくりと口を開く。


「お互いを傷つけない力比べとかなら構わないぞ」


 その言葉はまさにスーリオが望んでいたもので、ディアスならばそう返してくれるだろうと夢想していたもので……スーリオは感動に打ち震えながら、これから始まる戦いのためにと、その全身の筋肉にありったけの力と魔力を込めていくのだった。

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