第211話 家族旅行 一日目、隊商宿


 関所での休憩を終えて、出立の準備を整えて……クラウス達に別れの挨拶をしたなら、関所のその向こう、隣領マーハティ領へと入る。


 隣領へと入ってもまだ森は続いていて……メーアバダル側と違ってクラウス達がいないからか、伐採があまり行われていないからか、メーアバダル側の森よりも一段と鬱蒼としているように見える。


 そんな森の中を少し進むと、段々と木々が少なくなっていって、視界が開けていって……森を抜けると平野といった様子の光景が一面に広がる。


 私達が暮らしている草原よりも、草が少なくて伸びていなくて、まばらに地面が見えていて……道を進めば進む程、その印象は強くなっていく。


 荒野というほどではないが、結構荒れてしまっているという印象で……そうかと思えば青々とした木々に隙間なく覆われた小高い山が現れたり、物凄い勢いで流れる水量の多い川が現れたりと、草原しかなかったメーアバダル領とは全く違う、多種多様な光景が私達を出迎えてくれる。


 そんな中を真っ直ぐに貫く道の上を進んで、もうそろそろ夕暮れかなという時間まで進み続けると、ちらほらと小さな村や石造りの塔や、小さな砦などの人工物が目に入るようになってきて……カマロッツ達の馬車が、エルダンが住まう街まで続いているという道から分岐している小さな道へと入る。


 カマロッツ達の後を追う形でその道に入って、しばらくすると大きな……かなり立派な作りの石造りの建物が視界に入り込む。


 玄関には随分と立派な彫刻がしてある石造りの門があり、そこにはこれまた立派な作りの、馬車がゆうゆうと通れるだろう大きさの木のドアがはめ込んであり……そこから左右に、これはもう城壁なんじゃないかというような、しっかりとした作りの壁が伸びている。


 壁の先というか角にあたる部分には丸い構造の、防衛塔だと思われる結構な高さの構造物があり……いや、うん、これはもう完全に城塞、だよなぁ。


 そのあまりの光景に私がぼんやりとしてしまっていると……カマロッツ達は開け放たれたドアの向こう、門をくぐったその先へと進んでいってしまって……慌てて手綱を操作した私は、ベイヤース達にそちらに向かってくれとの指示を出す。


 そうして私達もまた門をくぐり、壁の中へと入ると……外観からは想像も付かなかった、豪勢というか優雅というか、凄まじい光景が広がっていた。


 四方を壁に覆われていて、その壁の裏側というか内側には、恐らくいくつもの部屋が作られているのだろう、特徴的なアーチを構えた同じ作りの窓がありベランダがあり、まるでいくつもの箱型の家を横に並べて二段重ねにしたような作りになっている。


 そんな光景を見た私は、城塞と思っていたものがまさかの生活空間だったとは、と驚いてしまった訳だが、驚く部分はそこだけではなく、壁に囲われた形の中央広場には噴水があり、噴き上がる水を受けとめる池の周囲には木々や草花が整然と植えられていて……その奥には馬達を休めさせるためなのか、広い草原のような空間があり、立派な作りの厩舎がずらっと並んでいる始末だ。


 どれだけの金と手間をかけてここを作ったのか想像もできないなぁと私がキョロキョロと周囲を見回していると、カマロッツ達の馬車が速度を落とし始めて……それを受けて私もゆっくりと馬車の速度を落としていく。


 するとここで働いている人なのか、住んでいる人なのか、肌着の上から白い一枚布を巻きつけたといったような、エルダンの服装によく似た服を身にまとった、黒毛の犬人族と思われる青年がこちらへと駆け寄ってくる。


「ディアス様、マーハティで一番の隊商宿キャラバン・カスタへようこそお越しくださいました!

 救国の英雄にお立ち寄りいただけるとは大変光栄で喜ばしく、職員一同身が引き締まる思いです!

 馬や馬車の手入れ、積荷の管理などなど後のことは我々にお任せいただき、どうぞお部屋にて長旅の疲れを癒やしてくださいませ!

 本日はディアス様方の貸し切りとなっておりますので、お部屋はどちらを使って頂いても構いません!

 厩舎の奥にある黒いドアの部屋が私共の部屋で、黄色いドアが食堂、赤いドアが湯殿、青いドアが客室となっておりますのでお間違えないようにお願いいたします!!」


 駆け寄ってくるなり青年は、その両手をなんとも洗練された仕草で振っての案内をし始め……そうやって青年が私に説明をしてくれる中、次々と職員と思われる者達が現れて、カマロッツ達の下へ駆け寄ったり、エリー達の下へ駆け寄ったり、荷台から降りようとしているセナイとアイハンの下へと駆け寄って、無事に降りられるようにと手を貸したりとし始める。


「隊商宿……? これが隊商宿なのか……?

 私が知っている隊商宿はもっとこう、こう……そこら辺にある家が並んでいるかのような作りで……。

 エリー達は先々、イルク村の近くにも隊商宿を作るなんてことを言っていたが、まさかこれを……こんなものを作るつもりなのか?」


 そんなことを言いながら御者台からゆっくりと降りた私は……青年に手綱を渡しながら、もう一度周囲をキョロキョロと見回す。


「いやいや、無理無理、こんなのは無理だから。

 確かにお客さんとお客さんの積荷を守るために砦のような作りになっている隊商宿はあるけども、この規模は度が過ぎるにも程があるわよ。

 我らが草原には絶対に釣り合わないし必要ないしで、こんなのは作らないっていうか、作れないわよ」


 同じく御者台を降りたエリーが側にやってきながらそう言ってきて……私は頷き「そうだよなぁ」とキョロキョロとしたまま声を返す。


 そうやって私とエリーがこの隊商宿についてあれこれと言葉を交わしていると、セナイとアイハンが、


「こんな所がイルク村にあったら、皆に大人気だね!?」

「みずが、みずがふきでてる!? どんなしくみ!?」


 なんて声を上げながらその顔を好奇心でキラキラを輝かせながら駆け出す。


 更にセナイの頭の上に乗ったエイマが、


「えーっとあれは噴水って言いまして、仕組みとしましては自然の力を利用していたり、水特有の動きを利用していたり、魔法を利用していたりしまして―――」


 なんて説明をし始めて……説明を聞いているのかいないのか、セナイ達は噴水に駆け寄り、その周囲の草木の側へと駆けより……好奇心が爆発してしまっているらしく落ち着きなくはしゃぎ回る。


 そんなセナイ達を追いかける形で、セキ達三兄弟までが駆け出して……セナイ達の面倒を見てくれるつもりなのか、一緒になって駆け回りたいのかは分からないが、そのままセナイ達と一緒に行動を取り始めて……壁の内側が一気に賑やかになっていく。


「ふむ……ここら辺にこんな建物があったとはな。

 確かにこれだけ立派な作りならそこらの賊なんかは手出し出来ないだろうな」


 次に声を上げたのはアルナーだった。

 荷台から降りるなりこちらへとやってきてそう声を上げて、キョロキョロと周囲を見回し……まだまだ慣れていないのか、額の角飾りをちょいちょいと手で触っている。


「ところでディアス、エリー、あれはなんだ?

 私の目には箱馬車の部品か何かに見えるのだが……」


 続いてアルナーはそう言ってきて……広場というか庭というか、壁の内側の空間の隅奥の方を指差す。


 それを受けてそちらの方へと視線をやってみると、確かにそこには馬車の一部に見える……荷台と車輪の無い、なんとも中途半端な状態の部品が置かれていた。


 それだけではなく、その周囲にはいくつかの立派な彫刻のされた木箱が積み重ねられていて……隊商宿で使う何かなのかな? なんてことを考えていると、カマロッツがこちらへとやってきて、それらが何なのかその答えを説明し始める。


「まずあちらにあるのはディアス様の馬車を改造するための部品となっておりまして、内装具の完成が遅れていた関係でお渡しするのが遅れていたものを今回用意させて頂いたという訳です。

 そして木箱の方にはディアス様方のお着替えが入っておりまして……今のお召し物上から羽織る形で構いませんので、身につけて頂ければと思い用意させていただきました。

 ディアス様のお召し物はとてもお似合いかとは思うのですが……その、貴族の服としては大変珍しいものとなっておりまして……見る目のない輩がディアス様のことを悪く思うのではないかと案じたエルダン様のご命令で用意させて頂いたものとなります」


「ああ、なるほど、そういうことか。

 分かった、明日ここを出る時に着替えさせてもらうとするよ」


 私の格好が貴族として相応しくない、そんなことを遠回しになんとも申し訳なさそうに伝えてくるカマロッツに、私はすぐにそんな言葉を返す。


 アルナーの作ってくれた今の服のことは気に入っているし、すっかりと肌に馴染んで動きやすいからと愛用してはいるが……貴族らしい格好かと言うと、そうではないからなぁ。

 

 メーア布や毛皮を使っていて、値段的には随分と上等な服ではあるのだが……うん、貴族っぽさは欠片も無いからなぁ。


 エルダンにも色々な事情があるのだろうし、正式な貴族となったエルダンの客として相応しい格好をする必要は当然あるはずだ。


 そんな想いでの私の言葉をカマロッツは笑顔で受け止めてくれて……そしてアルナーとエリーは、そんなことよりも自分達の服も用意してあるなら確認しておきたいと……笑顔になって木箱の方へと足早に歩いていく。


 まぁ、うん、新しい服が手に入るとなったら、気になる気持ちは分かるし、大きさなども合わせておく必要もあるのだろうから……そこら辺のことはアルナー達に任せておくとしよう。


 そんな中、最後の最後に職員達の手を借りて馬車から降りてきたフランシス達が辺り一帯をキラキラとした瞳で見回しながら「メァーメァー!」「メァメァン!」「ミァー!」などなど、盛んに感嘆の声を上げ始める。

 

 そしてやはり噴水のことが気になったらしいフランシス達は、そちらの方へと駆け出していって……噴水の仕組みが気になるのか首を傾げたり、噴水の水を飲んだりそこらの草を食んだりしようとする六つ子達を「メァッ!」と叱って止めたりとし始める。


 そんな風に明らかな知性を感じられる態度と動きを見せるフランシス達の姿を見て職員達はざわつき、どよめき、唖然とした表情を浮かべるのだった。

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