第210話 家族旅行、一日目 関所


 馬車の幌屋根の横部分に引っ掛けたというか、紐で縛り付けたメーアの横顔バナーがバサバサと風で揺れる中、私が御者台に座りアルナー達が荷台でゆったりと過ごすという形で、馬車が仮設の道をゆったりと進んでいく。


 カマロッツ達の馬車二台が先頭で、私達の馬車がその次に続き、最後にエリー達の馬車が続く。


 幌屋根の良い所は軽いことで、軽い分だけ馬が疲れないという利点があり……そこまで荷物を積み込まなかったこともあり、馬達の足取りは軽快だ。


 二頭引きで馬の負担の大きいエリー達の馬車も問題なくついてきていて……たまにアルナー達に確認してもらっても特に疲れた様子などは無いそうだ。


 馬達が疲れてない理由の一つは、荷台がほぼ空になっていることだろう。

 エリーは御者台で、セキ、サク、アオイの3人はカマロッツ達の馬車に乗り込んでいるためにほぼ空という訳だ。


 セキ達が何故カマロッツ達の馬車に乗り込んでいるかというと……エリーから挨拶をするついでに隣領の話を聞いてきなさいと、そんな命令を受けたからだ。


 カマロッツは勿論のこと、その部下達もまた隣領ではそれなりの立場にいる人物なのだそうで……隣領で商売をするとなったら、そんな彼らと顔を繋ぎ仲良くなっておくことはとても重要なことだろう。


 隣領がどんな場所なのか、何か気をつけるべき風習はあるのかなどなど、そういったことを聞いておくことも重要で、行商人としてのセキ達の仕事は既に始まっているようだ。


 そうやって草原の中を進んでいったなら、森が見えてきて……仮設の道は切り開かれた森を貫く形で進んでいく。


 かつてエルダン達が来た時に切り開かれたそこにもしっかりと仮設の道があり……エルダン達のあの馬車が通れるくらいの広さが確保されていて、私達の馬車であれば全く問題なく進んでいくことが出来る。


 そして森と言えばといった感じでセナイとアイハン達が荷台の方できゃぁきゃぁと声を上げてはしゃぎ始める。


 自分達の足で歩いていなくとも森の中に入れるということ、それ自体が嬉しいことであるようで……フランシス達もまた、森の中の光景が珍しいのかメァーメァーと盛んに声を上げる。

 

 そんな声を上げてはセナイ達にあれは何これは何と質問をしているようで、セナイ達は荷台から身を乗り出し、指でもって一生懸命にあちこちを指し示しながらフランシス達に質問の答えを返していく。


「落ちないように気をつけるんだぞー」


 そんな様子を見て私がそう言うと、セナイ達は『はーい』と同時に声を返してきて……アルナーがセナイ達の側に近寄り、その腰に腕を回し、バランスを崩してしまわないようにとしっかりと支えてくれる。


 するとセナイとアイハンはそれが嬉しいのか楽しいのか一段と賑やかにはしゃぎ始めて……そうこうしていると、クラウス達の下で働いている犬人族達が、道の向こうから駆けてくる。


「ディアス様! いらっしゃいませー!」

「森の関所へようこそー!」

「オレ達頑張ってますよ!」


 そんなことを言いながら犬人族達は私達の馬車の周囲を駆け回り、私は「馬車の前には出るなよー」と、犬人族達を注意しながら馬車を進めていく。


 するとすぐにクラウス達が一生懸命に作ってきたのだろう、予想以上に立派な作りの関所が道の向こうに見えてくる。


 何本あるのか、丸太の先端を尖らせたものを地面に突き立てて柱とし、壁とし、ロープでしっかりと固定し……その壁をこれまた立派な門柱に繋ぎ、その門柱がこれまた立派な木材を合わせて作ったらしい門をしっかりと支えている。


 そんな関所の周囲……というか、門の向こうへと続く道の脇には、クラウス達が暮らす為のユルトや、いくつかの作りかけの小屋、厠や井戸といったものもあり……馬達を休めるための簡単な作りの厩舎も用意されていた。


「おお……まさかここまでしっかりとしたものになっているとはなぁ。

 あくまでこれは仮設で追々砦のようにしていくと言っていたが……これだけでも十分に関所って感じがするな」


 その光景を見やりながら私が感嘆の声を上げていると……カマロッツ達が手を振り上げての合図をしてから、馬車の速度をゆっくりと落としていく。


 私達もそれに続いて速度を落として、ゆっくりと馬車を停めて……そうしたなら道の脇で待機していた犬人族達や、クラウス達が雇った隣領の人々がわっと駆け出して、馬達を休憩させるために厩舎へと連れていく。


 更に馬車の手入れ、車輪などの手入れが始まって、後のことは彼らに任せることにして馬車を降りたなら……小屋の近くで待機していたクラウスとカニスの下へと向かう


「クラウス! この短期間で随分と立派に仕上げたじゃないか!

 予想以上の出来で驚いたよ」


 向かうなりそう声をかけると、クラウスとカニスは満面の笑みとなって……そうしてクラウスが代表する形で言葉を返してくる。


「はい! 完成には程遠いですが、なんとか形にすることができました!

 これから見張り台を建てて、休憩小屋をしっかりとした形に仕上げていって……通行料を払うことになる人達が納得出来る、満足できる場所にしていくつもりです!

 ゆくゆくは石造りの砦にしたい所ですが……それはまぁ、ずっと先のことになりそうですね」


 関所は人の行き来を管理するだけの場所でなく、場合によっては通行料や税などを徴収する場所でもある。


 通行料や税を払ったならその人達は私達のお客さんとなる訳で、今犬人族達がしてくれているような、馬の世話、馬車の手入れ、それと安全の保証などの対価を受ける権利を得られる……らしい。


 道が仮設でなく本格的な道となったならその維持管理などにも徴収した金が使われて、これから道の途中途中に作ることになっている休憩所や井戸などの建設費にもその金が使われて……通行料を払ったからそれらの施設を使うことが出来る、快適な旅や行商が出来ると、納得してもらえるようにしないと、誰も通行料を払ってまでメーアバダル領に来たいとは思わないだろう。


 今のところは関所のあるなしに関係なく、わざわざメーアバダル領まで来るような物好きはいないのだろうが……メーア布が有名になって、領民がもっと増えて、行商などに来る価値のある場所となっていけば、きっと多くの人達が来てくれるようになる……はずだ。


 そうなった時のための関所で、街道で、休憩所で。

 そのためにクラウス達は頑張ってくれていて……この調子なら人が来るようになる頃には、問題の無い、不満の出ない関所が出来上がってくれることだろう。


 それから私達とクラウス達はあれこれと近況についての会話をしていって、何か困ったことがないか、足りないものがないかの確認をしていって……私はクラウスと会話し、アルナーはカニスと会話し……そしてセナイ達はフランシス達を連れて近場への散策へと出かけていく。


 セナイ達曰く、


「森の中の草と葉っぱは食べていいのと悪いのがあるから教えてくる!」

「もりのなかにも、おいしいくさは、たくさんあるー!」


 とのことだ。


 エイマが一緒に居るし、犬人族達が護衛についてくれているし、近場であればまぁ問題はないだろう。


 それから私達はしばらくの間……馬達がしっかりと休めるまで関所で時間を過ごすことになった。


 馬達が十分な休憩を取れたら関所を越えて森を抜けて……抜けた先にある隊商宿で一晩泊まるのが今日の旅程なのだそうで……エルダンがいるという街までの道のりを、焦らずゆっくりと旅行を楽しむ感じになるそうだ。


 急ぐことも出来るが急げば急いだだけ馬達に無理をさせることになってしまう。

 焦る理由は無いのだからと、私達もその旅程には納得していて……そういう訳での長めの休憩時間という訳だ。


 馬達が十分に水を飲んで食事をして体を休めることが出来たなら、そろそろ出立かなとなり……そこでセナイ達がタイミング良く元気な様子で駆け戻ってくる。


 散策ついでに森の中を楽しんで来たのだろう、その笑顔は生気に満ちていて……続いてフランシスとフランソワと、六つ子達も姿を見せる。


「ぶはっ!?」


 姿を見せた六つ子達の顔を見て私は思わずそんな声を上げる。

 よほどに美味しい草があったのか、その口からはみ出す程の量の草を食んでいて、そうしながらこちらへと歩いてきていて……もっしゃもっしゃと一生懸命に口を動かしていたのだ。


 その様子はなんともおかしくて、そこまでする程美味しい草があったのかと笑ってしまって……更には、


「モィァー」


 口の中を草でいっぱいにしたまま、六つ子のうちの一人がそんな声を上げてきて……その声のあまりのおかしさに私達はしばらくの間、馬車に乗り込むことも忘れて笑い続けてしまうのだった。

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