第205話 血無しの三兄弟


 あれから何日かが過ぎて、忙しかったのも一段落し……ユルトの建て直しや洗濯や、サーヒィ達の住まう小屋……ほとんど鳥小屋と変わらない小屋作りや、厠の建て直しなんかも無事に終わり、畑の種まきも終えた頃……西から何台もの馬車からなるペイジン達の商隊がやってきた。


「やぁどうもどうも、お久しぶりでございますなぁ。

 ペイジン・ド、ようやくの復帰となりまして、春に相応しい品々と共にお邪魔させていただきやす。

 ……あっしが不在の間、愚弟達が不甲斐ない商売をしてしまったようで、まっこと申し訳なく思っておりますでん」


 イルク村の西端に馬車を停めるなりそんなことを言いながらからからと笑ったペイジンが、懐かしい顔を見せてくれて……私とアルナー、それとエリーが代表して挨拶を交わす。


 もちろん買い物をしたがっている村の皆もここに来ているのだが、買い物が出来るようになるのはペイジン達の準備が整ってから、市場が出来上がってからで……それまではと後方でそわそわとしながら待機している。


 そんな風に皆がまだかまだかと待ちかねる中、ペイジンの護衛というか仲間というか、鎧姿の商隊の面々が市場を作り上げていって……その光景を見やりながら私達は市場での売買よりも大事というか重要な件についての話を始める。


「ところでペイジン、春頃に来るという話だった者達についてなんだが……」


 と、私がそう話を振るとペイジンは、分かっていますとばかりに頷いてから、手を上げ……背後の馬車に合図を送る。


 すると馬車から三人の……キコの服によく似た茶色の一枚布を腰の帯で巻きつけたといった衣装の、10代半ばといった様子の若者達が姿を見せて、ペコリと頭を下げてからこちらへとやってくる。


 三人とも男でキコの体毛に良く似た黄色い髪をしていて……赤い布を額に巻きつけている。


 目は細く鋭く、体は細く……それでいてしっかりと鍛えているのか足取りはしっかりとしている。


「お初にお目にかかりますディアス様、この度こちらでお世話になることになった、セキと申します、母キコの長男です。」


「同じくサクと申します、次男です。」


「アオイと申します、三男です」


 私達の前へとやってきて一列に並ぶなり三人は丁寧にそう挨拶をしてきて……もう一度深く頭を下げる。


 セキにはキコそっくりの耳があり、サクはキコそっくりの手と腕をしていて、アオイにはふさふさの尻尾があり……なるほど、これが血無しかと頷きながら私達は挨拶を返して名乗り……そうしてからふと気になったことをそのままぶつける。


「こちらに移住したいというのはお前達だけなのか?

 てっきりもう少し多く……5・6人は来てくれるものと思っていたのだが……?」


 するとセキ達は気まずそうにお互いの顔を見合い……長男だからかセキが代表する形で答えを返してくれる。


「それはですね……その、母キコは以前こちらにお邪魔した際に、こちらの村とディアス様のことをいたく気に入ったようでして……。

 それ以降、ディアス様の機嫌を損ねる訳にはいかない、棄民と思われる訳にはいかない、獣人国の恥を晒す訳にはいかないと、私達への教育に尋常では無い程の力を入れ始めたのです。

 その教育がまた、言語、文化、詩作、芸事に盤上遊戯の手ほどきなど、多岐に渡っておりまして……ペイジン家による商売に関連する読み書きの教育もこなさなければならない関係で、ほとんどの者達が満足な結果を出せておらず、母からの『合格』を得られていないのです。

 自分達は母のおかげで幼い頃から教育をしっかりと受けており、問題なく合格となったのですが……厳しい環境で暮らしていた血無しの多くはそうもいかず、もう少しばかりのお時間を頂く必要がありそうなのです」


「な、なるほど……。

 教育に関してはこちらでも受けられるし、商売に関しての手解きはここにいるエリーがやってくれるからそこまでしなくても問題無いのだがなぁ」


 と、私が返すとセキ達は、沈痛な面持ちで「母は言い出したら聞かないので……」と、そう言って顔を左右に振る。


 息子であるセキ達がそう言うのなら仕方ないかと納得することにした私は、アルナーとエリーに「ペイジンとの交渉は任せたよ」と声をかけてから、イルク村を案内するためにセキ達を連れてゆっくりと歩いていく。


「これがユルト、ここでの家だ。

 セキ達のユルトもいつでも建てられるようにと準備しておいたから、必要な数を言ってくれたら用意する。

 あそこが集会場で、あそこがセナイとアイハン……私の娘達が管理する畑で、今二人は苗木を植えるための新しい畑を用意するとかで土仕事に精を出している。

 そしてあそこが竈場で……あっちに見えるのが厠になるな」


 ゆっくりと足を進めながらそんな説明をしていって、ついでにすれ違う村人達にセキ達の紹介をしていると……セキが足を止めて、その手を小さく上げて「質問があるのですが……」とそう声をかけてくる。


「なんだ? なんでも聞いてくれて構わないぞ?」


「……では、その、あちらの厠についてなのですが……何故あのように大小の厠がいくつも建てられているのですか?」


「ん? ああ、あれは皆の体格に合わせた結果だな。

 犬人族達の体の大きさで私達が使うのと同じ厠を使ってもらうのは大変だろうとなってな……後は単純に人数が増えてきたからな、順番待ちが起こらないように数を増やしたんだ。

 セキ達はほとんど私達と同じ体格だから厠に関しては問題無いと思うが……生活の中で何か不便があったら遠慮なく言ってくれ、生活用品の改良とか出来ることはするつもりだ」


 私がそう返すとセキもさくもアオイも、少し驚いたような表情をしながら黙り込み……私はそんな3人の態度をおかしく思いながらも、これ以上の質問は無さそうだと、倉庫の方へと足を向ける。


 倉庫の前には前もって車軸にロウを塗るなどして手入れをしていた二台の馬車があり……そのうちの小さな方、セキ達に使ってもらうことになる方の馬車に触れながら声を上げる。


「こっちがセキ達に使ってもらう予定の馬車だ。

 馬車を引く馬は追々届く予定で……まぁ6頭も届くそうだから、休ませながら行商したとしても数が足りないということはないだろう。

 当分は馬の世話の仕方や乗馬の仕方、馬車の扱い方を勉強してもらって……それとメーア布とメーアのことも勉強してもらって。

 勉強が終わったらエリーと一緒に隣領やセキ達の国を行き来しての行商をしてもらうつもりだ。

 稼ぎに応じた報酬は払うつもりで……そこら辺の細かいことはさっき顔を合わせたエリーに聞いて欲しい。

 あ、そうそう、もう少ししたら私達は隣領に旅行にいく予定でな、その時にセキ達も一緒に来て貰うつもりだ。

 エリーが冬の間に顔を繋いだ商人達に紹介したいとかでな……その時に向こうでの商売の仕方とかも教わることになるはずだ」


 するとまずサクとアオイがその表情を崩し……歯噛みしているというか、何かを我慢しているというかそんな表情をする。


 そうしてセキもまた表情を崩し始めて……そこでサクとアオイが駆け出し、馬車へと駆けより御者台に上がったり、車輪に触れたりとし始める。


「お、オレ達の……オレ達の馬車になるのか、これが!」

「ああ、見ろよこの車輪……歪みもないし立派なもんだぜ」


 そんなことを言い合いながら笑顔を弾けさせ……馬車を貰える事が余程に嬉しいのかサクとアオイがはしゃぎ始めて……セキはそこに混ざりたそうな表情をしてから、どうにかその気持をこらえて居住まいを正し、私のことを真っ直ぐに見ながら言葉を投げかけてくる。


「あの……ディアス様。

 まだ会って間もないというのに、このような立派な馬車と馬まで自分達に貸与してくださるのですか?

 ……その、お考えにはならないのですか? 自分達がこれらを持って逃げたりしないのか? と……」


 その言葉を受けて少し悩んだ私は……「うーん」と唸り首を傾げてから言葉を返す。


「そんなことを言い出してしまったら誰かに何かを任せることなんて出来ないしなぁ。

 ……実際にそうなってしまったら、色々と困ることにはなるし、残念に思うことになるのだろうが……まぁ、キコの息子達ならそんなことはしないと思っているし、信頼して任せるつもりだよ」


 そんな言葉を受けて何を思ったかセキは、フルフルと肩を震わせる。


 その様子を見やりながら一体全体なんでそんなことを言い出したのだろうかと、傾げた首をさらに傾げていると……いつの間にか側にやってきたサクがこそこそと小さな声をかけてくる。


「ディアス様、オレ達……じゃないや、自分達血無しは、生まれた時から前世で悪いことをしたから血を失ったとか、嘘つきと盗人は血無しの始まりだとか、そんなことばばかりを言われてきたんです。

 ただ言われるだけでなく、何もしていないのに盗人同然の……疑われて蔑まれて虐げられてのロクでもない扱いを受けてきたんです。

 だからその、こう……他人から何かをしてやるとか、何かをくれるだとか貸してくれるだとか、そういうことを言われ慣れてないんです。

 ……だから兄ちゃんはちょっと感極まっちゃってるんです、もうちょっとしたら落ち着くと思うんで待ってあげてください」


 するとセキはその頭の上にある大きな耳をぴくりと動かし「サク! 余計なことを言うな!!」と大きな声を張り上げる。


 そんな声を受けてサクは「やべぇ、地獄耳なのを忘れてた!?」なんてことを言うなり逃げ出して……それを追いかけようとしたセキは、私が微笑ましく思いながら見つめているのに気付いて、慌てて居住まいを正して「少しだけお時間をください」とそう言ってから……逃げ出したサクの下へと、凄まじい勢いで駆けていくのだった。

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