第204話 三者三様
――――イルク村で ディアス
旅行に行くと決めはしたものの、すぐに行ける訳ではなく、その前にやるべきことが山のようにある訳で……宴を存分に楽しんだ翌日、私達は休む暇も無くイルク村中を駆け回っていた。
最優先で行うべきは身の回りの掃除と洗濯だ。
ユルトを冬仕様から元に戻し……床布や外布の交換をし、交換したものを洗って干し、場合によってはユルト自体を建て直す。
そうやってユルトの中にたまった埃や汚れ、ゴミなんかを外へと追いやり……清潔な生活の場を作り出す。
移動しての生活……遊牧をしてないからこそ節目節目にこういったことをする必要があり……時間と手間をかけてでも村の全てのユルトをそうする必要がある訳だ。
冬服などの洗濯もまた大事な作業だ。
冬の間も出来る限りの洗濯をしていたが、寒い中ではどうしてもやれることが限られていた。
そのせいで残ってしまっていた汚れ全てを綺麗に洗い落とす必要があり……また来年もこの冬服を使えるようにと丁寧に、しっかりと洗っていく。
まずは川で洗って大雑把に汚れを落とし、桶に汲んだ水の中でもみ洗いや踏み洗いをしていく。
マヤ婆さんとアルナーが作った薬草入り石鹸を惜しまず使い、何度も何度も洗って……綺麗に洗い終えたら青空と爽やかに吹く風に晒し……乾いたなら丁寧に畳み、衣装棚や箱の中に虫除けの薬草と共にしっかりとしまう。
更にサーヒィ達の住まう小屋作りや、厠の建て直しもしなければならず、畑の土起こしや溜池の確認もする必要があり……新しい家畜の受け入れ準備や、これから来るだろう血無し達の受け入れ準備、血無し達と一緒にやってくるだろうペイジンとの商売の準備もする必要がある。
当然普段やっている家事や家畜達の世話、メーア達の世話もする必要がある訳で……もう本当に休む暇がない。
こうした作業を完璧に終わらせたならようやく旅行に行ける訳で……あれだけ旅行に行けることを喜んでいたセナイとアイハンが待ちきれないと、すぐにでも行きたいと我儘を言うのではないかと心配していたのだが……そんなことは全く無く、むしろ少しでも早く行けるようにとセナイとアイハンは率先して手伝いをしてくれて……そんなセナイ達に刺激されてか、犬人族の子供達までが洗濯などを手伝ってくれるようになった。
「もう7歳だもん!」
「おねーさんだもん!」
そんなことを言いながら子供達を率いて働くセナイとアイハンの姿は村の皆に……大人達になんとも言えない活気を与えてくれて……そうして私達はそんな二人が少しでも早く旅行にいけるようにと、気合を入れ直して励むのだった。
――――数日後 マーハティ領 領主屋敷の自室で エルダン
「ディアス殿が我が領に遊びに来るであるの!?」
ある日の昼下がりのこと、隣領との境に作られることになった関所の様子を確認しにいった部下の一人からそんな報告を受けてエルダンは、凄まじい勢いで立ち上がりながら屋敷中に響き渡る程の大声を張り上げていた。
「はっ……。
家族旅行が主な目的だそうで……エルダン様が行ってきたこれまでの力添えへの感謝と友好関係を示す意図もあるとか。
畑の世話など雑事が終わり次第にいらっしゃるそうで……明確な日程は明らかになっていませんが、春の内には、とのことです」
更に部下がそう報告するとエルダンは、空中にある何かを掴むかのように振り上げた両手をわなわなと震わせながら声を上げる。
「し、支度を……今から支度を始めるであるの!
この街の総力を上げて……いや、領内の総力でもってディアス殿達を歓迎をするであるの……!」
そんな声に対し周囲の者達……妻達や部下達が流石にそれはやりすぎではないかと狼狽える中、一人大きなため息を吐き出したジュウハが……大きな柱に背を預けながら声を上げる。
「やめとけやめとけ、ディアスはそんなことをされて喜ぶヤツじゃねぇからな。
家族旅行が目的だってんなら尚更……この街の普段の姿を見せてやるべきだろう。
歓迎はこの屋敷の中だけで十分……精一杯の想いを込めての持て成しをしてやれば良い。
それでも何か手を打ちたいってんなら、ディアスは金銀財宝にも贅を尽くした料理にも絢爛な踊りや歌にも興味のねぇ男だからな……ディアスではなくディアスの家族を喜ばせる方向で何かを考えてみると良い」
ディアスと共に長年を過ごしてきた元戦友のその言葉を受けて、大きく頷いたエルダンは……ディアスの養子であるセナイとアイハンと仲が良いらしいカマロッツへと視線を向けて……カマロッツにディアス一行歓迎の総指揮を任せるのだった。
――――更に数日後、王都、王宮、リチャード王子のダンスホールで リチャード
「改革を始めるぞ」
忠臣である老齢の騎士や、ナリウスを始めとしたギルドの面々を前にして、その目に強い光を宿したリチャードが、そう宣言をする。
「貴族共は様々な特権の代わりに王の剣として戦う義務を負っている。
先の戦争やモンスターの襲撃に対し、何だかんだと理由を付けて動かないような連中は貴族とは言えん。
領地を召し上げ、罰し、その力を削り取ってくれる。
召し上げた土地は直轄地とし、そこで上がった収入でもって直轄軍を増強し官僚を増員し……貴族共が手柄を上げる余地を無くした上で、更なる領地を召し上げて、直轄軍と官僚の増強をするという循環を繰り返す。
そんな風に領地を削られるのが嫌なら直轄軍以上の働きを見せるしかない訳だが……それが出来る貴族はごく一部のみだろう。
そうごく一部だ、それ以外は削ぎ落とす。こんなにまで増えすぎてしまったのだから減らしてやる必要があるだろう」
更にリチャードがそう続けると……その計画を知らなかったナリウス達は冷や汗を浮かべながら、ごくりとその喉を鳴らす。
本当にそんなことをしても大丈夫なのか? 貴族達は黙っていないのではないのか?
そんなことを言いたいのだが緊張のあまりか言葉が出てこず……そんな中、前々からこの計画を知っていた老齢の騎士だけは涼しい顔でリチャードの言葉に聞き入る。
「お前たちの言いたいことは分かるが、心配するな。
……表向きは軽い罰として、先の戦争での不義をこんな軽い罰で許してくれるのかと貴族達がそう思ってしまうような形で進めるつもりだ。
それでも一部の貴族はこちらの思惑に気付くかもしれないが、気付ける程に聡いのであれば許してやることも出来る。
……十分な働きをせず、気付く能力もない、そんな連中が標的という訳だ。
そんな貴族達を踏みつけにして直轄軍あるいは官僚として出世出来るとなれば平民達もやる気が出るだろう?
そのための教育機関も用意する予定で、先の戦争で活躍した平民達……経験と実績豊富な元志願兵の面々も拾い上げてやる予定だ。
神殿はすでに味方で、お前達ギルドも味方で……更にそういった有能な平民達をも味方に出来るのであれば、仮に貴族達が反乱を起こしたとしてもなんとでもなるだろう」
そう言ってリチャードは軽く上げた拳をぐっと握る。
ようやく始まる、ようやく始められる、ここからが自らの王道の始まりなのだと、そんな想いを心中で弾けさせ……その瞳をまるで新しい玩具を前にした子供のように光らせる。
そんなリチャードを前にして、何も言えなくなったナリウス達が呆然としていると……涼しい顔をしていた老齢の騎士が、その表情を変えることなくぼつりと声を漏らす。
「西方は如何するおつもりでしょうか」
西方……貴族であり広大な領地を有する領主であるディアスとエルダンを指してのその言葉に、ぴくりと反応をしたリチャードは……少し考えてから言葉を返す。
「放っておく。
距離があり過ぎるというのもあるが、先の戦争で十分過ぎる程の活躍したディアスに手を出したとなると、こちらが掲げる大義に傷がつきかねん。
エルダンに関しても善政をしているということだからな……とりあえずは放っておく。
……各領地を飲み込み、十分な直轄軍が編成出来たとなれば、ディアスだろうがエルダンだろうがもはや相手ではない。
その時になって従うなら許し、そうでないなら踏み潰す、ただそれだけのことだ」
その言葉を受けて老齢の騎士は満足そうに深く頷く。
そうしてこれ以上語ることは無いと口を閉ざした老齢の騎士の、一番の忠臣のそんな態度を受けてリチャードは、その自信と覚悟を一段と強いものとし……早速行動開始だと、標的となる貴族達の名前が記された紙の束を、胸元から取り出すのだった。
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