第206話 馬車の裏の密談
それから少しの間、セキ、サク、アオイの3人と会話をしたり、ここでの生活の仕方を説明したりしていると……そこに商談をしていたはずのアルナーがやってくる。
「ふむ、こちらも問題ないようだな。
……まぁ、その3人は先程の確認で強い青だったのだから、当然だろうがな」
やってくるなりアルナーがそんなことを言ってきて……セキ達が気を使ってなのか少し距離を取る中、私は首を傾げながら言葉を返す。
「強い青というのは魂鑑定のことか?
……いつのまに鑑定を? 3人と会った時、角は光っていなかったと思うのだが……?」
「冬の間、マヤに魔法を習った関係でな、角を光らせなくとも魔力の変化で青か赤かを感じ取るようになってきたんだ。
まだ完璧ではないし、精度も下がってしまうんだが……相手に気付かれないように使えるならそれに越したことはないと思って練習中なんだ。
……まぁ、今の精度だと改めて角を光らせての確認がいる状態で、もっと腕を磨く必要があるんだがな……うむ、改めて使ってみても強い青、3人とも問題ないようだな」
と、そう言ってアルナーはその角を三度……3人分光らせてからこくりと頷く。
「それはまた……凄い話だな」
その光景を見やりながら私がそう返すとアルナーは、なんとも言えない微妙な表情をしてから言葉を返してくる。
「そうでもないさ……まだまだナルバント達には通用しないし、魔法の腕が上の相手にも通用しないし、魔力の消費も大きすぎるという欠点もあるからな……実用できるようになるまでにはもっともっと腕を磨く必要があるだろう」
「なるほど……実用できるようになったら便利だとは思うが、無理だけはしないようにな?
それとペイジンとの商談の方はどうなったんだ? もう終わったのか?」
「ああ、いや……ペイジン・ドは長い間鬼人族と商売をしてきただけあって、魂鑑定に薄々勘付いている節があってな、下手なことはしないで商談に関してはエリーに任せることにしたんだ。
弟のペイジン・レは若いせいか隙が多かったんだがなぁ……まぁ、エリーだけでなくヒューバートも合流してくれたし、二人に任せてしまっても問題はないだろう」
そう言ってアルナーはちらりとペイジン達の方を居る方を見てから……馬車の側でじゃれあうセキ達の方へと足を進めて、イルク村で生活していく上での注意点や食べ物の好みはあるかといったことを話し合い始める。
そんなアルナー達の様子をちらりと見てから、エリー達のいる方へと視線を向けた私は……まぁ、エリー達に任せておけば大丈夫かと頷いて、アルナー達の方へと足を進めるのだった。
――――イルク村の西端で エリー
一方その頃、市場が開かれ、それを心待ちにしていた村人達が殺到し……賑やかに買い物を楽しむ中……商談を一段落させたエリーは、ペイジンと合流したヒューバートと共に、市場から距離を取り……ペイジン達の馬車の裏に隠れての密談を開始しようとしていた。
「ほいで、大事なお話っちゅーのはどんな内容になりますでん?」
手を揉みながら目を細めながら……それなりに警戒心を表に出したペイジンがそう切り出すと……エリーは隠し持っていた封蝋のされた封書を……この時のためにディアスに頼んで書いてもらっていたものを取り出し、ペイジンに手渡す。
「こちらがお父様……ここの領主メーアバダル公爵ディアスが書いた書簡になります。
獣王陛下にお渡しいただけると幸いです」
手渡しながら丁寧に礼儀正しく……エリーなりの敬意を最大限に込めてそう言うとペイジンは目を丸くしながらも冷静に言葉を返してくる。
「ほ、ほほう、い、いつのまにやら公爵になったディアスどんが獣王陛下に! それはそれは大変なお手紙なようで……。
……だんども、あっしはただの商人……獣王陛下にお会い出来る機会を得られるかどうかはなんとも言えんでん……。
せめて内容の方が分かれば、か細い伝手をどうにか辿るという手も無くはねぇんですがねぇ?」
「そういうことであれば内容の方を簡単に説明させていただきますわ。
基本的には獣王国との友好関係を構築していきたいという内容になっています、血無しの件もありますし、ペイジンさん達の行商の件もありますし、今後も仲良く商売を続けていける関係でありたいという内容です。
そして友好関係のために、余計なトラブルを起こさないために、国境を確定させたいというようなことも書いてあります。
この草原が私達の領分で、草原から向こうがあなた方の国で……まぁ、これに関しては追々、時間をかけて、お互いが納得いくまで話し合った上での決着を望んでいますので、そのための外交官の派遣などをお願いできないかというような内容になっています」
声を細めながら高くしながら、いつもとは違った丁寧な口調でそう言うエリーに対し……ペイジンは平静を装いながらも、その瞳に強い光を宿す。
そしてその光を見逃すことなく見て取ったエリーは、ペイジン・ドがただの商人ではないことを感じ取った上で、そのことを表に出さないようにしながら言葉を続ける。
「もし国境が確定出来たならその付近に関所を配置し、不埒な輩がそちらに侵入しないように責任を持って見張りたいとも考えています。
ああ、もちろんペイジンさんの商会に関してはこれまでお世話になりましたから、関所が出来たとしても通行は自由に行ってもらうつもりでおります。
更に街道の整備や隊商宿の整備が進みますし、領内での安全の保証も出来るようになりますし……今まで以上に行商がしやすくなることでしょう。
そして今回の手紙の最後には……私達は獣王国からの投資に期待しているといった内容が書いてありますわ」
その言葉を受けてペイジンは、明らかなまでに動揺し、驚き……声を出しそうになりながらもそれをぐっと堪えて一呼吸し……なんらかの思考を巡らせてから言葉を返してくる。
「と、投資とはまた驚きましたでん。
他国からの投資だなんてそないなことしましたら、ディアスどんは、その、お偉い方に怒られてしまうのでは……?
そもそもあっしらがどうして敵になるかもしれない他国に投資しなきゃならないのだという話もありまっせ?
……いや、商人としてはそりゃぁ儲かるなら? その価値があるなら? 考えないでもねぇですけんども……」
するとエリーは爽やかな笑顔を浮かべて……片手をすっと上げて、北の山を指差す。
「最近私達は、鉱山のことに詳しい仲間を得ることができまして、その仲間が調べたところ、あちらの山にはかなりの量の鉄鉱石が眠っているそうなのです。
とはいえ私達の現状はこんな有様ですから、人も予算も足りず鉱山開発などとてもとても出来そうになく……。
そんな中でもしそちらからの投資を得る事ができたなら、と考えた次第です。
投資に対しての見返りは掘り出した鉄鉱石にてお返し出来ると思いますし……鉱山でこの辺りが賑わったなら金銭でのお返しも可能となることでしょう。
……他国からの投資というのは確かに問題になりかねないことではありますが、私達はそれだけのリスクをおかしてでもそちらとの友好関係を結びたいと思っているのだと、そう受け取っていただければ嬉しいですね。
何しろ投資……金銭と契約で繋がっている縁というのは切っても切れない、血よりも濃いものですから、血無し達の行商の件も合わせて、より深くそちらとこちらが繋がれば繋がる程……お互いの仲は深まるに違いありません」
爽やかな笑顔のままで……すぐ側に立つヒューバートがその表情を引きつらせる中、言いたいことを言い切ったエリーは、ペイジンのことを改めて観察する。
突然情報量の多い話をされてしまって、それらをどうにか処理しようとしているせいか、ペイジン・ドの表情はすっかりと崩れてしまっている。
平静さを装えず、せっかくの警戒心も薄れてしまっていて……その表情に内心で考えていることが、ありありと浮かんでしまっている。
(やっぱりこのカエル、ただの商人ではないわね。
根本は商人なんだろうけど……密偵も兼務しているというか、むしろそちらが本業……。
遠眼鏡に測量道具にこの辺りの地図に……証拠は十分に揃っていたけどもこれで確定ね。
一介の商人を演じるつもりならまずは、お父様の立場がどうとか他国がどうとかよりも、利益の話を……リスクや利子の話をすべきでしょうに。
……ま、友好関係を結びたいというのは本音だし、行商の件を含めよろしくやっていきたいというのも本音だし……こっちはわざわざアルナーちゃんに外してもらってまで密談の場を整えてやったんだから、さっさとこちらの意図を察してそれなりの好意を返して欲しいものね)
そんなペイジンのことを眺めながらそんなことを考えたエリーはちらりと横を見て……ペイジンに気付かれないようにそっと足を動かし、ペイジンからは見えない角度でもって、表情を引きつらせたままのヒューバートに肘打ちをし、
「ここからが大事なんだからしっかりなさいな、こういうのは私かアンタがやるしかないんだからね」
と、ヒューバートにしか聞こえない小さな声で、低く重く響かせた声で話しかける。
それを受けてヒューバートは……居住まいを正し、どうにかこうにかその表情を引き締め直すことに成功するのだった。
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