第203話 春の宴の中で


 子供達の歌が終わり、歌い終えた子供達がそれぞれの家族の下へとわっと駆け出して……それと同時に竈場で用意されていたらしい料理の数々が、婦人会の面々の手によって運ばれてくる。


 大きな皿を頭に乗せて、あるいは二人三人で鍋の取っ手を持って。


 そうしてそれらが分け火の周囲を囲う形で敷かれた、絨毯席へと運ばれていって……イルク村の皆とゾルグが手を出し始め、なんとも賑やかで楽しげな食事が始まっていく。


 更にエリーが用意したらしいワイン樽までもが運ばれてきて……鎧作りを頑張っているナルバント達、関所作りを頑張っているクラウス達、荒野の調査や、所有領地の境界を示す杭打ちを進め始めていたヒューバート達の席へと置かれて、エリーの掛け声で寒い冬の中よく頑張ってくれたとの声が宴に参加している皆から上がる。


 そんな声を一身に浴びながらナルバント達は、コップを構えてワインを樽からすくい上げて……なみなみとワインが入ったコップを大きく振り上げ皆への感謝の言葉を口にしてから、一気に飲み干す。


 すると皆から大きな歓声が上がり……宴が一段と盛り上がっていく。


 そんな中でエリーが、私達の席……私とアルナーとセナイとアイハンと、エイマとフランシス一家が揃う席へとやってきて、声をかけてくる。


「お父様はあまり良い顔をしないだろうけれど、頑張ってくれた人達にはしっかりとご褒美も上げないとね」


「……ナルバント達のために酒を用意してくれと言ったのは私だからな、今更文句を言ったりはしないさ。

 と、言うかだ、エリーだって隣領と行き来してばかりで疲れたんじゃないか? 今日くらいは存分に飲んで騒いでも構わないんだぞ?」


 私がそう返すとエリーは、セナイとアイハンの側に腰を下ろし、二人に微笑みながら「7歳おめでとう」と声をかけてから言葉を返してくる。


「私達行商組は、あっちに行った時に何だかんだと良い思いしてきたから、今日は自重しておくわ。

 エルダンさんったら、毎回毎回豪華な食事を用意してくれての歓迎をしてくれるんだもの……犬人族達の皆も、あっちでおいしいご飯食べるのがすっかりとクセになっちゃってて……全く何をしに行っているのか分からなくなっちゃうわ。

 ……あ、そうそう、そのエルダンさんからの最後の支払いというか、フレイムドラゴン素材の代金がもう少しで届くそうだから、そのつもりでいて頂戴ね」


 エルダンの下に送ったフレイムドラゴンの素材は……確か冬の間に運ばれてきた食料などと関所作りの資材と、関所作りをやってくれている者達への給金になったんだったか?


 それだけでもう十分なくらいの支払いを受けていると思うのだが……最後の支払いとは一体、何が送られてくるのだろうか?


 と、そんな疑問を抱いてそれをそのままエリーにぶつけると……エリーは半目の呆れ顔となって言葉を返してくる。


「家畜よ、か・ち・く。

 交渉中ってことで目録は渡せてなかったけど、それでも家畜を代金としてもらうって話は以前にしてあるはずよ?

 なんで今になってようやく家畜達が送られてくるかは……言わなくても分かるでしょ?

 真冬の最中に来ちゃっても食べるものが無いだろうからって春まで待ってもらっていたのよ。

 交渉が少しだけ難航しちゃったってのもあるけれど……血無しの子達が来るのは春になってからって話だったし、問題無いでしょ?」

 

「うん? なんで血無しの話が関係して……って、ああ、なるほど、そういうことか」


 エリーの言葉に対し、私がそう返すと……エリーはその途中で倉庫の方を、その側に置かれたままほとんど使われていない馬車のことを指し示す。


 以前……かなり前にエルダンからもらった二台の馬車。

 その一つは血無し達が行商をする際に使って貰うことになっていて……つまりはその馬車を引く馬が、素材の代金としてこちらに送られてくるのだろう。


「とりあえず白ギーのオスが2頭、メスが2頭。

 そして駿馬という程ではないけれど、それなりの質の馬がオスメス3頭ずつの6頭。

 それと、お試しってことでロバのつがいが2頭来ることになってるわ。

 もちろん厩舎の増築についても手配済みよ」


 ロバ、馬よりも小さくて頑丈で病気に強くて、馬に似てはいるが全く違う性格をした、それなりに賢く、それなりに人馴れをするどこでも見る一般的な家畜。


「おお、ロバか。

 ロバは……そうだな、イルク村ではかなりの活躍をしてくれそうだし、期待できるな」


 馬と聞いて喜んで、直後にロバと聞いて少しだけ落胆したような表情をアルナーが見せる中、私がそう返すと……アルナーが無言で『なんでロバなんか』という表情をこちらに向けてくる。


 それに対し私は……犬人族達の方へと視線をやりながら口を開く。


「確かにロバは馬に比べて小さいし脚も速くはないが、力は中々のもので、しっかりと世話をしてやれば素直にこちらの言うことを聞いてくれるからな。

 犬人族達が使う荷車や、犬人族用の馬車を作ってロバに引かせると中々良い具合になるんじゃないかと思うんだ。

 馬だとどうにも大きすぎて犬人族達が乗るには適さないが、ロバならなんとか乗りこなせるだろうしなぁ」


 犬人族達は自分で荷車を引いたりするし、走ったりするのも大の得意としているが……そこら辺のことをロバに任せれば疲れなくて済むだろうし、より多くの荷物を運べるようになるはずだ。

 

 そうなったら犬人族達だけでも色々なことが出来るようになるはずで、犬人族達だけで何かを……犬人族達がやってみたいと思うことを自由に出来るようになるはずで、それはきっとイルク村にも大きな恵みをもたらしてくれることだろう。


「ロバは少食で、世話も簡単だからな。

 2頭くらいなら大した負担にもならないだろうし……とりあえずお試しということで飼ってみて、様子を見ようじゃないか。

 ……それにしても馬が6頭とは、エルダンは今回も奮発してくれたんだなぁ」


 そう私が言葉を続けると、アルナーはそれならばと納得した顔をしてくれて……エリーは何処か遠くを見て、疲れたような表情をし始める。


「奮発……そうね、奮発よね。

 そのおかげで交渉が難航しちゃって、本当に大変だったんだから……。

 エルダンさんったら何か良いことでもあったのか、途中から妙に張り切っちゃって……向こうの軍で使ってる軍馬を数十頭も用意するだとか、白ギーも牧場丸ごと買い上げるとか、そんなことを言い出しちゃったのよ。

 いくらドラゴン素材だとはいえ、それは盛り過ぎで全く釣り合わないって、どうにかこうにか説得して……あちらの家臣達も説得を手伝ってくれて、それでようやくこの形に落ち着いたの。

 冬の間の食料とか干し草とか、関所の件でもお世話になったっていうのに、太っ腹過ぎるったらないわねぇ……」


 そう言って大きなため息を一つ吐き出したエリーは、やれやれと顔を左右に振ってから……何か思い出すことでもあったのか、ハッとした表情となって言葉を続けてくる。


「そうだったそうだった、その件でも話があるんだった。

 お父様、アルナーちゃん……家畜達がこっちにやってきて、それらの世話や春の仕事が一段落したら、エルダンさんの下に顔を出しに行ってきなさいな。

 立派な馬車があるんだし、それに家紋となったメーアの横顔刺繍を飾ってベイヤース達に引いてもらって、家族皆で旅行気分で何日か……ね?

 エルダンさんには散々お世話になっているんだし、何回もこちらに来てもらっているんだし……そろそろこちらから顔を出すのが礼儀ってものよ。

 幸いお父様がいなければ出来ないような仕事は今の所ないし、メーアちゃん達の出産も終わってある程度自由に行動出来るようになっているでしょ? 

 関所の件もあるし……エルダンさんへの感謝を示すのと、あちらの領民達に友好関係にあるってところを見せてあげるのも大事なことだと思うの。

 いざ何かあってもサーヒィちゃん達が連絡係として飛んでくれるでしょうし関所作りをやっているクラウスちゃん達に走ってもらうことも出来るでしょうし……数日くらいなら問題ないはずよ」


 そんなエリーの言葉を受けて私はアルナーの方へと視線を向ける。


 するとアルナーはその目をきらきらと輝かせながらの良い笑顔となって……セナイとアイハンも似たような表情でぐっと両拳を握りながら目をきらきらと輝かせて、無言ながらその表情と目と仕草で『旅行に行きたい!!』と懸命に訴えてくる。


 それを受けて頭をがしがしと掻いた私は……、


「じゃぁ、準備が整ったら皆で行くことにするかぁ」


 と、そんな言葉を口にする。


 するとセナイとアイハンは握っていた両手を広げながら、物凄い勢いで振り上げて……


『やったーーーー!!』


 と、二人同時に大きな声を張り上げるのだった。

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