第202話 春の宴


 皆がそれぞれの方法で春の到来を喜び、堪能している中……特に喜びを爆発させたのは、フランシスとフランソワの子供達、去年生まれたばかりの六つ子達だった。


 初めて目にする春の草原、青々と茂り柔らかでたまらなく美味しい若草。


 そんな光景が見渡す限りに広がっていて、いくらでも若草を食べても良くて……こんなに嬉しいことがあるかと六つ子達は、春の青空の下を駆け回り……駆けたかと思えば若草を食べて食べて食べまくるという、メーア達にとっての贅沢を思う存分に堪能する。


 大人のメーア達も当然、美味しい美味しい若草を前にして、いつも以上の食欲を見せていたのだが、六つ子達のそれはまた別格で……そうして存分に駆け回り、存分に若草を食べに食べた六つ子達は……突然、


「ミ、ミァ~」

「ミァッ……」

「ッミャ……」

「ミァー……」

「ミャップフゥ……」

「ミ~ァ~……」


 なんて声を上げて、コテンと草原に上に転げてしまう。


 一体何事だと慌てて駆け寄ると、六つ子達は大きく膨れ上がった腹を草原の上に投げ出していて……どうやら六つ子達は若草を食べすぎてしまったことにより動けなくなってしまったらしい。


「……何もそんな焦って食べることも無いだろうに……。

 明日だって明後日だって……秋がくるまでずっと、この草原は青々とした草に覆われるんだぞ?」


 そんなことを言いながらしゃがみ込み、六つ子達の背中をそっと撫でてやっていると、そこに呆れ顔のフランシスとフランソワがやってきて、声をかけてくる。


「メァー……」

「メァン」


 短いその言葉には『しばらく寝かせておけば大丈夫』だとか『申し訳ないけど村まで運んであげて』とそんな意味が込められていたようで……私は頷き、六つ子達のことを両手でしっかりと抱えあげてやって……犬人族達に後のことを任せて、フランシスとフランソワと共にイルク村の方へと足を進める。


 そうやってイルク村に戻ると、宴の準備が本格化していて……竈場から賑やかな声が響いてくる中、犬人族の子供達……去年生まれたばかりの年少組の子供達が不思議な格好をしている光景が視界に入ってくる。

 

 隙間なくというか、刺繍で埋め尽くしたといった具合の派手な上着を羽織っていて、似たような刺繍布で作ったらしい丸帽子を被っていて……あの格好は一体何事だろうか?


 と、そんなことを思いながら六つ子達を休ませるために私達の隣にあるフランシス達のユルトへと向かうと……私達のユルトから先程子供達が着ていた上着と同じものを着て、同じ帽子を被ったセナイとアイハンが笑顔で飛び出してくる。


 そうして私のことを見つけたセナイとアイハンは、その笑顔を一段と大きなものにして、大きな声を上げてくる。


「ディアス! 今日から私達7歳だよ!」

「7さいになったよ!!」


「うん? 7歳に……?」


 その声を受けてそう言って首を傾げた私が、セナイとアイハンの年齢はいくつなのかは分からないままだったような……と訝しがっていると、ユルトからアルナーが顔を出し、私の顔を見るなり大体のことを察してくれたのだろう、説明をし始めてくれる。


「この服と帽子は祝いと魔除けの衣装だ。

 神の世界と繋がったままでいつ命を失うか分からない不安定だった子供達が、正式にこちらの世界の住人となったことを祝い……そんな子供の命を狙っていた魔を退けるための刺繍がされている。

 本来なら7歳になってから着るものなんだが……犬人族の子供達は成長が早く、もうその時期は過ぎたんだそうでな、ならば着せた方が良いだろうとなって、皆に着せてやったんだ。

 そしてセナイとアイハンも……冬の間、一度も熱を出さなかったからな、そろそろ良いだろうと思って着せることにした。

 いつまでも年齢が分からないというのも色々と不便だからな、今日から7歳だということにしておこうと思ったんだ。

 ……本当の年齢からいくつかのズレがあるかもしれないが……まぁ、分からないままでいるよりはマシだろう」


 その説明を受けて私は「なるほど」と頷き……セナイとアイハンに向けて、


「7歳おめでとう! その格好も良く似合ってるぞ」


 と、声をかける。


 するとセナイとアイハンは笑顔を弾けさせ、目をキラキラと輝かせて、皆にその格好を見せつけるためなのだろう、物凄い勢いで駆け出し始める。


 するとアルナーが苦笑しながらその後を追いかけていって……私は六つ子達を休ませるためにユルトへと向かって……ユルトの中の、毛布やクッションやらが山積み状態となっている、フランシス達の寝床にそっと寝かせてやる。


「メァー、メァメァメァー」

「メァン、メーァー」


 するとフランシス達が……後は自分達が見ているから、宴の準備をしてきなさいと、そんなことを言ってきて、それに頷いた私はユルトを後にして……アルナー達の下へと向かう。


 そうしてアルナー達の宴の準備を手伝っていると……今日の宴がいつもの宴とは全く別物であるということが準備の中で伝わってくる。


 今まで見たことのない、いつのまにか準備していたらしい様々な道具を用意し、飾りを用意し……何処か儀式めいている雰囲気がある。


 そしてその辺りをアルナーに尋ねると……アルナーは広場の一画に必要なくなった木材を組み上げながら、今日の宴についての説明をしてくれる。


「今まで私達がやってきた宴は、何か良いことがあったとか、何か誇れるようなことを達成出来たとか、自分達のことを祝うものだった。

 だが春の宴はそうじゃないんだ。

 春風に感謝し、太陽に感謝し、若草に感謝し、大地に感謝し……この世界そのものに感謝するものなんだ。

 もちろんメーアにも、冬の間命を繋いでくれた黒ギーを始めとした食料にも……貴重な素材を与えてくれたモンスターにさえ感謝する。

 ……ディアスやベン伯父さんが言う所の『神』に感謝すると言っても良いのかもな。

 私達はこの世界の一部で、世界に住まう全てが私達の一部で、その世界が新しい春を迎え生まれ変わったことに感謝し、祝う。

 そのために少し儀式めいたこともするが……それが終わったらいつもの宴だ、面倒かもしれないが、付き合ってくれないか」


「ああ、もちろん、面倒なんてことはないし、出来る限りのことをさせてもらうさ」


 それが草原のやり方なら、アルナー達がやってきたことならばと私が即答すると、アルナーは笑顔で頷いてくれて……そうして私も手伝っての宴の準備が進められていく。


 木材が大きく組まれ、広場のあちこちに柱のようなものが立てられ、柱の天辺から色とりどりの布飾りのようなものが下げられ……それらが春風になびいて流れて。


 そうやってなんとも言えない独特な光景が出来上がった頃に……毛皮を何枚も羽織っての仰々しい格好をしたゾルグが大きな松明を抱えてイルク村へとやってきた。


「よう、分け火を持ってきてやったぞ。

 礼として酒と料理を用意してくれ」


 そう言ってゾルグは組み上がった木材へとその松明を差し込み……大きな火が上がる。


「昔はこうやって、一族の村と村で祝いの火を分け合ったんだよ。

 一族が無事に冬をこせたかの確認と、冬を追い払うって意味と、使い終わった冬営地を浄化するとかなんとかでな。

 ……人数が減って村が一つになってからはやってなかったが、今年は出来るとなって、族長達老人共が年甲斐もなくはしゃいでいたよ。

 ……俺やアルナーにとっては初めて目にする分け火になるが、中々どうして悪くないもんだな」


 上がった火を見上げながら……遠くを見るような目をしながらゾルグがそう説明してくれて……その火を見るためにと、村の皆が広場へと集まってくる。


 そこにあの刺繍服を着た子供達が一列に並んで、アルナーに教わったらしい不思議な抑揚の歌を歌い始めて……そうして春の宴が開始となるのだった。

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