第196話 過日、黄金低地に至るまで その5



 ――――造りかけの陣地で ディアス



 宴会が終わって、奪取した砦の解体が本格化して……同時にジュウハが言っていた陣地構築が始まって……特に何事もなく一週間が過ぎた。


 志願兵の皆は元々、石工や大工や農民であり……ここら辺の作業は大得意というかお手の物で、特に問題もなく順調過ぎる程順調に作業は進んでいる。


 食料はたっぷりあって、戦闘をする必要もなくて、集落の皆とも上手くやれていて……。


 この辺りはよく雨が降る水が豊富な地域なんだそうで、水の事を気にすることなく服を洗ったり装備を洗ったり体を洗ったり出来るのもありがたかった。


 よく働き、よく食べて、毎日を清潔に過ごす事ができて……陣地が完成するまでの時間は、皆にとってちょうど良い休暇となってくれそうだ。


 ……と、そんなことを考えながら、陣地の予定地である盛土がある程度出来上がった一帯を歩いていると、元大工のジョーが、声を上げながらこちらに駆けてくる。


「ディアスさーん! またです! また集落の若者が手伝いたいってやってきました!」


「またか……。

 集落の仕事をしっかりとやった上で手伝ってくれるなら歓迎すると言ってやってくれ!」


 私がそう返すとジョーは、足を止めながら頷き、踵を返して彼らが居るらしい方向へと駆け戻っていく。


 人数はそれ程多くないが、最近毎日のように集落の若者達が陣地作りを手伝ってくれていて……その頻度が多すぎて、集落の仕事は大丈夫なのかと心配になってくる。


 石工から石の切り方を学んだり、大工から木材の組み方を学んだり、鍛冶職から鍛冶の仕方を学んだりと、色々得るものがあってのことらしいが……それで畑仕事が疎かになったりしては元も子もない。


 中には北の方で何かをやっているらしいジュウハのところに合流している若者もいるようで……まったく、何をやっているのだろうなぁ。



 ――――東の大砦で ある将軍



(ああ、まったく……この地獄のような日々はいつまで続くのか……。

 今日でもう一週間……反乱鎮圧に向かった重装騎兵が帰ってくるまで、早くとも後三週間、か……)


 そんなことを胸中で呟くのは、薄くなり始めた黒髪を香油できっちりと固めた細面の男だった。


 常在戦場の心構えで上等な作りの鉄鎧を身に纏い、すぐ側にはいつでも被れるようにした鉄兜を置いて……腰には実用性を重視した造りの鉄剣が下げられている。


 石造りの砦の一室……小さな窓がある以外は石まみれの執務室で、そんな格好の男は質素な作りの執務机に向かいながら……これまた質素な作りの椅子をギシリと鳴らす。


(周囲の砦全てが落とされたのは、まぁ良い……この砦さえ残っていればそれは構わない。

 ろくな訓練をしていない数だけの兵がこれでもかと逃げ込んできたのも……戦力が増えたと、捨て駒が増えたと思えばそこまで悪いことではない。

 だがあの二人が……あの猛将と智将を自称するあの二人が! 命を落とすことなく落ち延びてきたのは、全くもって悲劇としか言いようが無いぞ!!)


 猛将と智将、家の格とちょっとした功績だけでその地位に付いた男達。

 そんな二人は確かな実力と実績でもってここまでのし上がってきた男にとっては、天敵であり相容れぬ存在であり……だというのに帝国の法は、男とその二人を同格の将であると定めていた。


 同格である以上は蔑ろに出来ず、排除する事も出来ず……命令することも出来ず。

 今後のこと全てを『話し合って』決める必要がある。


 この大砦を陛下から預かったのは自分であるはずなのに、連中は砦を失った敗将であるはずなのに、それでも連中の意見を聞いた上で、尊重した上で、今後の方針を決めなければならないと何よりも遵守しなければならない帝国の……皇帝陛下の法が定めているのだ。


 猛将は卑怯な手で誇りある一騎打ちを汚したディアスへの復讐をさせろと、今すぐに全軍での突撃をと叫び散らし。

 智将は自らが考えた策を講じるべきだと……回りくどすぎて効果があるかも分からない策を実行すべきだと声を上げ続け。


 自らがおかした失態は自らの手でと、そんな考えでもってこちらの意見を頑として聞かない。

 相手は歩兵……それもまともな訓練をしていない志願兵ばかり。

 ……そんな連中、騎兵でもって蹴散らせば良いだけの話だろう。


 数が減ったとはいえ……反乱の鎮圧でいくらか減るだろうとはいえ、この砦に所属している重装騎兵は全部で2000騎。

 その半分でも帰還してくれたなら、一回の突撃で敵兵全てを蹴散らす事ができるというのに……。


 ……だが重装騎兵はその全てがこの男の手勢だ。

 そんなことをされてしまっては、猛将の手柄にならず、智将の手柄にならず……砦失陥の汚名を雪(そそ)ぐ事ができない。


 そういった理由で猛将と智将はこの一週間、騒ぎに騒ぎ、暴れに暴れ……男の邪魔をし続けていた。


(いっそのこと殺してしまった方が良いのかもしれない。

 このままあの二人を生かしておいても帝国にとっては害になるばかり……何の益もないだろう。

 この砦内でやる分には、隠蔽はいくらでも可能だ。

 小砦が落とされたことに合わせて戦死したとでも報告を出せば、余計な詮索を受けることもないだろう……)


 今の砦内の空気は最悪だ。元々いた兵と敗残の兵とが決して多くは無い食料のことを不安に思って、毎日のように喧嘩や罵り合いといった衝突を繰り返している。


 その統制をしなければ、場合によっては何人かの兵を処罰しなければならないというのに、あの二人がそれをさせてくれない。


 砦を維持するためにも、敵軍を排除するためにもあの二人の存在は明らかなまでに……どうしようもない程に不要なのだ。


 男がそう心に決めた所で……騒がしく聞き苦しい、二人の男の口論の声が廊下の向こうからこの執務室へと近づいてくる。


 連中は今日もやる気なのだ、あの不毛な議論を。

 自らの身に降り掛かった責任から逃れるための議論を……帝国のためでも勝利のためでもない、ただ己の保身の為の議論を繰り返す気なのだ。


 その様子がまた男の決意を固いものとしてくれて……そうして男は二人の男を、猛将と智将を自称する男達を出迎えるために、ゆっくりと立ち上がるのだった。



 ――――2週間後 完成まで後少しとなった陣地で ディアス



 盛土を終えて、皆でその上を行進して踏み固めて、しっかりと形を整えた上で、解体した砦の資材を運び……運んだ資材をそれなりの悪くない形に積み上げ、組み上げ。


 そうやってどうにか、騎兵の突撃を受けても大丈夫なのではないかという所まで作業を進めたある日のこと。


……砦の向こう側の何もない荒野に、しばらくの間姿を見せていなかったジュウハ達が姿を見せる。


 ジュウハ達は何やら地面を掘り返しながら南下しているようで……というか、何処からかここまで南下してきたようで、こちらを見もせずに一心不乱に地面を掘り返している。


「……ああー、なるほど。そういうことですか……。

 ジュウハさんは何処かで水源を見つけて、そこからここまで川を引いてくるつもりなんですよ」


 私の隣でその光景を見ていたクラウスがそう声を上げてきて……私は首を傾げながら言葉を返す。


「川? 川なんて引いて一体何をするつもりなんだ?」


「川を引いて水を引いて……あの一帯をぬかるませるつもりなんでしょう。

 地面がぬかるんでしまえば騎兵はその機動力を失いますし……特に重装騎兵は突進力が上手く乗らないことには本来の威力を発揮できませんからね」


「ああ、なるほどな……。

 そうやって動きが鈍くなった所を、用意しろと言っていた大槍で突くという訳か。

 大槍でついて落馬させて……それなら確かに勝てるかもしれないな」


 私がそう言うと、クラウスは笑顔で頷き……陣地の仕上げに入っていた皆に檄を飛ばす。


 その様子を見やり……それからジュウハ達の様子を見やった私は、しかしぬかるませた一帯を避けられたらというか、迂回されたらどうするつもりなのだろうか? と、首を傾げる。


 北から南に、かなりの大きさの陣地となってはいるが……騎兵の機動力ならば迂回することも十分に可能で……そのまま集落に襲いかかることも出来てしまう。


 もし仮にそうなってしまったら全ての準備が徒労に終わってしまう訳だが……ジュウハは一体全体、そこら辺のことをどうするつもりなのだろうか?


 そんなことを思ってあれこれと考えて、たっぷりと頭を悩ませた私は……まぁ、ジュウハなら全て上手くやってくれるのだろうと考えるのを止めて、踵を返す。


 休憩は終わりだ、迂回がどうの以前にこの陣地が出来上がらないことには話にならないのだからと、考えるよりも何倍も何十倍も得意な力仕事を再開させるのだった。

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