第195話 過日、黄金低地に至るまで その4


 猛将の気絶という形で一騎打ちが決着してしまい……それを受けて北の一つ目の砦は陥落となった。


 砦を出た状態で頭目を失ってしまい……兵士達は砦内に逃げ込むという判断も出来ず、周囲を囲おうとする私達に抗戦することも出来ず、もともと数に差があったこともあって降伏する以外に道が無かったのだろう。


 降伏を受けて私達は早速砦内へと踏み込み……何処かに兵士が隠れたりしていないかの確認を入念にし、武器や食料がしまってある倉庫をしっかりと確保し、そうした上で降伏した兵士達を縛り上げていった。


 武器と防具を取り上げた上で縛り上げ……ついでに気絶した猛将も身じろぎ一つ出来ない程に縛り上げ。


 そうやって捕虜達をぐるぐる巻きにしていると……なんとも驚いたことにもう一つの砦から槍旗を掲げた使者がやってきた。


 その使者はこちらの砦の様子を部下に見張らせていたという、もう一つの砦の主、智将からの手紙を持っていて……早速その手紙を読んでみると、大体こんなことが書かれていた。


『こちらの砦を明け渡します。

 そちらの砦を半日も経たずに落とすようなのとやり合うなんて冗談じゃないです。

 数もそちらの方が圧倒的なまでに多いですし……小生は勝ち目のない戦いはしない主義です。

 そちらが出す条件を出来るだけ飲みますし、一切の抵抗も邪魔もしませんので、どうかどうかご厚情を頂きたい』


 そんな内容の手紙を受けて私は……この望外の機会を逃してはならないと、出来るだけ丁寧に、出来るだけ綺麗な文法でもって降伏の条件を知らせる返事を書いた。


 その手紙の中で出した条件は以下の通りだ。


・武器、防具、食料は全て砦内に置いていくこと。

・砦から退去した後は、一切の寄り道をせずに東の大砦へ向かうこと

・ついでに他の砦で捕まえた捕虜を引き渡すので、大砦まで連れていくこと。

・もし仮になんらかの武器を隠し持っていたり、大砦以外の場所……集落などに向かおうとしたりした場合は、こちらへの攻撃、あるいは略奪が目的であると判断し、容赦なく攻撃を加える。


 これらの条件を書いた手紙を使者へと渡し、無事にもう一つの砦へと帰れるようにクラウスと一緒に途中まで送り、そしてその別れ際にこんな会話……というか演技をクラウスと演じる。


「いやー、どの砦も騎兵がいないようで良かった良かった、私達は騎兵との戦いは苦手だからなー」


「そーですねー、一度もやりあったことはないですし、騎兵を見たら逃げてばっかりでしたからねー」


 使者がそれを智将に伝えてくれるかは分からないが、ジュウハにやれと言われている以上はしっかりとやっておかないとな……。


 ついでに縛り上げた捕虜達の前でも同じような演技をしておき……そんな小細工をしながら、今まで捕まえてきた捕虜達を一箇所に……奪取したばかりの北の砦へと集めておく。


 ……そうやって捕虜の移動や、砦内の掃除や、武器防具、食料の移送などをしているうちに夕方となって。


 また智将からの手紙が届き、それには条件を全て飲むとの返事が書かれていて……私達は念の為にと武装し、集めた捕虜達を囲う形の陣形を作った上で……もう一つの砦の方へと進軍していった。


 すると細面の整えられた口ひげを構えた、いかにも智将という呼び名が似合う風情の男が、非武装の兵士達と共に砦の前で待機していて……約束通りに捕虜を渡し、同時に何十人かの兵士達を砦内へと送り込む。


 もしかしたら砦内に何か罠があるかも? 解放された捕虜達と共にこちらに襲いかかってくるかも? と、警戒をしていたのだが……そんな様子は一切なく、砦はあっという間に制圧され、その様子を見た智将は捕虜を引き取るなり駆け出し……大砦があるらしい方へと一目散に逃げていく。


 引き際が良いというか、なんというか……。

 まぁ、命さえあれば再度砦を取り戻そうとするなり、智将と呼ばれる程の賢さで策を練るなり出来るのだろうし……無駄な抵抗よりも無事に逃げ延びての再起を図った、というところだろうか。


 こちらとしては砦を労すること無く落とせてありがたいというかなんというか……少しだけ肩透かしを食らったような気分になってしまう。


「……まぁ、東の大砦が本番……。

 そこで猛将も智将も本領発揮、その腕と知恵を振るうことになる、という訳かな」


 凄まじい勢いで逃げていく智将達を見送りながらそう言ってから……踵を返し、皆の方へと視線をやる。


 そうしたなら大きく息を吸い……砦内で頑張ってくれている皆にも聞こえるよう、大きな声を上げる。


「武器と防具と食料を集落まで運んだら、戦勝祝の宴といこう!

 連中が砦にたっぷり溜め込んでくれたおかげで食料は余る程ある! 今日は腹が裂けるまで食べて良いぞ!!」


 すると皆は笑顔になって拳を握って振り上げて、わぁっと大歓声を上げてから、喜び合うのは後にして、さっさと仕事を片付けるぞと砦内へと殺到する。


 殺到し、物凄い勢いで武器や防具、食料を運び出し……手が余った者は、砦の解体にまで手を出し始める。


 そこら辺は明日からじっくりとやっていくつもりだったのだが……まぁ、好きにやらせておくことにして……私はクラウスと誰を砦の見張りに残すかの相談を始める。


 時間が経ったら交代させて皆が宴を楽しめるようにするつもりだが……それでも見張りを頼めば良い顔はしないはずで……さて、誰なら問題なくやってくれるだろうかと話し合っていると……いつの間に側までやってきていたのか、その顎をぐいと突き出しながらジュウハが話し合いに割り込んでくる。


「見張りならオレ様達に任せておきな。

 お前達がオレの想定以上に早く砦を落としてくれたおかげで、こっちにも少しの余裕が出来た。

 一晩の見張りくらいはこっちで請け負ってやるよ。

 見張りついでにこっちでも宴をやるつもりだから……こっちにもいくらかの食料を融通してくれりゃぁそれで良い」


 割り込んでくるなりそんなことを言ってくるジュウハに対し私は、ジュウハがこうやって突然現れるのはいつものことだと、驚くこともなく慣れきった態度で言葉を返す。


「そうか、なら頼むよ。

 そっちの策の方は順調なのか?」


「策の仕込みはこれからだ、これから。

 今はまだ情報収集とその裏取りの段階だな。

 情報ってのはただ集めるだけじゃぁなくて、それが事実なのかしっかりと確かめる必要があるからな……策の仕込み、仕掛けを打つのはそれからの話だ。

 ……だがまぁ、とりあえず今の段階でもそれなりの確認が出来たからな、その上での指示をいくつか出しておくぞ。

 集落の東にある麦畑、その更に東の辺りに、縦長の……北から南に大きく広がる陣地を構築しろ、土を出来るだけ高く盛り上げ、盛り上げた土を踏み硬め、そこを土台としての陣地だ。

 必要な資材は敵の砦を解体したものでまかなえ、資材が余るようだったら集落に譲ったり商人に売ったりしても良いが、出来るだけ陣地に使うようにして強固な仕上がりにしろよ。

 それと大長槍を人数分拵えておけ、普通の長槍よりも長い、対騎兵用の大長槍だ。

 そこら辺のことはクラウスが詳しいだろうから、クラウスの指示に従うようにしろ」


 その言葉に私とクラウスが何も言わずに頷くと、ジュウハは満足げな笑顔で頷き……その顎をくいと撫でて真顔になり、その声色を真剣なものへと変えてから言葉を続けてくる。


「……オレ様が仕入れた情報から推察するに帝国の本隊である重装騎兵隊が反乱の鎮圧から戻ってくるのは一ヶ月後だ。それまではディアスが追い払った連中は大砦にこもったまま、何もしてこねぇだろう。

 一ヶ月、そう、たったの一ヶ月だ。見張りとか警戒だとかに余計な人員を割かずに全員で、全力で陣地の構築に当たれよ、一ヶ月後に本隊がやってきたってのに陣地が未完成でした、なんてのは許さんからな。

 食料も一ヶ月分必要だってことを考えて消費するようにしろよ……略奪をしねぇと決めたのは誰でもないお前なんだからな」


 それに対し私がしっかりと、力強く頷くとジュウハはもう一度満足げな笑顔を浮かべて……ジュウハを追いかけてこちらにやってきた仲間達の方へと足を進める。


 そうやって仲間達の前に立ったなら、北と南の砦が陥落したことと、その見張りをする必要があることを伝えてから、


「見張りついでに奪取したばかりの砦で大宴会だ!」


 と、両手を振り上げての吠え声を上げる。


 そうやって場を盛り上げに盛り上げてから、大股でのっしのっしと砦の中へと足を進めるジュウハ。

 

 そんな様子を見て私達は、後のことはジュウハに任せておけば大丈夫だろうと頷き、砦内で解体作業を進めていた者達に声をかけ……もう一つの砦に残しておいた者達にも声をかけ、集落近くの野営地へと帰還する。


 すると砦を落としたとの報せを聞いていたのだろう……長や集落の者達が、無数の篝火を炊いて、砦内にあったいくつもの大鍋を使って、酒樽を並べての宴の準備をしてくれていた。


 幸せそうな満面の笑みを浮かべて、楽しそうに歌を歌いながら、なんとも美味しそうな匂いを周囲に漂わせながら。


 その何とも言えない楽しげな雰囲気を目にした私達は……自分達もさっさと荷物と装備を片付けて、宴の準備を手伝うぞと……笑顔で駆け出すのだった。

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