第194話 過日、黄金低地に至るまで その3


 夜が深くなるのを待ってから、昨日落とした陣地からそれなりに離れたところにある、もう一つの陣地へと一人でこっそりと忍び寄る。


 陣地の壁にたどり着けたなら張り付き、壁の向こうの気配を探り……ここら辺なら問題無さそうだと確信出来たら、木杭へと手を伸ばし、でっぱりやへこみや木杭を縛るロープなんかを頼りによじ登っていく。


 そうして杭が体に刺さらないように気を付けながら、向こう側に乗り越えたなら……ゆっくりと降りていって……篝火の側に立つ見張りへと狙いを定める。


 敵が来るとは思ってもいないのだろう、大あくびをしたり、立ったまま目を瞑ったりとしていて……見張りだというのに辺りを見回しもせずにただそこに立っているだけだ。


 鋭い槍を体に立て掛けているものの柄を握っておらず、いざ敵がやってきたとしてもあれでは構えを取るまでにかなりの間が空いてしまうことだろう。


 そんな敵兵の下へと背後から忍び寄ったなら……肩を叩いてこちらへと振り向かせて、その顎を殴り抜ける。


 すると敵兵はその場に崩れ落ちるので……槍を奪って、猿ぐつわを噛ませ、持ってきたロープで軽く手足を縛ってから……また次の敵兵へと狙いをつける。


 昨日襲撃した陣地もそうだったが、十分な武器はあるのにそのほとんどが倉庫の中、鎧や兜だってあるのに身につけている者は一人もおらず、立派な櫓も使われている気配はなく……折角の陣地だというのに、陣地としての機能はそのほとんどが失われていた。


 あの集落の者達はわざわざ見張るまでもなくとても従順で、この辺りにはこれといって危険なモンスターもおらず……すべき仕事も特に無く。


 その結果の有様らしいが、まったく……。

 戦時中なのだからやることが無いなら無いで訓練をするとか、戦地に援軍を出すとか、色々と出来ることがあるだろうになぁ。


 ……と、そんなことを考えながら残りの見張り一人残らず殴り倒し、縛り上げる。


 そうしたなら昨日のように、宿舎というか幕屋の中で寝ている敵兵全てを、私一人で縛り上げても良いのだが……昨日はそれをやったら夜明け直前までかかってしまったからなぁと、門の方へと向かい……大きな閂(かんぬき)をそっと……出来るだけ音を立てないように外して門を開き、篝火から作った松明を振り回して夜の闇の中で円を描く。


 すると出来るだけ音を殺しながらの小走りで、クラウスが率いる皆が駆けつけてくれて……そうやって合流した私達は、そのまま一気に陣地内を制圧していくのだった。


 


 翌日。

 

 南にあった二つの陣地を落としたとなって、残るは北にあるという二つの砦となる訳だが……クラウス達が捕縛した敵兵達から聞き出した話によると、北の二つは南のとは違い、しっかりとした石造りの、砦と呼ぶに相応しいものになっているそうだ。


 片方は猛将と呼ばれる荒っぽい男が指揮しているそうで、もう片方は智将と呼ばれる慎重な男が指揮しているそうで……そんな二つの砦をどうやって落とそうかと私達は野営地に建てた小屋で話し合いを始めていた。


 話し合いに参加しているのは私と、集落の長とクラウスと、長い付き合いの志願兵が三人。


 元大工のジョーと、元石工のロルカ、元鍛冶職のリヤン。

 王国兵のクラウスと共に、私に無い知恵を貸してくれる頼りになる仲間達だ。


「ディアスさんがまた忍び込むというのも手ですが……北の砦はどちらも兵達の訓練をしっかりとしており、櫓や壁上部の歩廊など設備もしっかりしているとかで……簡単にはいかなさそうですね。

 他に何か良い手があればそちらを試すべきでしょう」


「……実際に見てみないことには断言は出来ませんが、話を聞く限り壁や砦そのものの破壊という手も今回は難しいでしょうね。

 攻城兵器を作ればなんとかなりそうですが……そのためには相応の資材と時間がかかってしまいますね」


「南の陣地で手に入れた武器と防具、食料がありますし、人数差も圧倒的ですから力攻めという手も可能は可能です。

 力攻めとなれば当然、それなりの被害は出てしまうでしょうが……」


 ジョー、ロルカ、リヤンが順番に意見を出してくれて……その意見を飲む込み頷いた私は、とりあえず思いついた手をそのまま口に出す。


「被害を出したくない時の手というと……やはり敵将との一騎打ちだろうか?

 向こうとしても真っ向勝負は嫌がるはずだから、こちらから申し込めば受けてくれるのではないか?」


 私と敵将との一騎打ち。

 私が勝てば砦を明け渡してもらう、私が負ければ私達は敗北を認め、南の陣地で得た捕虜と食料と武器を明け渡し、あの集落からも撤退する。

 そんな条件で申し込めば50人程度の戦力の向こうとしては渡りに船と喜んで受けてくれそうだが……。


「猛将と呼ばれている方はそれでいけるかもしれませんが、智将の方は難しいかもしれませんね。

 話を聞く限り自らの腕に自信が無いからこその慎重さのようなので、どんな条件をつけても一騎打ちには応じないと思われます」


 そんな私の考えにクラウスがそう返してきて……少し考え込んでから言葉を返す。


「なら、まず先に猛将の砦の方を一騎打ちで落とすか、応じて貰えないようなら力攻めで落とすかして、それから全員でもう一つの砦を囲むとしよう。

 自信が無くて慎重というのなら、互いに犠牲を出しての決戦は望まないはず……少し脅せば降伏してくれるかもしれない。

 ……夜に皆で声を上げて砦の中の人間を寝かさないとか、見える位置で攻城兵器を組み立てるとか……そんな風に色々やってみて、それでも駄目なようなら仕方ない、そっちも力攻めで行くとしよう」


 するとまずクラウスが頷いてくれて……ジョー、ロルカ、リヤンも頷いてくれて……ずっと黙って話を聞いていた集落の長も、なんだか投げやり気味にではあるが頷いてくれる。


 話はまとまった、ならば後は行動だとなって……捕縛した兵士の見張りと、制圧した陣地の解体をしてくれるというジョー、ロルカ、リヤンに100人ずつの兵士を預けてから、私とクラウスで残り500人の兵士を率いて猛将と呼ばれる男がいるという砦へと向かう。


 そこにあるという砦は切り出した石で造られたもので……モンスターと戦うことを意識してか、城壁の上には大きな弩なんかも備えられているらしい。


 そしてそれらはモンスターがやってくる北側へと向けられていて……私達が向かっているのは砦の南側となる。


 もし私達を迎撃するためにと弩が南側に移動してしまっていると厄介なことになるのだが……集落の北、緩やかな坂を上った先に見えてきた砦の様子を見る限り、移動とかは特にされていないようだ。


 それどころか見張りもいないようで、私達を迎撃するための準備らしい準備もされていないようで……私達が迫っていることに、あの集落に入ったことに気付いていないのだろうか?


 ……まぁ、敵がこちらに気付いていようがいまいがやることは変わらないかと、砦から見て南、矢が届かないだろう距離に布陣した私は早速一騎打ちの旨を羊皮紙にしたため……自分で届けようとした所でクラウスに制止され、私の代わりにとクラウスが使者の証である槍旗を掲げながら砦へと届けに行ってくれる。


 もしそれでクラウスが攻撃されるようなら即開戦、クラウスを助けるためにも力攻めでの攻撃となる訳だが……そういうことにはならず、羊皮紙は問題なく砦の兵士の手に渡る。


 それからしばらくして、羊皮紙を受け取った兵士が返信の手紙を持ってきてクラウスに渡し……それを手にクラウスが戻ってくる。


「危険な真似をさせることになってすまなかったな」


 無事に戻ってきてくれたクラウスに私がそう声をかけると……クラウスは笑顔で「このくらい何でもありません」とそう言ってくれて……持ってきた手紙を手渡してくれる。


 早速確認だと手紙を開いて中を確認すると……そこには、


『更にもう一つこちらが出す条件を飲むのであれば、一騎打ちを受けてやらんでもない』


 と、いうことがかなり回りくどい文章で書かれていた。


 その条件とは私が負けた場合には、私が持っている戦斧も寄越せというもので……何とも読みにくい汚い字をどうにか解読した私は、なんだそんなことかと拍子抜けしたような気分になりながら、条件を受けるとの意思を示すために、戦斧を持ち上げて砦から見えるように大きく振り回し……了承の意を示す円を描く。


 すると砦内で動きがあり……少しの時が経ってから門が開かれ、馬上の大男と重装備の兵士達が姿を見せて……堂々とした態度で私達と相対するように横一列に布陣する。


「ふん……砦を出た所で、数に任せて奇襲を仕掛けてくるかと警戒していたが、蛮族でもその程度の礼儀は弁えているのだな!」


 布陣し終えるなり一人だけで前に進み出てきて……そんなことを言ってくる大男。


 それに応じる為に戦斧を手に前へと進んだ私は、何と言ったものかなと悩んでから……こういう時に何と言ったら良いのかよく分からなかったので、とりあえず「ああ!」とだけ返す。


 すると大男は馬の背から降りて……馬の鞍に引っ掛けていた大剣を手に取り、大鞘からゆっくりと引き抜き始める。


 どういう意図の飾りなのか、馬のたてがみのような物と幾つもの棘がついたような、顔全体を覆う鉄兜を被っていて、全身を覆う鉄鎧も似たような衣装となっている。


 鎧の表面には複雑な模様が描かれていて、そこかしこに棘がついていて……まさかあの棘で敵を突き刺すつもりなのだろうか?


 禍々しいというか面白愉快というか……そんな鉄鎧の肩には大きな赤いマントが貼り付けられていて……それが風を受けてばさばさと揺れていて、何とも邪魔くさそうだ。


 まさかそのマントをつけたまま一騎打ちするつもりなのだろうかと私が訝しがっていると……大男は大剣を抜き放つと同時にそれを振り上げながらこちらへと突っ込んできて、その勢いのままに大剣を叩きつけてくる。


 奇襲がどうのと言っていた男がまさか奇襲を仕掛けてくるとは驚きながら、体を捻ってそれを回避した私は、一旦距離を取って体勢を立て直そうと、特に狙いもつけず力任せに戦斧を横薙ぎに振るう。


 するとそれがたまたま、戦斧の獅子の顔のような意匠の部分を叩きつけるような形で大男の横腹にぶち当たる。


「ぐおおおおおおお!?」


 その一撃を受けた男は、そんな声を上げながら吹っ飛んで、ゴロンゴロンと地面を転がり……そのままぐったりと倒れ伏す。


「……え?」


 それを見て私は思わずそんな声を上げる。


 男は倒れ伏したまま動かず、辺りはしんと静まり返り……敵も味方も誰も声を上げない。

 

 まさかこれで終わりということは無いだろうと、戦斧を構えて警戒しながら男に近づくが……男は全く動きを見せない。


 倒れ伏す男の側にしゃがみ込み、肩に触れて揺らしてみても……全く反応が返ってこず、仕方なしに兜に手をかけて、ゆっくりと脱がしてみると……白目を剥いたいかにも中年男といった感じの顔が現れて……その様子を見るに、どうやら気を失ってしまっているようだ。



 ……そうして私と猛将と呼ばれる男の一騎打ちは、なんとも肩透かしな、まさか過ぎる形で決着するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る