第189話 ……やることが増えていく
エイマ用の鞍が出来上がり、出来上がった鞍がアイーシアの馬銜に組み込まれ……そうしてアイーシアのことを自由自在に乗りこなすようになったエイマは、馬の足で遠くまで出かけられるようになったことをとても喜んで、毎日のようにアイーシアと共に出かけるようになった。
荒野に行くことが多いが、ただ周囲を散歩するだけのこともあり、森に行くこともあれば、セナイ達の狩りに付き合うこともあり……乗馬を思う存分に楽しんでいるようだ。
そうやってエイマの活動範囲が広がると、エイマと一緒に仕事をしていたヒューバートの能率も驚く程に上がり……サーヒィ達の活躍もあって荒野の地図作りに関しては一定の目処が立ったようだ。
地図作りが終わったなら杭打ちの準備などもあるそうだから、しばらくは忙しいようだが……それでも終わりが見えてきたというのは良いことだろう。
私が進めていたサーヒィ達用の小屋作りや、厠作りの準備も順調に進んでいて、もう少しで資材の用意が終わって、後は雪解けを待つだけとなる。
建物と言えない程に簡単な作りの鳥小屋と、穴を掘って壁と天井があれば概ね完成となる厠の準備だけなのだから、早く終わるのも当然で……そうやって自由な時間が増えた私は、クラウス達のことを手伝おうかと考えていたのだが……そうはさせまいと、作業が終わるのを待ち構えていた伯父さんに「ほれ、勉強の時間だ」なんてことを言われてしまい、そのまま捕まってしまった。
捕まってしまった上に……、
『貴族王国について学ぶのは公爵なら当然のことだ』
『今後必要となってくるだろう新たな知識を手に入れるためにも、しっかりと勉強をして下地を整えておかなければ話にならない』
『お前の両親がやり損ねたことを今こそ完遂してやる』
『アルナーさんだって魔法の勉強を頑張っているんだぞ』
なんてことを言われてしまっては、何も言い返すことが出来ず、逃げることも出来ず……嫌々ながらも伯父さんに従うしかなかった。
私としては勉強なんて頭を使うことは得意な者達に任せて、体力がある限り体を動かしていたいし、その方が効率が良いのでは? と思うのだが……伯父さんが相手ではそんなことを言ったところで相手にはされないだろう。
そうして皆が忙しなく働いてくれている中、ユルトの中で勉強し続けるという日々が過ぎていって……そろそろ冬の寒さも峠を越えたかなという頃になったある日。
朝から続いていた勉強から休憩ということで解放された私が、広場で体を動かしていると、村の南の方からドスドスと……重い足跡が響いてくる。
バッサバッサと雪を踏み荒らし、ドスドスと雪から覗く土の地面を踏み硬め……そうやって姿を見せたのは、鎧作りで忙しいらしい洞人一家の一人息子、サナトだった。
顔を顰めて拳を握り込んで……怒っている訳ではないようなのだが、何か困っていることがあるというか、耐えられないことがあるというようなそんな態度で、私のすぐ側までやってきたサナトは……ぐっと息を飲んでから声をかけてくる。
「……酒が欲しい……!」
何か深刻な話でもされるのかと身構えていた私は、その一言に驚くやら何やら一瞬言葉を失うが……なんとも深刻そうな真剣な表情でこちらを見やるサナトに応える為に居住まいを正してから言葉を返す。
「酒なら倉庫の方にいくらか備蓄があるだろうから、それを飲んでくれていいぞ。
以前ナルバントからも酒を用意してくれと頼まれていたことだしな、酒浸りになったり酔って荒れたりするようなら困るが、節度を持って飲んでくれるのなら自由にしてくれて―――」
と、私がそんなことを言っていると、サナトは言葉の途中で大きな声を上げてくる。
「飲んじまったんだ! 倉庫にあった備蓄は全部!
全部飲んじまって……でも足りなくて、どうにか用意してもらえないか?
……鎧作りを請け負っておきながら、まともに仕上げもしないで何を言っているかと思われるかもしれないが……それでもオレ達にとって酒は欠かせないもんなんだ!
炉の熱で汗をかいたなら水分補給のために酒を飲んで、仕事を終えたなら疲れを癒やすために酒を飲んで、仕事が上手く行かない時も心を癒やすために酒を飲んで……酒を飲めば飲む程良いものが作れて……ほ、洞人ってのはそういう種族なんだよ!
親父達は酒をねだるのは鎧を作り上げてからだと考えているようだが……酒が無いせいでどうにも手の動きが鈍っちまってる……!
……ここはどうか……恥を忍んでの願いを聞き入れてくれないか!」
そう言われて私は、開いていた口を閉じてサナトのことをじっと見やる。
酒飲みが酒欲しさにあれこれと詭弁を使うのは何度か見てきた。
見てきたが……サナトの今の言葉はそれとは全く別のもののように思える。
本当に酒が必要で酒がなければどうにもならなくて……困り果てているような、進退窮まっているような……そんな状態に見える。
恥を忍んでというのもどうやら本当のようで、サナトは耐え難い苦痛に耐えているような表情もしていて……私はその表情から見て取れる真剣さを受けて、馬乳酒の件でも色々とあったことも思い出して……私個人の感情は今は置いておこうと心に決めて、しっかりと頷く。
「……分かった、エリーに頼んで隣領から仕入れてもらうことにするよ。
備蓄を全部飲んでしまったというのには驚かされたが……サナト達が頑張ってくれているのは工房の方へ行った時に見かけてよく分かっているし、酔いに負けて暴れたりもしていないようだから、必要だと言うならその通りにしよう。
……鎧のことに関してはそこまで気にしなくて良いし、焦る必要もないからゆっくりとサナト達がやりやすい形で進めてくれたらそれで良い」
「そ、そうか……! そうしてくれると助かるよ!
この借りは仕事でしっかり返すから安心してくれ……! 酒代以上の代物をどんどか作り上げて見せるともさ!
と、ところでもうひとつ、ついでという訳じゃぁないんだが、オレ達の方で酒蔵を建てて酒作りをしたいと思ってるんだが、構わないか?
酒が必要になる度に外から買ってたんじゃぁ金貨銀貨がいくらあっても足りないだろう?
ならいっそのこと自分達で作ろうかと思ってるんだが……どうだろうか?」
「さ、酒蔵を……か?
資材が手に入るのなら構わないと言えば構わないんだが……ここら辺では酒の材料になるものが無いだろう? それについてはどうするつもりなんだ?
アルナー達もここら辺で酒というと馬乳酒くらいだと言っていたしなぁ……」
突然のサナトの言葉に困惑したというか、驚いたというか、突然何を言うのかという想いでそんな言葉を返すと、サナトはばっと顔を上げて目を輝かせながら言葉を返してくる。
「馬乳酒か! あれはあれで良いもんだよな! 酒って感じはしないが腹持ちするし、水分は取れるしで仕事をしながら飲むには最適だ!
酒蔵が完成したなら馬乳酒の生産もオレ達が完璧に行うから安心してくれ! オレ達洞人は鍛冶職人であると同時に酒作りの名人でもあるからな!
そして酒の材料に関しても安心してくれ!
この草原に何も無いとはいっても、倉庫を覗けば砂糖が山程あるし、森にはベリーもあるようだし、森があるならどこかにミツバチがいるはずで、連中の巣を見つけさえすればそれで全てが解決する!
砂糖酒は砂糖酒で良いんだが、やっぱりハチミツ酒の風味には負けるからなぁ……追々は蒸留なんかもしたい所だが、そこまで手が回るのはいつになるやらなぁ!」
目を輝かせながら笑顔となり、先程までの様子は何処へいったのか、なんとも元気な様子でそんな声を上げるサナト。
そんな様子を見て失敗したかなと私が頭をかいていると、サナトは更に言葉を続けてくる。
「ミツバチを飼うならやっぱり花畑がいるよなぁ。
んー……そうか、そこら辺はセナイとアイハンに頼めば良いのか。
去年畑には成功していたって話だし、それなら花畑くらいなんでもないだろう。
そして資材についてだが……確かに関所を作るとかなんとか言ってる今、資材のことを心配するのは当然だが……そこについては安心してくれ、オレ達洞人は洞窟の中でも最高の酒蔵を作り出すことが出来る一族だからな。
土と岩さえあればどうにでもなる! 資材のことであんた……いや、ディアスさん達に迷惑はかけねぇよ!」
そう言ってサナトは、握った拳を親指をぐっと上げて……その親指でもって工房の方を指し示す。
工房にはナルバント達が作った石造りレンガ作りの窯が並んでいて……確かにレンガを作れる洞人達なら酒蔵くらいはなんとかなる……のだろう。
そうしてレンガ造りの酒蔵のことを思い浮かべた私は……あることを思い出し、どうせならばとこくりと頷いてから……酒蔵を作るついでにもう一つ、あるものを作ってくれないかとサナトに提案することにしたのだった。
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