第188話 春が来るまでにやることが……

 出稼ぎとしてイルク村に来てくれた鷹人族のリーエス、ビーアンネ、ヘイレセの3人と、その旦那となったサーヒィは、当分の間は鷹人族の巣とイルク村を行き来しながらの日々を送ることになるそうだ。


 今は冬、獲物が中々取れない時期であり……鷹人族の巣から腕の良い狩人がいきなり3人も居なくなってしまうというのは問題があるとかで、春が来るまではあちらとこちらを行き来して……こちらで仕事を頑張り報酬として得た干し肉を持って帰り、巣で待っている家族や親族を食わせてやる必要があるんだそうだ。


 こちらとしては最初から出稼ぎという形で力を借りるつもりだったので、そういった形でも全く不満はなく、追々はこちらに腰を落ち着けてくれると言うのだから文句もあるはずがなく、複雑そうな表情を浮かべ続けるサーヒィ以外の皆が3人のことを笑顔で歓迎し、力になってくれる者が増えたことを大いに喜び……冬だということで宴という程にはならなかったが、その日の夕食が少しだけ豪華になった。


 そうやって皆が喜ぶ中でも特に、アルナーとクラウスとヒューバートの喜びようは桁違いで……アルナーは力強く大きな鷹が狩りを手伝ってくれると踊りだしそうな程に歓喜し、クラウスは空からの見張りの目が増えてくれると両手を振り上げて踊りだし、ヒューバートは荒野の地図作りや領境を示す為の杭打ち作業などが楽になるとその目を異様なまでにギラつかせることになった。


 それがあまりにも異様だったのでヒューバートに詳しい話を聞いてみると、地図作りは勿論のこと杭打ちに関しても春までにどうしてもやっておきたかったので、このタイミングで空の目が増えるというのは願ってもない助けだと、心の底から喜んでのヒューバートなりの笑顔……なんだそうだ。


 これから春となり、そこら中で若草が生えて、それらをメーアや馬達が食べて食べて、腹いっぱいになるまで食べまくる草原にとっての恵みの季節となる。

 その際にやれここは私達の牧草地のはずだとか、やれここは鬼人族の牧草地だから立ち入るなとか……そういったことで揉めてしまうというのは可能な限り避けておきたい所で、その為にも地図と空からの目を使っての杭打ちはしっかりとしておく必要があるのだとか。


 私達が一方的に杭を打っては不満が出るだろうから、鬼人族達とも相談しつつ、以前作った地図の通りになるように、しっかりと半分半分になるように計算をして杭を打ち……隣領との境にも同じようにエルダン達と話し合いながら、関所作りと並行して杭を打っていく予定なんだそうだ。


 ……まぁ、そこら辺の細かい所はヒューバートとエイマが中心になってやってくれるそうなので、二人に任せておくとしよう。


 兎にも角にもそうやってヒューバート達は忙しい毎日を過ごすようになり、クラウスもまた関所作りで毎日毎日駆け回ることになり……そして私を含めたイルク村の皆もまた、忙しく慌ただしい毎日を送ることになっていた。


 厠作りも進めなければいけないし、クラウスやヒューバートに手伝いを求められることもあれば、ナルバント達の鎧作りが佳境に入りそちらで手伝いを求められることもあった。

 

 ユルトではどうしても暮らしにくいというサーヒィ達の為に、大きめの鳥小屋というか、木製の塔というか、そんな家を作ってやる必要もあり……更には大きくなり、自由に歩き回れるようになって、なんとも元気いっぱいに村中を駆け回りイタズラをして回る犬人族の子育て問題までが巻き起こってしまった。


 犬人族達はとても賢く、小さい体ながらに高い身体能力を持っている。

 当然子供達もそれなりに賢く、それなりに高い身体能力を持っている訳で……そこに子供特有の無邪気さが加わった結果、とんでもないことになってしまったのだ。


 ここに来る前の犬人族達は、エルダンの父の下で不自由な生活をしていたり、エルダンの下で自重した生活をしていたりで、そんなことにはならなかったそうなのだが……ここではそこら中を自由に駆け回って良いし、誰かの目を気にして縮こまる必要もなく……そんな風に自由に生きる大人達を見て、子供達もまた自由に、好き勝手に生きてやろうとそのイタズラ心を暴走させてしまったようだ。


 メーア達にじゃれついたり、ガチョウや白ギー達にまでじゃれついたり、馬達にじゃれついて蹴られそうになったり、何を思ったか一斉にユルト登りを始めて外布を破ってしまったり。


 その都度私か伯父さんが現場に駆けつけて、止めなさいと言ったり叱ったりすると、子供達は素直に聞き入れてくれてしばらくは大人しくなるのだが……すぐにまた別の、思いも寄らない遊びやイタズラを思いつき、思いつき次第にそれを実行し……また私か伯父さんに叱られての繰り返し。


 犬人族の親達もなんとか子供達を大人しくさせようと駆け回るのを自重してみたり、私を真似して叱ったりしているのだが、私や伯父さんが叱った時程の効果は無く……経験したことのないまさかの事態に頭を抱えるばかりだった。


 犬人族にとっての救いは私は勿論のこと、アルナーを始めとした村の皆がそのことを怒ることなく受け入れて、笑ってくれていたことだろう。


 子供が元気なのは良いことだ。

 大きくなればそのうち落ち着くことだろう。

 一度叱られたことは二度とやらない辺りはとても利口だ。


 そんなことを言いながら村の皆は笑い合っていて……子供達のイタズラによって発生した忙しさを楽しんでいる節すらあった。




「……今日はついに倉庫に忍び込んでのつまみ食いをしようとしたようだ。

 倉庫の食料は大人の犬人族達が絶対に手出しをさせないぞと見張っていたので未遂に終わったようだが……それでも伯父さんが現場に駆けつけるまで、どうにか倉庫に入り込んでやろうと、大人達の腕の中で暴れ続けたようだな」


 そんな忙しさと慌ただしさが続くある日の夕食後。

 ユルトのいつもの場所に座った私がそんなことを呟くと、側で革細工作りに精を出していたアルナーが「あっはっは!」と笑い声を上げる。


「まったく、あの子達は次から次へと……おかげで毎日毎日騒がしいし忙しいしで、寒さを忘れてしまいそうになるな。

 普通冬はもっと静かに、春を待ちながらゆっくりと過ごすものなのだが、どうやらディアスと一緒に居るとそういう訳にはいかないようだ」


 そう言ってもう一度笑ったアルナーは……手にしていた革細工をじっと見つめながら言葉を続ける。


「……冬に忙しいなんてのは本来、不足した冬備えを補うためのもので……とても恥ずかしくて惨めで辛いものであるはずなんだがなぁ。

 それがイルク村では、もっと村を大きくするための、もっと多くの家族を養う為の……皆がもっともっと豊かになる為の忙しさなんだから……まったく、笑いが止まらないな」


 と、そんな言葉とは裏腹に、笑うのではなく微笑みを浮かべたアルナーは、手にしていた革細工を持ち上げて……セナイとアイハンに計算の仕方を教えていたエイマへと声をかける。


「よし、エイマ、ようやく完成したぞ。

 これなら今度こそは……落馬の心配もないし、揺れの心配もないはずだ」


 その声を受けてエイマはその耳をピンと立てて「ありがとうございます!」との声を上げる。


 それは以前アイーシアの頭の上に乗ったというか、乗馬したエイマの為に作られた鞍の改良品で……あれからというもの何度も何度も作っては、固定が上手くいかなかったり、ちょっとした振動で位置がずれてしまったり、鞍そのものがひっくり返ってしまったりと失敗が繰り返されてきたものだった。


 簡単に作れるだろうと、すぐに作れるだろうと……アルナーだけでなく私やエイマさえもが考えていたのだがそうはいかず……今の今まで未完成だった代物。


 試行錯誤が繰り返され、馬銜のベルトとの接続の仕方や、固定の仕方が何度も何度も見直されて……そうしてついに今度こそ完成しただろう、見た目には分からないいくつもの工夫が凝らされた一品。


 声を上げるなり飛び跳ねて、一瞬でアルナーの側へと到着したエイマは、その鞍をじぃっと見つめて……にんまりとした笑みを浮かべる。


「これがあればボク一人でも遠出が出来るという訳ですね!

 そして一人で遠出が出来るってことは、ヒューバートさんと別行動をしての地図造りが可能という訳で……うん、リーエスさん達にも手伝って貰えば一気に地図作りが進むはずですよ!」


 笑みを浮かべながらそう言ったエイマは……もう一度ぴょんと飛び跳ねて、アルナーの手の中にある鞍に飛びついて……なんとも嬉しそうにその尻尾を鞍へと巻きつけて、すりすりと頬ずりまでしてしまうのだった。


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