第187話 空を舞い飛ぶ者達


 関所を作ろうとなり、代表者の皆に意見を聞いて、特に反対意見が出ることもなく話がまとまって……そのことを誰よりも喜んだのは領兵隊長のクラウスだった。


 領兵隊長となり、毎日のように見回りと鍛錬をしてはいたが、それらしい仕事は特に無く……草原の日々は稀にモンスターがやってくる以外は平和そのもの。


 秋には狩りなどを頑張ってはいたが、それでももっと兵士らしい働きをしたいとの思いがあったようで、関所が出来て仕事が増えるというのは、私には想像出来ない程に嬉しいことであったようだ。


 王国兵にとって関所という重要な施設を任されるというのは、結構な名誉でもあるそうで……憧れの仕事に就けるという想いもあってクラウスは、


『設営の方も俺に任せてください! 

 関所をどう作るべきなのか、どう運営すべきなのか……そこら辺のことは王国兵時代にしっかり学んで理解していますし、戦時中に拠点作りやらしていたのもあって、設営をどう進めたら良いのか大体の見当はついています!』


 と、そんな宣言までして、早速とばかりに行動を開始したのだった。


 クラウスがまずやったことはセナイとアイハンに話を聞くことだった。

 あのキノコの生える一帯などセナイ達が森を大事にしていることは知っていたので、どの辺りに作るべきか、関所を作る際に気をつけるべきことは何かなどを尋ねて……セナイとアイハンの意見を出来る限り取り入れることにしたようだ。


 次にしたことはカニスの隣領への派遣……というか帰省だった。

 隣領との境に関所を作るのだから、隣領への事前連絡は必須であり……カニスに父に詳しい事情を話した上で協力してもらい、エルダンの了承を得ようとしたようだ。

 更に関所作りにあたっての人手の募集も隣領でかけることにしたようで……その賃金と資材費に関しては余っているフレイムドラゴンの素材などを使ってエリーが調達してくれるそうだ。


 関所というと戦場でたまに見かけたような、人の出入りを制限する門だけあれば良いのかと思っていたが、どうやらそうではないようで……不届き者と戦うことになった際のための櫓や、クラウス達が使うことになる休憩所、厠や井戸も必要で。


 馬で行き来するのであれば馬を繋いでおく為の馬房も必要で、出来ることなら不届き者達を閉じ込めておく牢も作っておきたいとかで……理想を言うと砦というか、城塞というか、城そのものと言っていいくらいの規模のものを作った方が良いのだそうだ。


 流石にそうするには時間も金もかかりすぎるので、今回は木造で急造の簡単なものになるそうだが、追々は立派なものへと作り変えていきたいとのことだ。


 もしそうなればクラウスはそこの城主となる訳で……なるほど、そう考えるとクラウスの喜びようも、はりきりようも納得出来るというものだ。


 クラウスの妻であるカニスもまたそれ以上に喜んでいて、関所作りのためにと頑張ってくれているようで……関所が完成したなら、カニスもまた関所で重要な役目を担うことになる……らしい。


 カニスはクラウスの妻であると同時に、隣領の上役の娘でもあり……隣領との境となる関所で働くにはこれ以上ない人材ということになるそうなのだ。


 商人として様々な関所を見てきたエリーが言うには、関所の主というのは様々な特権を独占できる立場でもあるようで……良くない人物が主となると碌でもないことになるのだとか。


 法外な通行税を取ったり行商の積荷を奪ったり、それ以上のことをしている所もあるそうで……そんなこともある関所が新たに出来れば隣領の人々としてはどうしても警戒してしまうものなんだそうだ。

 

 だがそこの主が……主の妻がカニスであれば、理不尽なことは行わないだろうし、獣人への差別などの心配もないだろうし、隣領の人々としても安心できて、気軽にあちらとこちらを行き来してくれるようになるだろうとのことだ。


 今はほとんど行き来がない状態だが、メーア布の生産が安定したなら商人達もやってくるはずとのことで、その流れを止めない為のこれ以上ない人選だ……とかなんとか。


 正直な所、私はそこまで考えていなかったし、クラウス以外に居ないからクラウスに任せようと思った訳なのだが……まぁ、うん、良い結果になったのであれば何よりだと思っておくことにしよう。


 そんな感じで関所作りが本格化し……数日が経った頃、仲間を勧誘するために山の方にあるという巣へと戻っていたサーヒィが帰ってきた。


 サーヒィより一回り大きい、三人の鷹人族を連れて。


「おお、おかえり。

 無事で何よりだ、勧誘にも成功したようだな」


 広場で洗濯物を干している最中に飛来し、広場に立てたままになっていた止り木や、干し竿に止まったサーヒィ達に私がそう声をかけると……サーヒィは何故だか頭を垂れて「お、おう」なんて返事を返してくる。


「……どうした? 何かあったのか?」


 その様子を見てどうにも心配になって私がそう声をかけると……サーヒィは頭を垂れたまま何があったのかを説明してくれる。


 巣に戻ったサーヒィはまず巣の長の下へと向かい、ドラゴンを狩ってもいないのにどうして巣に戻ってきたのか、細かい事情の方を説明したらしい。

 

 すると長は異様なまでに機嫌が良くなり『昔の約定』がどうとか『一族の誇り』がどうとか言い出し……何よりも良い出稼ぎの場を作ってくれたことを大いに喜んでくれて、最終的には『よくやった』とそんな言葉をかけてくれたらしい。


「……まぁ、そこまでは良かったんだよ。そこまでは……。

 だけどなー、何だか知らないけどなー、長が変に張り切っちまってなー……このオレに結婚しろってそんなことを言い出したんだよ」


 嫁取りに失敗したからと巣を追い出されたはずなのに、どういう訳なのか突然そんなことになってしまい……サーヒィ自身も結婚したいとは考えていたので順調過ぎる程順調に話が進んでいって……進んでしまって、そうしてサーヒィは、巣を代表する三人の英雄と結婚することになったんだそうだ。


 そしてその三人が近くの干し竿の上からこちらを見つめてきている三人なんだそうで……サーヒィはなんとも言えないため息を吐き出してから説明を続けてくれる。


 鷹人族は基本的に、女性の方が体が大きく力も強く……狩りの腕が良いらしい。

 そういう訳で英雄と呼ばれるような狩人は、女性であることが多いとかで……今回結婚した三人は、巣の中でも最強と言われている三人なんだそうだ。


「……その、なんだ……望まない相手だったのか?」


 サーヒィの話を聞きながら止り木の側へと近づいた私が、小声でそんな言葉をかけると……サーヒィは垂れた頭を左右に振ってから言葉を返してくる。


「いや……。

 強いし狩りの腕は良いし綺麗だしで、巣の中でも人気だったっていうか、オレにとっても望外の相手だったんだけどな……。

 ただそれが三人もとなるとなー……。ちゃんと三人の良い旦那になれるかが不安で、オレで釣り合うのかって気持ちもあって……どうにもなー」


 サーヒィのその言葉に、ああ、なるほど、そういうことかと頷いて……エゼルバルド辺りにそこら辺のコツというか、心構えを聞いてみるのが良いのかなと考えていると……サーヒィと一緒にやってきた三人の鷹人族達がばさりと羽ばたいて、私の足元へと着地し、翼を器用に曲げながら挨拶をしてくる。


「アナタが話に聞いたドラゴンを狩ったというここの長ですね、アタシはリーエスと言います」

「人間にしては中々迫力があるんだなー、アタシはビーアンネだ」

「旦那がここで暮らすとなると出稼ぎ……とも言えないのでしょうけど、巣で待っている父母や親戚のためにたくさんの干し肉が頂けるよう頑張らせていただきますね、ヘイレセと名乗っています」


 その挨拶を受けて私は、その場にしゃがみ込み……握手というか、握翼というか、まぁ、うん、私の手と彼女達の翼を触れ合わせながら挨拶をしていく。


「私はディアス……メーアバダルだ。

 この村というか、この辺り一帯の長、領主という仕事をしている、よろしく頼む。

 この村で暮らすのも出稼ぎをするのも大歓迎だから、好きなやり方で力を貸してくれると助かる」


 するとリーエス達は、目を細めて微笑んで異口同音に『よろしくお願いします』と、返してくれるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る