第186話 新たな施設


 何日か前にセナイとアイハンがアルナーが得意としていたメーアの横顔の編み物を完成させて、それを手にイルク村中を駆け回って……そうして皆に褒められて、それが嬉しかったのか、また作ってまた駆け回って。


 そうやってメーアの横顔刺繍は村の皆が知る所になり、ベン伯父さんがこれがメーアバダルの紋章だと宣言したことにより、皆もまたメーアの横顔の刺繍や編み物を作るなり、身につけるなり、ユルトに飾るなりするようになっていた。


 余程に紋章のことが気に入ったらしいクラウスなんかは大きな旗を作りたいなどと言い出してしまって……カニスが良い布が手に入ったら作りますとの宣言までしてしまって、なんだか随分と大げさな騒ぎになってしまっている。


 ……だがまぁ、今はまだまだ冬の最中、大きな布を用意したり、それだけの量の糸を染める染料を用意したりは簡単ではなく、そこら辺のことは春になったら、ということになるのだろう。


 今はとにかく冬を乗り越えることを第一に、春までにしなければならないこと……厠のことや、南の荒野の地図作りのことを優先していきたいものだ。


 とはいえ、南の荒野に関しては私の出る幕はなく、変に手出しするよりもヒューバート達に任せた方が良さそうで……そういう訳で私は、厠作りの方に精を出していた。


 本格的な作業を始めることになるのはまだまだ先……雪が緩んでからになるのだろうが、それでも今のうちにやれることを、場所の選定や使用する木材の準備などをしようと、村の中を見て回ったり、倉庫の中を見て回ったりしていると……この冬何度目かになる、マスティ達の遠吠えが雪の向こうから響いてくる。


『帰ってきたよ、今回も無事に仕事を終えたよ』


 そんなことを伝えているらしいその遠吠えはエリーの護衛についたマスティ達のもので……手に入ったフレイムドラゴンの素材の3割程をエルダンに贈った件のお礼を、今回も無事に運んできてくれたようだ。


 目録一杯のその品々は一度で運びきれるものではなく、エリーはこれまでに何度も何度もエルダンの下に足を運んでいて……今回辺りで全てを運びきれるだろうということだったが……さて、どうなったかなと、村の東端へと向かい、エリー達の到着を待つ。


 すると、エリーとソリ足姿の荷車と、護衛の犬人族達の姿が見えてきて……無事の帰還を喜ぶ笑顔を浮かべながらこちらへとやってくる。


「エリーも皆もお疲れ様。

 今回も雪の中、遠くまで行ってきてくれてありがとうな」


「そう何度もお礼を言われることではなくってよ、お父様。

 マスティちゃん達にとっても商人である私にとってもこの程度のこと、何でもないことなんだから。

 ……とりあえず、隣領との往復は今回で一段落、荷運びも、市場調査も、メーア布を売るための顔繋も、情報収集も概ね完了したわ。

 ……イルク村の方は変わりなくて?」


「ああ、特に問題は無いかな。

 あれからあったことと言えば……セナイとアイハンがメーアの横顔模様の編み物を完成させたことと、ナルバント達が鎧作りに苦戦して、少し荒んでいることくらいかな」


「あら? 鍛冶仕事なら任せておけって自信満々だったのに……あの人達、苦戦しちゃってるの?」


「……と言うよりも、あえて苦戦するような作り方をしていると言ったほうが適切かもな。

 何だかよく分からない石を混ぜ込んだ鉄と、フレイムドラゴンの素材……ゾルグ達とエルダン達に分けた残りの素材を使って鎧を作ろうとしているらしいのだが、鉄の方は頑固で加工しづらく、フレイムドラゴンの素材はへそ曲がりでちょっとした拍子に変形してしまうとかで、上手くいっていないらしい。

 私としては鎧なんてものは適当に作ったもので構わないのだがなぁ……ナルバント達の職人としての拘りが、どうしてもその『適当』を許さないんだそうだ」


「……まぁ、これからこの領の顔になるお父様の鎧なんだし、適当に作った量産品よりかは、そういう手の込んだ物の方が映えて良いのかもしれないわね。

 ……しかしそうすると困ったわね、ナルバントさん達には相談したいことというか、手伝って欲しいことがあったのだけれど……」


 そう言って頬に手を当てて、首を傾げて「うーん」と唸るエリー。

 それを受けて私は……色々とやることはあるが、他の誰に頼める訳でもないかと考えて、言葉を返す。


「ナルバント達の代わりにはなれないだろうが、私で良いなら手伝ってやるぞ? 一体何をするつもりなんだ?

 皆がそこで始めている荷降ろしのことか?」


 と、私がそう言うとエリーは慌てた様子で振り返って、マスティ達がソリ足で村の中を進むのは無理そうだと、荷車から荷を降ろし、倉庫へと向かって運んでいる姿を見て「あ、私もやるわよ」とそう言って荷車に駆け寄り、荷箱を両手で抱えあげる。


 私もまた重そうな荷樽を抱えて、エリーと一緒に倉庫に向かい……そうしながらエリーが話の続きを口にしてくる。


「話の続きなんだけれども……隣領で情報収集をしている時に、隣領で良からぬ連中が反乱を画策したり、良からぬ物を持ち込んだりした、なんて話を耳にしたのよ。

 ……で、春になったら隣領とここを繋ぐ道ができあがる訳でしょ?

 道がそこにあれば自然と人と物がそこを行き来するようになる訳だけど……その話もあって、あっちとこっちを無制限に人が行き来するのは、時期尚早かなって考えるようになったのよ。

 エルダンさん達の関係者なら歓迎なのだけど、それ以外の有象無象は来て欲しくないっていうか……メーア布の宣伝を散々したこともあって、メーアを誘拐しようなんていう良からぬ輩が来るかもしれないじゃない?」


「……まぁ、確かに、世の中善人ばかりではないからな」


「とはいえ道は欲しいの、未完成のままあえて完成させないとかはしたくないの。

 となると通したい者だけの通行を許可して、通したくない者の通行を許可しないってことになる訳で……つまりね、その為の施設を、関所を作ろうかなって考えてるのよ。

 こんなだだっ広い草原の中に作ってもしょうがないから、森の中に作って通行を制限して……道以外の森の各所には、通行を難しくするような柵を設置するとか、犬人族ちゃん達やクラウスさんに見張りをしてもらうかして……。

 そうやっても完璧には防げないのでしょうけれど、それでも無いよりはマシかなって思うのよ」


 とのエリーの言葉を受けて……その言葉の意味を飲み込み、しっかりと考えて、考えながら足を進めていると、話を聞いていたらしいベン伯父さんがぬっと私達の前に現れて、声をかけてくる。


「儂も関所の設置には賛成だな。

 悪党の侵入を防ぐだけでなく、いざ、疫病がお隣で流行った際には関所を閉鎖することで病魔の侵入をいくらか遅らせることが出来るだろう。

 ……過去の事例を思い出してみても、関所や防壁が病魔の侵入を防いだ例は数え切れん。

 アルナーさんの魔法に犬人族の鼻に、空からの目まで使えるとなったら、ほぼ完璧に近い形で出入りを管理できるだろうし……それらを活かすことの出来る施設を作らんなんてのは、宝の持ち腐れというものだ。

 ……以前おかしな連中がここに攻めてきたなんてこともあったんだろう? ならば尚のこと、そういった備えはする必要があるだろう。

 お隣のエルダン殿は、あえて関所を撤廃し人と物の行き来を活発化させることで、市場を賑わせているようだが……ここにはその市場が無いからな。

 イルク村を守る為、メーア達を守る為……何より鬼人族達を守るためにも作っておいた方が良いだろうな」


 伯父さんのその言葉を受けて、エリーはうんうんと頷いての同意をし……私もまた納得し、頷いて……そうしてから言葉を返す。


「分かった、二人がそう言うのならその通りなのだろうから、皆と早速関所についてを話し合ってみるよ。

 春までにしっかりとした物を作れるかは分からないが……それでも仮設の関所ならなんとかなるかもしれない。

 関所の警備は……クラウスと犬人族達に頑張ってもらうことになりそうかな」


 との私の言葉に対し、エリーは笑顔で頷き……ベン伯父さんは何処か不満そうな表情で顎髭を撫でる。


 顎髭を撫でて、何度も撫でて……そうしてから顔を上げて、


「関所を作って犬人族と鬼人族に手伝ってもらって……空からも見張らせたいが、サーヒィだけでは手……というか目が足りんな」


 と、そんなことを言ってから近くのユルトの天井で毛繕いをしていたサーヒィに向かって声を上げる。


「おい、サーヒィ! お前ちょっと故郷の方に行って、信頼の置けるお仲間を、何人か連れて来い!」


 ベン伯父さんのそんな無茶な言葉に、私が慌てて声をあげようとすると、それよりも早く、サーヒィが言葉を返してくる。


「ここに来てみないかって、ここで働いてみないかって声をかけるだけで良いならやってやるよ!

 ただし、それで巣の連中が来てくれるかはまた別の話だぞ?」


 その言葉にベン伯父さんが「それで良い」と頷く中……私が「それは問題無いのか? 大丈夫なのか?」という表情をしていると、サーヒィが翼をバサリとはためかせ、整えながら言葉を続けてくる。


「その荷物、また干し肉が一杯入ってるんだろ? それを腹いっぱい食えるとなったら何人か、若いのが来てくれる……かもな。

 オレの一族の巣はそこまで裕福って訳じゃなかったからな……冬だっていうのに美味い干し肉を満腹になるまで食える上に、ドラゴンを狩れるかもしれないとなれば、心が動く奴がいるはずだし、巣としても若者が出稼ぎに行くのは大歓迎だからな、文句は出ないはずだ!」


 そう言ってサーヒィは、早速行ってくると翼を振るい、飛び上がり……そのまま北の山の方へと飛んでいってしまう。


 出稼ぎ……出稼ぎか。

 イルク村や関所を空から見張ってもらって、その対価として干し肉を渡し……それを受け取った鷹人族達が巣に持ち帰るという訳か。


 確かにそれなら、向こうとしても損は無いように思えるし……こちらとしても頼りになる空の目が増えてありがたい話だ。


 サーヒィが動き出したのをきっかけに、ベン伯父さんもエリーも、それぞれ関所の設置の為にと動き始めてくれて……私もまた皆の意見を聞いて回る為に……まずはこの荷樽をしまうかと、倉庫へと足を向けるのだった。




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