第182話 伯父さんの教えと思惑


 アルナーはマヤ婆さんの下で魔法の勉強。

 エリー達はイルク村と隣領を行き来しての交易……というか物資の運搬。

 ヒューバートとサーヒィは荒野の調査と地図作り。

 セナイとアイハンは家事を手伝ったり編み物をしたり。

 ナルバント達は私の鎧の修理や様々な道具の製作。


 そして私はベン伯父さんの下で貴族に関する様々なことや、王国に関する様々なことの勉強。


 そんな風に私達が忙しくなっていくと、他の皆も自分達も負けていられないぞと、自分達も頑張るぞと活発に動き回るようになってくれて……まだまだ寒さの厳しい冬の最中だというのに、イルク村はなんとも冬らしくない賑やかさに包まれていくことになった。


 賑やかな声と織り機の音とメーアの声が響き渡り、外を歩き回る足音が絶えず……その音を耳にする度に、私の心の中の何かがうずうずとし始め……外に出たいなぁ、なんてことを思ってしまう。


「……おい、集中せんか。

 しっかりと集中して話を聞いておれば、こんなのはすぐに終わる話だろうが。

 ……なんだか、昔もこんなことを言っておった気がするが……本当にお前は全く、大人になってもそのざまか」


 飾り気のない質素な伯父さんのユルトの中央に縮こまって座り、目の前に小さなテーブルを置いて、テーブルの上に紙とインク壺とペンを置いて……。


 そのテーブルの向こうにどっしりと構えて立つ伯父さんは凄まじい威圧感を放ちながらこちらを睨んでいて……その威圧感と睨みに負けた私は「……はい」と呟き、居住まいを正して伯父さんに向き直る。


「よし、では続きだ。

 貴族を語る上で忘れてはならねぇのは、建国王様とディア様が考え出した王の在り方―――王制と、貴族の在り方―――貴族制についてとなる。

 王制の理想としては権力は分散せずに一点に集中し……国の中枢である王が国の全てを管理すべきなのだが、それには人手が足りなかった、優秀な官僚を生み出す教育機関が足りなかった、国の隅々まで王の指示を瞬時に行き渡らせる連絡手段が足りなかった……この国を正しく管理するには王と直臣官僚だけではどうにもならなかったって訳だ。

 そういう訳で建国王様は仕方なく、自らの意思をよく汲み取り、自らの思う通りに動いてくれる忠臣……貴族と名付けた者達に手の届かない地方を任せることにした」


 伯父さんが淡々と語るそれらの言葉を、テーブルの上の紙に書き写し、書き写しながら暗記し……そうしながらその意味を深く考えていく。


 戦争で活躍した、内政で活躍した、国を良くする妙案を考え出した。

 そういった活躍をした忠臣を貴族とし、地方を任せて、地方を発展させることで王国を安定させようとした。


 安定の為に忠臣の地位……爵位を定め、安定の為に忠臣の子供がその爵位を継げるようにし、安定だけでは駄目だと、貴族同士が競い合って研鑽するように貴族階級が定められ、王や貴族の暴走を防ぐために公爵という貴族階級最上位が定められ……。

 

 そういった改良が何度も何度もなされていって、建国王達が亡くなってしまうその時まで、改良を重ねたその制度は盤石な……はずだった。


 はずだったのだが……そうはならなかった。


 建国王の時代から気が遠くなるような年月を経た今。

 大陸全土を支配していたはずの王国の領土は半分以下に減ってしまって、親から何もせずに爵位を、その立場を継げてしまう貴族達は忠臣とは程遠い存在になってしまって……研鑽のための競い合いも、己の欲を満たすための権力闘争へと変貌してしまった。


 他の方法でそれらを防げたかというと微妙な所で、貴族制だけが悪いとは言い切れないそうだが……現実として貴族という存在は腐敗しきっていて……貴族のほとんどは王国を蝕む厄介な病となってしまっているそうだ。


 もちろんそうではない……父や母が語ったような理想的な貴族も存在しているそうだが、手段を選ばずにその権力と欲を肥大化させている連中の方が幅を利かせているというか、力と金を持ってしまっているというか……悪貴族が良貴族を駆逐してしまっているのが現状、なんだそうだ。


「どういう訳だかお前は運良くそういった連中に出会わずに来られたようだが、現実はそうはならねぇ。

 そこら中に悪貴族がうようよとしていて……貴族になった以上はいずれそういった連中と出会うことになるだろうな。

 雪が溶けて春となり、隣領とここを繋ぐ道が出来上がって行き来が楽になれば、その可能性はうんと上がることになる」


 大体の説明を終えて、そんなことを言って言葉を区切り……こちらをじっと睨んでくるベン伯父さん。


 その目に視線を返しながら、私は眉をひそめながら言葉を返す。


「……私はそれでも悪貴族にはなりたくありません。

 父や母の遺言を守りたいという気持ちもありますし、イルク村の皆……アルナー、セナイ、アイハンに顔向け出来ないことはしたくありません」


「お前がそうしたいなら別にそれはそれで良い。

 駆逐されてしまうから悪貴族になれという話ではない、駆逐されたくなかったら悪貴族にしっかりと備えろと、そういう話をしておるんだ。

 ……幸いにしてお前は公爵で、三年は税を納める必要がなくて、ドラゴンを何度も狩ったことで十分な財産も手にしている。

 王都から距離があるというのも良い方向に働くだろうし、儂が進めている神殿や新しい教義もお前の力となることだろう。

 ……というかだ、お前以外のここの住民達は言われるまでもなくそのつもりで動いておるぞ。

 アルナーさんもエリーもクラウスもヒューバートも……マヤさん達だってそうだろう。

 エイマさんだってお前を支えられる人材を増やそうと、計算や書き物の得意な犬人族達に様々なことを教えておるようだからな……お前の気持ちがどうあれ事は始まっていて、前に進んでしまっておるんだ。

 そうなった以上はもう……覚悟を決めて向き合うしかないだろうな」


「……それは、はい。

 そのつもりです」


「なら何度も言わせるな。いい加減にその口調をなんとかしろ。

 もうお前はあの頃の子供ではないんだ、大人らしく……公爵らしく振る舞うようにしろ」


「……ああ、うん、そうだな。

 もうこれっきりにして……子供だった頃のことは忘れて、これからは改めるよ」

 

 私がそう言って頷くと、伯父さんは満足そうに頷いて……ユルトの奥、伯父さんの寝床の側に置かれている、一枚の布を手に取る。


「……よし、分かったなら次の話だ。

 そういった悪貴族に対抗するにしても、この地を栄えさせていくにしても、この地の要であるメーアは大事にしなければならない。

 あのサンジーバニーとかいう薬草を持ってきてくれた神の使いの件がなくとも、儂はメーアをこうしていただろうな。

 ……この領の、メーアバダル家の紋章、馬車なんかに掲げるバナー。

 今後交易にいく際や隣領に手紙を届ける際にもこれを掲げさせるぞ」


 そう言って伯父さんはその布を……アルナーが作ったらしい布を広げて、そこに描かれている刺繍を私に見せつけてくる。


 それは以前アルナーが作っていた刺繍を大きくしたもので……独特の鼻のラインにつぶらな瞳、くるりと巻いた角にふわふわの毛の……メーアの横顔そのものだった。


 赤い下地を金糸で作った丸枠で縁取り、その中央にメーアの横顔を配置した……なんとも派手でなんとも目立つ……なんとも可愛らしい絵図。


「主な目的はメーア布の宣伝だが……同時にお前の、メーアバダル家の宣伝も兼ねることになるな。

 そうやって宣伝をすることで、お前がここで何をしているのか、どんな領主をしているのかを王国中に知らしめて……追々、儂らで作った教義や神殿の宣伝にも使わせてもらうつもりだ。

 まぁ……以前にも言った通り、それをやるのはお前が十分な力を蓄えてから、神殿が出来上がってからになるがな。

 ……折角好きに教義を作れるんだ、新道派の連中や悪貴族が不利になる教義と、良貴族が有利になる教義を考え出して……十分に準備して、打てるだけの手を打った上で、神の威光を存分なまでに使い倒すぞ。

 その教えを蔑ろにしないのならディア様も許してくれるだろうし……そうしたならここも、今とは段違いな程に繁栄するはずだ」


 続けてそんなことを言ってきて、ニヤリとほくそ笑む伯父さんに、私は色々と言いたいことがありすぎて、逆に何も言えなくなってしまう。


 驚くやら呆れるやら。

 仮にも神官が神様を使い倒すとは何事なのだろうか……。


 それでもまぁ、伯父さんなりに真剣に……イルク村の為に色々と考えてくれているようだと、納得した私は、


「ああ、分かったよ」


 と、そう返して、力強く頷くのだった。

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