第181話 名付け


 荒野で岩塩鉱床の調査をし、モールの所に話を聞きに行って、イルク村に帰還し……翌日。


 まだまだ調査が必要だと言うヒューバートと、地図作りに欠かせないサーヒィと、遊びに行きたいからと馬達まで引っ張り出してきたセナイとアイハンとエイマと、護衛役のクラウスと犬人族達が荒野に向かったのを見送り……そうして私は、すべきことをしようと広場へと足を向ける。


 広場には新しくイルク村の仲間となった18人のメーア達がいて……膝を折ってしゃがみ込み、一人一人声をかけながらその毛皮を撫でながら、散々悩んで……悩みに悩んでようやく決めることのできた名付けを済ませていく。


 最初の2人含めて、6家族18人。

 6家族それぞれに特徴的な名前をつけるようにして、メァタック、メァレイア……―――……リュアグイン、リュアキリ。


 事前に不満があれば考え直すからと言ってあったのだが、不満の声が上がることはなく、皆が笑顔で名前を受け入れてくれて……家族とじゃれ合いながら名前がついたことを喜んだり、仲の良い村人……カニスや婆さん達の下へ駆けていって新しい名前を呼んで貰ったりとし始める。


 更にそこにフランシス達やエゼルバルド達がやってきて、祝福の声をメァーメァーとかけ始めて……それに対する返事やら何やらで辺りがメーアの鳴き声で包まれていく。


「……こうして集まっている所を改めて見ると、随分と大勢になったものだなぁと実感するなぁ」


 その光景を見ながら立ち上がった私は、そんなことを呟く。


 最初に居たのがフランシスとフランソワで、二人の間には六つ子が生まれて。

 エゼルバルドとその妻達で更に6人。

 

 野生のメーアが2人やってきて、その2人が16人を呼び集めて……全部で32人。


 それが一斉に鳴いたとなったらそれはもう凄まじいもので、メァーメァーとの声が絶えることなく響き続ける。


「まだまだ、メーア布を名産品にしようと思ったなら100人200人はいてもらわなきゃ困るが……ま、1年目にしては上等だろう。

 これであれば後は焦らずじっくりと時を過ごしていれば、自然と増えてくれるだろう」


 メーアの声が響き渡る中、いつの間にか側へとやってきたベン伯父さんがそう声をかけてきて……私は伯父さんにも用事があったのだと思い出し、懐から例の短剣を取り出し、伯父さんに手渡す。


「……これは例の短剣か?」


 受け取り、鞘から少しだけ抜いて刃を覗かせながらそう言う伯父さんに、私は頷きながら言葉を返す。


「はい、火付け杖を使える伯父さんならそれを使えるのではと思いまし、思って。

 私やクラウスが不在の時に、それが使えればイルク村を守ることもできるはずなので頼めま……頼めるか?」


「……なるほどな。

 ま、問題無く使えるようだから預かっておくとしよう。

 火付け杖のようにアルナーさんに魔力を込めてもらう必要がありそうだから、そこら辺も後で頼んでおかんとな。

 ……で、そのアルナーさんはどうした? こういう場にはいつも顔を出していただろう?」


「ユルトで家事をしたり、マヤ婆さんから習った魔法の練習をしたりしている……ようだ。

 新しい魔法を覚えて私達の役に立って見せると意気込んでいて、当分はそっちで忙しいらしい。

 アルナーが自分のやりたいことというか、家事以外のことに精を出すのは珍しいことだから……出来るだけ手伝いたいというか、これが終わったら何か家事を……私に出来ることをするつもり、だ」


「……ま、夫婦で支え合うのは良いことだ。

 ついでに聞くが、岩塩鉱床の件は本当に良いのか? そんなにも凄い量の塩なら良い金になっただろうに」


 その言葉を受けて私は……伯父さんへと渋い顔というかなんというか、しかめた顔を向けてから言葉を返す。


「幼い頃の私にそういうことをするなと言ったのは伯父さんでしょう。

 働かないで稼ぐ金は毒だとか、手に働いて作ったタコがないものは信用出来ないとか、今でも覚えていますよ。

 両親からも散々そういうことを言われましたし、名ばかりの公爵……貴族となった身としてはそんな真似、たとえしたいという気持ちがあっても出来ませんよ」


 子供の頃を思い出し、思わずその頃の口調になりながら私がそう言うと……伯父さんは口調を窘めることなく、無言でそのあご髭を撫ではじめる。


「両親から散々言われました。

 王様とは何か、貴族とは何か……どれだけ凄い人達で、どれだけ皆の為に身を粉にして働いているか。

 ……その貴族になって、なってしまって……正直な所、未だに私なんかがなって良いものかと思うばかりですが、なってしまったのだからせめて気持ちくらいは貴族でありたいんですよ。

 働かずに、鬼人族にとって大切な塩を売って大金を得るだなんてそんなこと、貴族のすることではないでしょう」


 私が続けてそう言うと、伯父さんは空を見上げて……「ふぅむ」と唸り、そうしてからこちらを見てその口をゆっくりと開く。


「……ディアス。貴族と会ったことはあるのか?」


「貴族と……?

 えーっと……王様に会った時に近くにいた人達と、それとエルダンと会ったくらい、だと思います」


 私がそう返すと、伯父さんは顔にぺたんとその手を当てて「それでか……」と、そんなことを呟く。


「……そのエルダンから色々貴族について習っていたようだが、王国の貴族がどんなものか、どんな連中がいるのか、そこら辺の話は聞いたのか?」


 呟き、小さなため息を吐き出し……顔に手を当てたまま、指と指の間から目を覗かせた状態でそう言ってくるベン伯父さんに、私が「いいえ、特には」と返すと、今度は大きなため息を吐き出して……何か悩んでいるのか、難しい顔をし……そうしてから諦めたような顔をする。


「……仕方ない、これも伯父の役目か。

 ディアス、アルナーさんが魔法の練習をしている間、家事を手伝うのも良いがどうにか暇を見つけて儂のユルトに顔を出すようにしろ。

 そこで貴族やら何やら色々なことを教えてやるとしよう。

 ……ついでに神殿についても今のうちにいくらか話し合っておくとしよう。

 神の使いであるメーア様がどんな教えを儂らに伝えてくださったのか、どんな風に儂らを導いてくださるのか、そこら辺のことを決めておかんとな。

 ……とりあえず、偉い者程良く働けとか、そんな感じのお前に合いそうな教えを一つか二つ作っておくとするか……。

 それと奴隷禁止と学問の推奨……後はアルナーさんの為に浮気厳禁か?」


 指折り何かを数えながら、空を見たりメーア達を見たり、イルク村を見回したりしながらそんなことを言うベン伯父さん。


 メーアを神として祀るとして、その教義をどうするのか、どんな神殿にするのかは未だに聞かされておらず……。

 まさかメーアの言葉をそのまま、メーア達の考えをそのまま教義にはしないだろうと思っていたが、自分で作ってしまう腹積もりだったとは……。


「……神殿を作ると言われた時からなんとなく察してはいましたが、教義もベン伯父さんが決めるつもりなのですね?

 それならいっそ酒を禁止してくれと、そんな冗談を言いたくなりますね」


 と、私がそんなことを言うとベン伯父さんはその顔を左右に振ってから言葉を返してくる。


「それについては議論の余地があるな。

 ……何しろ聖人ディアの教えでは酒は悪いこととはされていないからな。

 当たり前だが聖人ディアの教えもある程度は踏襲するぞ、踏襲した上で今の時代と新しい時代に則したものとする。

 古道派とはまた違う道を行くことになるだろうが……一度負けちまったもんに固執しても仕方ないからな」


 そう言って伯父さんは、自らのユルトへと足を向けて……こちらに振り返り「忘れずに顔を出せよ!」とそんな言葉を投げかけてくる。


 それに仕方なく頷き返した私は……周囲に尚も響き渡っているメーアの声を聞きながら、とりあえず家事をしようかと自分たちのユルトへと足を向けるのだった。

 

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