第183話 家族団欒


 ベン伯父さんからその思惑……というか、その想いを聞かされて、その日の夕食時。


 ユルトでアルナーが作ってくれたスープ料理を食べながらその話をしていると、静かに話を聞いていたアルナーが「なるほど」と声を漏らし……言葉を続けてくる。


「昔から鬼人族は草や風、雨や太陽、火の力にディアス達の言う所の『神』のようなものを見て、敬意を払ってきたからな……。

 教義とやらをしっかりと決めて守る宗教とかは、正直よく分からない部分もあるのだが……ベン伯父さんの言うことは、なんとなくだが分かる部分もあるな。

 村の規律を他人任せにしていてはろくなことにはならないだろうから自分達で考えて、形を整えて……そこに神とやらを絡めることで子供にも話しやすく、覚えやすくするというのは悪くないと思う」


 それに対し、こくりと頷いた私は、香辛料たっぷりのスープを一口飲んで、ほっと息を吐いてから……言葉を返す。


「……そうだな。

 私は両親を失ったり、戦争に行ったり、ジュウハと色々なことを話したりするうちに信仰心を失ったというか……神という存在をそこまで熱心には信じなくなったんだが、どうやら伯父さんも似たような思いがあるようだ。

 神は存在しない……とまでは言わないが、少なくとも今の神殿の形は間違っていて、間違っているからこそ自分達が正しいと思う教義を……ある程度自分達に都合の良いものを、神という存在を上手く利用しながら作っていこうということらしい。

 人を生まれで差別するなとか、人を傷つけるなとか、そういった聖人ディアの教えの基本的な部分はそのままに、細かい部分はここの暮らしに合うようにするつもりのようだ」


「……なるほどな。

 そしてその教えを伝え、今の伯父さんのように村の皆に助言をしていくのがメーア神殿という訳か……。

 ……しかし今はそれで良いかも知れないがその教義とやらが、古くなった時はどうするんだ?

 セナイとアイハン達の時代になって、その次の世代また次の世代となった時、古臭い教えをそのまま教え続けるのか?」


「本来の神殿……私の知る神殿というのはそういうもので、かつては両親も古い教えを守っていこうとしていたそうなんだが……今の伯父さんはそれではいけないと思っているようだ。

 時代が進んで教義が古臭くなったら、その都度、教義を新しくするというか、更新するというか……そういう前提で教義を作るつもりらしい。

 ……何しろイルク村には神の使いということになっているメーアがいるからな、メーアが新たな教義を授けてくれたって言えば筋は通るとかなんとか……。

 ……まぁ、神の教えとか神殿とか重苦しく考えないで、メーアと共に暮らすメーアの教えとでも思って、軽く受け止めれば良いのかもしれないな」


 そう言って私は、スープを飲み干し……私達側へとやってきていた、フランシスとフランソワと、その子達のことをそっと撫でる。


 フランシスとフランソワは順番を守れるのだが、六つ子達にそれはまだまだ難しいようで、我先に撫でてくれと殺到してくる子達のことを順番に、出来るだけ平等に丁寧に撫でてやっていると……私と同じくスープを飲み干し終え、何かを考え込んでいたらしいアルナーが「なるほど、なるほど」と呟いてから口を開く。


「……しかしそうすると、神殿はそこまでの力を持たないというか、いずれ廃れてしまうかもしれないな。

 誰でもないベン伯父さんが神を信じていないのでは、どうしたって説得力がないだろう」


「伯父さんが言うにはそれはそれで構わないらしい。

 イルク村が大きくなって、生活が安定して、神を否定出来るくらいに賢い人達が生まれるようになったなら、それで役目は終わりだと……。

 まぁ、そうなるのはずっと先……いつになるかも分からないくらいの未来のことだろうな」


「そうか……。

 その都度新しくしていって、上手く使っていって……使えなくなった時には捨てても良いということか。

 そういう考えならもしかしたら鬼人族にも合うかもしれないな。

 ……鬼人族の生き方そのものに近いものがあってなんとも悪くない」


 そう言って「ふふっ」と小さく笑うアルナー。


 その言葉と笑みの意味がよく分からず、私が首を傾げていると、アルナーがその意味を説明してくれる。


「私達は昔からこの草原で遊牧をしてきた一族だからな。

 メーア達の食事に合わせて村を移動し、新しくしていって……時にはそこに必要なくなったものを捨てていくこともある。

 イルク村はこうやって一箇所に根を張っての暮らしをしているが、鬼人族の村はディアスも知っての通り定期的に移動していて……移動しない方がおかしいくらいなんだ。

 ……メーアの名を使っている上に、そういう教義であるならば、鬼人族の皆……父母や弟妹、ゾルグも受け入れるかもしれない。

 ……同じ教義の下、同じ地に暮らしているなら、それはもう同じ一族とも言えるからな……伯父さんはもしかしたらそこまで考えているのかもしれないと思ってな」


 アルナーにそう言われて私は……首を傾げて考え込む。

 伯父さんならばそこまで考えていてもおかしくないが……実際の所はどうなのだろうか。


 伯父さん自身はまだ鬼人族の村にも行ったことがなく、族長のモールにも会ったことが無い訳で……そんな状況でそこまで考えるかどうか。


 アルナーの反応からすると、教義次第では鬼人族の皆も受け入れてくれるようだが……。


 と、そんなことを考えに考えていると、私達の話に口を挟まず、静かにしていたセナイとアイハンが……わっと声を上げて私達の下へと駆けてくる。

 

「お話飽きたー!」

「あきた!」


 食事を終えて暇を持て余し、エイマから私達の会話の要約を聞いていたらしいが、それにも飽きて……我慢できずに駆け出し、突っ込んできたセナイを私が、アイハンをアルナーが受け止めて、その真似をしてくる六つ子達と共にわいわいと声を上げる。


 夕食後の団欒というか、じゃれ合いというか、そんなことをしながらいつものように過ごしていると……ふと何かを思い出したかのようにアルナーが声をかけてくる。


「新しくすると言えば、厠もそろそろ新しくしないとだな。

 今までは人数の少ない村だったからもってくれていたが……もうそろそろ限界だろう。

 村を移動しない以上は、厠の管理もしっかりとしておかないとな、病の元となってしまう。

 もう少し暖かくなって雪が緩んできたら、雪を除けて古い厠を埋めて新しい厠を作るとしよう。

 人の数も増えたから、皆の体の大きさに合わせたのを複数……横一列に並べる形が良いかな。

 井戸の方は竈場側に作ったのもあるし、当分は持つと思うが……それでもいつかは新しくする必要がある。

 厠作りと井戸作り、以前のように鬼人族の村の職人に頼っても良いが、出来ることなら自分達で作れるようになっておきたい所だ。

 ディアス、余裕がある時にナルバント達と相談しておいてくれるか?」


 アルナーのその言葉に「なるほど」と頷いた私は、


「分かった、そうするよ」


 と、返す。


 そうしてアルナーにいくつかの質問を、厠作りに関するあれこれを聞こうとするが……セナイとアイハンがそうはさせまいと『もう飽きたってば!』との声を上げてくる。


 その声に逆らえず降参することにした私は……、


「まずは食器の片付けをしよう、遊ぶのはそれからだ」


 と、そんな言葉を二人にかけるのだった。

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