第七章 春が来るまでに

第169話 空を舞い飛ぶ者



 ――――???? ??


 

 大きな翼を持つそれが、なだらかに下る山に沿う形でゆったりと優雅に舞い飛んでいると……山の中腹、雪に覆われて真っ白な世界となったそこに群れる狼達の姿が視界に入り込んでくる。


 獲物に恵まれたのか狼達は、ふっくらと太りゆったりと雪の上に寝そべっていて……寝そべる大人達の周囲を子狼達がなんとも元気に楽しそうに、雪を蹴り上げながら駆け回っている。


(……おや? 以前とは随分と様子が変わってるな?

 数は減っているようだけど、随分とまぁ余裕というか穏やかというか……ふぅん? 何があったんだ?)


 そんなことを考えながら狼達の上空をぐるりと旋回したそれは……バサリと翼を振って、一段高いところまで高度を上げる。


(ドラゴンを見かけて、ここらも瘴気に汚染されているものと思ってたのに、何処もかしこも穏やかで落ち着いた様子で……瘴気も全く感じられない。

 まさかあの狼達がドラゴンをやったなんてことは……ないよなぁ。

 いくらなんでも狼じゃぁ何百匹といたところでやれるはずがない……。しかしだとすると一体何が……?)


 高く飛び上がり、その鋭い目でもって周囲を見回したそれは……山を下りきった向こうの雪原に、自分の記憶によれば何も無かったはずのそこに、人里らしきものが出来上がっているのを見つけて……そちらの方へと飛び進んでいく。


(……犬の村? いや、人の村か。

 人の村に色々な種族が……って、ありゃぁドラゴンの残骸か!? こいつらがあのドラゴンを……特別瘴気の濃い、瘴気の塊のようなアレを狩りやがったのか!?)


 まさか人が、たったこれだけの数だけでドラゴンを!? と、衝撃を受けたそれは、空を舞い飛びながらその村のことを、その村に住まう者達のことを観察し始める。


 その村に住まう子供達が……暖かそうな服に包まれ、帽子の上にちょんと乗った毛玉を揺らす二人の子供が、弓を手に自らのことを見上げながら『美味しそうな鳥だ』なんてことを考えているとは夢にも思わないそれは……そのまま村の上空を舞い飛び続けるのだった。




 ――――イルク村の広場で ディアス



「……セナイ、アイハン、どうかしたのか?」


 宴の片付けを終わらせた翌日。

 広場でドラゴンの解体作業を見守っていると、セナイとアイハンが弓を手にてててっとこちらに駆けてきたかと思ったら、じぃっと空を見上げ始めて……一体どうしたのだろうかと私が声をかけると、セナイとアイハンは空を見上げたまま……空にいるらしい何かを目で追いながら言葉を返してくる。


「美味しそうな鳥がいる!」

「たぶん、たか! とってもおおきい!」


 その言葉を受けて私と、私の側にいた数人の犬人族達が空を見上げると……黒と茶と白交じりの、独特の模様の大きな翼を広げながら空を舞い飛ぶ鳥……かなり大きめの鷹の姿が視界に入る。


「おお……これはまた随分と大きな鷹だなぁ。

 ……ただ、あれ程の大きさとなると狩るのは難しいだろうなぁ、あの翼でもってかなり上の方を飛んでいるし、動きも速いのだろうし、大きい鷹はその分だけ賢いからなぁ。

 空を飛び回る鷹には餌か何かでおびき寄せるか、罠を仕掛けるという手がある訳だが……多分あの大きさだと、見破られてしまうだろうなぁ」


 手を額に当て日光を遮りながら空を見上げた私がそう言うと……それでも鷹のことを諦めきれないのか、セナイとアイハンは弓を手にもったまま、腰に下げた矢筒へと手を伸ばしたまま空を見上げ続ける。


 その様子を見て手伝ってやるべきかと悩む……が、私に出来ることはなさそうだと諦めて、鷹に関してはセナイとアイハンの好きにさせることにして、視線を広場へと戻す。


 ナルバントの指揮の下、解体作業は順調に進んでいて、ヒューバートの指揮の下、鬼人族との配分やカマロッツ達への支払いも進んでいて……どうやら今日中には大体の作業に片が付きそうだ。


 広場にドラゴンの死体があったままだと、野生のメーア達がどうしても怯えてしまうというか、落ち着かない様子を見せてくるので、早く片付いてくれるならそれに越したことはないだろう。


 片付けが終わったならエリーが帰ってくるまではまた狩りをする日々を送って、エリーが帰ってきたなら持ってきてくれるだろう品々の整理をして……春が来るまでやることが尽きないなぁと、そんなことを考えていると、ヒューバートとの折衝が終わったのか、カマロッツがこちらへとやってくる。


「ディアス様、フレイムドラゴンの魔石とその素材、確かにお預かりいたしました。

 エルダン様への報告の後、魔石は王都に送り、素材はエルダン様の判断の下、活用させて頂きます。

 素材のお礼に関しましては、エリー殿にお預けいたしますので、到着までお待ち頂ければと思います」


 やってくるなり、そう言葉をかけてくるカマロッツに私はこくりと頷いてから言葉を返す。


「ああ、エリーが帰ってくるのを楽しみに待つとするよ。

 ……それとわざわざここまで駆けつけてくれたこと、本当に助かったよ、ありがとう」


「い、いえいえ、準備に時間を掛けすぎてしまい、間に合わなかったこと、ただただ恥じ入るばかりです」


「結果として間に合わなかったのかもしれないが、いざという時に助けにきてくれる仲間がいるだけでもありがたいし、心強いものだからな……二度目になるが本当に助かったよ。

 もしエルダン達に何かあったらすぐ駆けつけるから、遠慮なく声をかけて欲しい」


「……はい、そう言って頂けてこちらとしてもありがたいばかりです。

 ディアス様のそのお言葉しかと胸に刻みこみ、エルダン様にもお伝えさせて頂きたいと思います」


 そう言って胸にそっと手を当てて、礼をするカマロッツ。


 それに返礼するための、ヒューバートに習った胸に手を当ててからしっかりと頷くという、領主としての礼をし、それからいくらかの言葉を交わし、春になったらこちらからエルダンの下に遊びに行くのも良いだろうし、エルダン達にもまた遊びに来て欲しいとそんな会話をしてから……そろそろ帰るというカマロッツ達を見送る為に村の外れまで足を進める。


 するとカマロッツの部下達が、ナルバントが急遽拵えた荷車への素材の積み込みと、馬の準備をすっかりと完了させていて……その年を感じさせない軽々とした仕草で馬の背に跨ったカマロッツは、再度の礼をしてから、東へと……森の方へと馬でもって駆けていく。


 その姿が見えなくなるまで見送り……見送ってから、村の方へと踵を返すと、


「ディアスー!!」

「つかまえたー!!」


 と、そんな声を上げながら笑顔のセナイとアイハンがこちらへと駆けてくる。


 その手には先程の鷹なのか、大きな鷹の足が、セナイとアイハンがそれぞれ片足ずつという形で握られていて……一体どうやって捕まえたのか、足を握られた鷹はそのクチバシを下に向けて大きく開きぐったりとしている。


 矢で射抜かれてしまったのか、ぐったりとしたまま動かない鷹の様子を見て私が、


「……今夜は鷹の丸焼きかな」


 と、そんなことを呟くと、その一言を聞きつけたのか、鷹の目がくわりと見開き、クチバシが大きく開かれて、


「オレは鷹じゃねぇよ!? っていうか丸焼きとか勘弁してくれよ!?」


 と、そんな声がそのクチバシから周囲へと放たれる。


 それを受けて私とセナイとアイハンと、私の側を離れずに控えていた犬人族達は異口同音に、


『喋った!?』


 と、そんな声を上げてしまうのだった。

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