第170話 サーヒィ


 空を飛ぶ鷹を物欲しげに見つめるセナイとアイハンを見て、気を利かせてくれたゾルグ達鬼人族が、その場に居た全員の魔力を使っての、広場を覆う隠蔽魔法を使ってくれたらしい。


 眼下にあったはずの何もかもが突然消失するというその現象を受けて、鷹が見せる反応は驚いて逃げるか、興味を抱いて近付いてくるかのどちらかなんだそうで……今回は一体何が起きたのだと、それまでそこにあったものは一体全体何処に行ってしまったのだと確認するために高度を下げてきたんだそうだ。


 そうしてそれを待ち構えていたゾルグ達によってばさりと革袋が被せられ、鷹は突然の襲撃に驚き、突然の暗闇に混乱し……トドメとばかりに革袋を揺さぶられたことで気を失ってしまったらしい。


『この大きさならメスなんだろうし、力も素早さも中々のもの……逃げずに確認しにきたってことは勇敢さも持ち合わせているようだ。

 大人の鷹を躾けるのは大変だが、それでも真面目に愛情をもって接してやればきっと良い狩り鷹になってくれるぞ』


 革袋を被せるというのは鷹狩の為の鷹……狩り鷹を手に入れる為の捕獲法なのだそうで、そんな言葉をかけながらゾルグはその革袋を、ゾルグにとっての姪であるセナイ達に手渡してくれたのだが……鷹狩が何であるかを知らないセナイ達は、その言葉の意味をしっかりと理解せずに、そんなことよりも、と良いお肉が手に入ったことを喜んでしまい……そうして獲れたてのお肉を見せるために私の方へと駆けてきて、その途中で革袋もそこら辺に置いてきてしまったんだそうだ。


「……ま、結果怪我もしてないから良いんだけどな。

 勇敢だとかどうとか、褒められたのも悪い気はしないし……狩りの腕を頼られるのも嬉しいもんなんだが……食べるとかなんとか、そういう悪い冗談は勘弁してくれよ、いや、本当に」


 喋ったということは亜人であり、流石に亜人を食べる訳にはいかないと慌てて解放すると、その鷹……いや、鷹人族か? は近くのユルトの屋根の上へと飛んで移動し、そこで乱れた羽根の手入れをしながら、そんなことを言ってくる。


「も、申し訳ない」


「ごめんなさい……」

「ごめんなさいー……」


 と、私とセナイとアイハンが謝罪の言葉を口にすると、鷹人族は「ふぅー」とため息を吐き出してから言葉を返してくる。


「いや、ま、オレも挨拶無しに縄張りの中に入り込んじまった訳だからな、さっきも言ったが怪我もなかったし、そこら辺に関してはお互い様ってことで良いよ。

 ……そんなことよりもだ、向こうで解体していたドラゴン……アレは一体誰が、どうやって狩ったんだ?」


「誰が……と言われると皆で、になるかな。

 この村の皆と、解体を手伝っていた鬼人族の皆で協力して……弓矢で射ったりワゴンってので突撃したりして……トドメは私になるかな

 ここにいるセナイとアイハンも弓矢での援護で活躍してくれていたな」


 と、右手でセナイの、左手でアイハンの頭を撫でてやりながら私がそう返すと、鷹人族はカッと目を見開き、その鋭い目でもって私達のことをじぃっと見つめてくる。


「……なるほどな……。

 ちなみにアレ以外でドラゴンを狩ったことは?」


「んー、亀とトンボ……いや、アースドラゴンとウィンドドラゴンを私とアルナー、私とゾルグの組み合わせで狩ったかな」


「あー、ナルホドナルホド、奴らが活発に動いている割に瘴気が広がってないのはそういう訳か……。

 そうかそうか……。で、そっちの嬢ちゃん達は、美味い肉が食いたいのか? 狩りがしたいのか?」


 よく分からないことを呟いた後にセナイとアイハンをじぃっと見つめた鷹人族がそう言ってきて……セナイとアイハンは戸惑いながらも『うん!』と同時に声を上げて、こくりと頷く。


「そうか! ならこのオレ様が嬢ちゃん達の狩り鷹になってやるよ!

 鷹人族の英雄サーヒィ様が力を貸してやれば、毎日腹いっぱい肉が食えて、あっという間に大きくなれるぞ!

 その代わりオレの寝床を用意するのと、今度ドラゴンを狩ることがあったらオレが参加するのを認めるのと……素材の一部を分け前としてくれることを確約してくれ」


 くいとクチバシを上げて、器用に翼を折り曲げて、ポーズを決めながらそう言うサーヒィと名乗った鷹人族にセナイとアイハンは『ほんと!?』と同時に声を上げて、笑顔を弾けさせる。


「あー……それはつまりこの村で暮らす……領民になるってことで良いのか?

 領民になってくれるなら寝床も、狩りの分け前も喜んで渡すが……」


 と、私が問いかけるとサーヒィは、ふわりと飛び上がり、私達の足元へと着地し……こちらを見上げながら言葉を返してくる。


「領民かぁ……。ま、そういうことになるかな。

 オレの一族には何の因果か、ドラゴンを狩れだとか、瘴気を許すなだとか、そんな家訓が残されていてな……ある年齢までに嫁取りが上手くいかないと、ドラゴンを狩ってこいってな名目で一族の巣を追い出されちまうんだよ……。

 追い出された所でオレ一人でドラゴンを狩れるかって言われると無理だしな? ドラゴンを狩れないことには巣に戻れないしな?

 そういう訳でオレは、オレと一緒にドラゴンを狩ってくれる勇者を探してたんだよ。

 三度も狩りに成功してるってならありがたい、オレも出来る限りのことはするからよ……オレの名誉の為、巣へ帰還する為、嫁取りの為にも素材の分け前、よろしく頼むよ」


 そう言ってサーヒィはすっとその翼を、まるで握手を求めているかのように差し出してくる。


 私とセナイ達はそれを受けてしゃがみ込み、順番にその翼の先端をそっと、軽く握る。


「で、アンタ達の名前は?」


 握手を終えるとサーヒィは首を傾げながらそう言ってきて、私達はようやくそこで名乗っていなかったことに気付いて、慌てて自己紹介をし……自己紹介を終えたなら、サーヒィをくいと曲げた腕の上に乗せて、村の皆に新しい領民だとサーヒィのことを紹介していく。


 既に鳩人族であるゲラントのことを知っているからか、イルク村の皆は特に驚くことなく笑顔でサーヒィのことを歓迎してくれて……広場のゾルグ達にもサーヒィを紹介し、事情を説明すると、ゾルグ達は大口を開けて愕然とし「まさか、そんな……」と、そんな言葉を口々に漏らし、わなわなと身体を震わせ始める。


「こ、言葉が通じる上に魂が青色で、こんなにも大きな身体をしたオスの鷹だと!? 

 そ、そんなのが手に入ったならどんなに狩りが楽になることか……!?」


 動揺する鬼人族を代表する形でゾルグがそんな声を上げると、サーヒィは半目となり、呆れ混じりの表情で言葉を返す。


「いや、鷹人だから、鷹じゃねーから、似てはいるが全く別の存在だからな?

 ……ここらの草原にはなるべく近寄るな、なんて噂を耳にしたことがあるが……もしかしてアレか、こいつらの縄張りだからか……」


 そう言ってサーヒィが大きなため息を吐き出すと、動揺から一転、目をギラつかせたゾルグ達がサーヒィに様々な言葉をかけ始める。


 やれうちに来たら出来の良い鷹用の目隠しを作ってやるだとか、足輪を作ってやるだとか、良い肉を食えるぞとか、そんな言葉を。


 真っ白な雪の世界で人はどうしても目立ってしまう。

 そんな中で獣を探すのも、狩るのも大変で……鷹がいたならその大変さをかなり緩和することが出来るらしい。


 その鷹と意思疎通が出来たなら狩りは更に、うんと楽になるだろうと……なんとも必死な様子で口説いてくるゾルグ達に対し、サーヒィは呆れ半分怯み半分といった様子で言葉を返す。


「お、オレはもう、この子達の狩り鷹だから!

 セナイとアイハンと組んだから! 他と組むつもりはねーよ!!

 ……お、おいぼれ共めぇ、ドラゴンや瘴気云々じゃなくてこいつらのことこそ言い伝えるべきだろうがぁ……」


 最後の方だけ小声になりながらそう呟いたサーヒィは、余程にゾルグ達の勢いが恐ろしいのか、その身を震わせながら、私の腕をその足でもってがっしりと掴んでくるのだった。

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