第168話 信頼


 ドラゴンが出たと知ったエルダンの指示により、援軍として強行軍で駆けつけてくれたカマロッツ。


 だが既に戦いは終わってしまっていて……結果として無駄足となってしまった訳だが、カマロッツは何はともあれ無事に終わったようで良かったと、フレイムドラゴン相手に命がけの戦いをしなくて済んで良かったと笑顔でそう言ってくれて……折角来たのだからと、解体の手伝いを申し出てくれた。


 その目には強い意思というか、確かな光が宿っていて……まるでもうこれ以上魔石は割らせないぞとでも言いたげなカマロッツに私は、


「た、助かるよ」


 と、そう返すことしかできず、そうして獣人達が参加しての解体作業が始まることになった。


 指示は変わらずナルバントが行い、力仕事が得意だという獣人達が物凄い勢いで頑張ってくれて……そうして順調に作業が進む中、フレイムドラゴンが出たと知って以来真っ青な顔をし続けていたヒューバートが、一段と賑やかになった皆の声に誘われたのか広場へとやってくる。


 広場にやってくるなり解体途中のフレイムドラゴンを見てぎょっとし、割られた魔石を見て更にぎょっとし……何故だか同情的な表情を浮かべるカマロッツがその側へと近づいていって、あれこれと会話をし始める。


 挨拶なのか、雑談なのか……少しの間そうしてから、いくらか顔色を良くしたヒューバートが片付けを進めている私の下へとやってきて、声をかけてくる。


「ディアス様、魔石の半分を陛下にお譲りになるそうで……大変よろしい考えかと思います。

 割ってしまったことに関しましては上手い言い訳が必要になるでしょうが、その忠臣の鑑と言える決断、自分としても賛成するばかりです。

 ただ一つ気になることがありまして……今回もまた隣領のマーハティ公に託し、陛下の下へと運んでもらうおつもりですか?」


「ん? ああ、そうだな。

 私が行く訳にもいかないし……他に行ける者もいないだろうし、エルダンに頼めるならそうしたい所だな」


 と、そう返すとヒューバートはこくりと頷き、真っ直ぐな目をこちらに返してから言葉を続けてくる。


「で、あればマーハティ公にもフレイムドラゴンの素材をいくらかお譲りすべきでではないでしょうか? 手間賃という訳ではないですが……相応のお礼はすべきでしょう。

 更にいくらかの素材と交換で、同価値の資材、家畜、食料を手に入れてはどうでしょうか?

 必要以上の素材を持っていても我が領ではその全てを活かしきれませんし、死蔵するよりかは、有効活用出来る品々と交換すべきでしょう。

 そうやって領内にドラゴン素材が流通するだけでもマーハティ公にとってはかなりの利となることでしょうし……お互いに利があり、友好関係を更に深める良い手かと愚考します」


「ん……そうだな。

 皆に意見を聞いてみて……特にドラゴンの素材であれこれと作ろうと考えているらしいナルバントにも話を聞いてみて、皆が賛成するならそれも良いかもな」


「……了解しました。

 では、自分が皆さんの意見を聞いてきましょう、同時にどんな内容の、どれだけの量の資材、家畜、食料が必要かも聞いてきますので……細かい調整は自分におまかせください。

 調整をした上で、その詳細を記した手紙を隣領にいるエリー殿に送り、本番の交渉に関してはエリー殿に任せたいと思います。

 それが終わりましたら、カマロッツ殿を厩舎の方へと連れていきまして、白ギーの出産に関する話をこの機に教わろうとも考えています」


「ああ、分かった。よろしく頼むよ」


 そこまで考えてくれているなら、やる気もあるようだし大丈夫だろうとそう返すと、ヒューバートは何処か嬉しそうに表情を緩めて力強く頷き、駆け足でイルク村の中を巡り始める。


 その後姿を見送った私は「ふーむ」と唸ってから独り言のつもりで呟く。


「……解体はナルバントがやってくれるし、交渉だとかはヒューバートと、向こうにいるエリーがやってくれるしで……なんだか私の仕事がどんどん減っていくな」


 するとそれを聞いていたらしいアルナーが、笑顔を見せながら声をかけてくる。


「良いことじゃないか。

 減ったら減った分だけディアスはディアスに出来ることを頑張ったら良いのだし……皆を信頼しているから任せたのだろう?」


「まぁ……そうだな。

 ナルバントもエリーもヒューバートも、信頼出来るだけの実力を持っているし、私がするよりも上手くやってくれるんだろうな。

 ……勿論アルナー達の料理の腕や、マヤ婆さん達の裁縫の腕……犬人族達やメーア達のことだって信頼しているからな」


 わざわざ言わなくても分かっているのだろうが、それでも言っておいた方が良いだろうと思ってアルナー達のことについても言及すると、アルナーは一段と良い笑顔となって……「ああ、分かっているとも」と、そう言って片付けに精を出し始める。


 きびきびとてきぱきと、凄まじい勢いでもって片付けを進めていくアルナーを見て私は、片付けくらい出来ないといよいよ何もすることがなってしまうなと、気合を入れ直して片付けに励むのだった。



 ――――マーハティ領 西部の街メラーンガルの領主屋敷 エリー



 ディアス達の下にカマロッツ達が到着した翌日。

 鳩人族達からの知らせがエルダンの下へと届き、その旨が屋敷の一室に滞在していたエリーへと伝えられ……それを受けてエリーは再度エルダンとの会談を行っていた。


 またあの庭で、二人きりで対面する形で、主な会談内容はフレイムドラゴンの素材に関してとなる。


「ヒューバートが概ね固めてくれているみたいですし、私としてもこの方向でよろしいかと思います。

 ……一定量の食料とか家畜とか、内容がざっくりとしている部分はこちらにいる私に任せてくれたってことなのでしょうし、ここら辺を詰めていければと思います。

 ……よろしいでしょうか?」


 そう言ってエリーは、その瞳をぎらつかせる。

 メーア布に関しては宣伝や普及などが目的だったこともあってそこまで激しい交渉を必要としなかったが、ドラゴンの素材は話が違う。


 二度と手に入らないかもしれない、狙ってどうこう出来る訳ではない希少品、天井知らずに値を上げられるかもしれない珍品。


 ここが腕の見せ所、商売人としての血が滾るエリーにとっての戦場。


 そんな事を考えて気合を入れるエリーの目を見て態度を見て、エルダンもまたその瞳をぎらつかせて応戦の構えを見せる。


「こちらとしても貴重な素材が手に入るのはありがたいこと、ぜひともこの機会に良いお話をできればと思っているであるの。

 ……ただしいくら温暖な地域であるとは言え冬は冬、食料、家畜などについては少しばかり高値となってしまうかもしれないであるの」


 目の前にいるのがディアスだったのなら、エルダンは交渉を……駆け引きをしようなどとは思わなかっただろう。

 ディアスが無防備なまでに向けてくる、全幅の信頼と友情に応える形での、好意をただ返すだけだったろう。


 だがしかし、今目の前にいるのはディアスではない。

 商売人の目をした、こちらを負かそうしてくる好敵手であり……ならばとエルダンもまた、気合を入れてどっしりと構える。


「……昨日一日暇でしたので、以前顔見知りとなった砂糖農家さんの所に話を聞きに行ったのですが、なんでも砂糖葦の絞りカスから紙を作るだけでなく、滋養のある家畜の餌としても活用しているのだとか。

 そのおかげでこの時期でもかなりの量の家畜が、お安く手に入るそうで……であれば冬であろうがなかろうが、いつものお値段で頂戴することも可能なのでは―――」


「―――いやいや、そうは言っても冬は冬であるの、それに魔石を陛下の下に届けるという大任のことを思えば―――」


「―――いえいえいえ、それについては十分はお礼をさせていただきますし、それよりもやはり私共としましては―――」


「―――いやいやいや―――」


「―――いえいえいえ―――」


 ……と、そんな風に白熱していった交渉は、中々決着することなく……決着するまで、全ての話が綺麗にまとまるまで、丸三日という時が必要となってしまうのだった。




 ――――数週間後の王都のある酒場で


 

 戦争が終わってそろそろ一年が経とうとする中、戦勝気分もようやく落ち着き、平和な時の中でそれぞれの営みが豊かになろうとしつつある王都の大衆酒場では、今日も今日とて様々な話題が飛び交っていた。


 そのほとんどが他愛のないもので、くだらないもので、わざわざ聞き耳を立てる価値も無いものばかりだったのだが……あるテーブルの話題だけは、二人の男達がかなりの声量で語り合うその話題だけは、酒場の誰もが聞き耳を立てたくなるような、刺激的な内容となっていた。


「聞いたか? あのディアスがまたドラゴンをやったってよ」


「へぇ、またか? そうなったらいよいよドラゴン殺しの異名が定着しそうだな」


「その上、今回もその魔石を陛下に送るとかでな……全く、英雄様はその忠誠心まで段違いでいらっしゃる。

 戦いの中で魔石を割ってしまって、その半分程が粉々になっちまったそうだが……まぁ、相手がドラゴンなら攻城兵器を使ったんだろうし、そういうこともあるだろうな」


「へぇー……確かディアスは公爵様だったか。

 ……これ以上出世しようがないとこまで出世しても、王に尽くすたぁ大したもんだな」


「大したもんすぎて、これから色々と大変なことになりそうだがな。

 ……ほら、殿下達の王位継承争い。

 ドラゴンの話を聞いた貴族達が、ディアスの存在がそれに影響するんじゃないかって話をし始めたようでな、ディアスを何処の派閥が取り込むかで流れが変わるんじゃないかって、そんな話が出ているんだとよ」


「……もうとっくにリチャード様で決まったものだと思ってたが、そんな話が出てきたのか」


「イザベル様もヘレナ様も女性だからな、男を取り込むったら……色々手がある訳だろ?

 ディアスってカードがあれば、義兄弟って噂のマーハティ公も味方に出来るかもしれねぇ。

 ……リチャード様優勢となって諦めかけていた二人としちゃぁ、狙い目なのかもしれねぇな」


「はは、英雄色を好むってか?

 ま、そういう戦いなら面白い酒の肴になってくれそうだし、そんな荒事にもならねぇんだろうし、なんでもない庶民の俺としちゃぁ大歓迎だな」


 そう言って笑い合い、一頻りに笑い合った男達はもう空となっている木製のコップを持ち上げ、乾杯だとばかりにぶつけ合い、その中身を飲み干そうとする。


「ちっ、なんだよ、いつのまに空になってたんだよ。

 おおい、もういっぱい頼む! 混ぜもの無しの、ちゃんと酔える酒を頼むぜ!」


 飲み干そうにもコップは空、盛大な舌打ちをして男の一人がそう言うと、洗い物をしていた酒場の主人が「あいよう!」とそう言って大きく頷く。


 そうして洗いたてのコップの水を切り、酒場の隅に積み上げられている酒樽の方へと歩いていった主人は……まるでその酒樽が人であるかのように、口を開き語りかける。


「もう庶民にまで噂が広がってるのか……ギルドの調べとも一致するし、どうやら今回の噂は本物のようだな。

 ……アイサとイーライの報告じゃぁアイツは若妻と仲良くやってるようだし……あの堅物のことだ、まさか王女と結婚なんてことにはならねぇだろうが……。

 ……いや、ならねぇからこそ、王女の誘いをすっぱりと断る可能性があるからこそ厄介なことになるかもしれねぇ。

 場合によっちゃぁギルドも動くことになるかもしれねぇ……今のうちから貴族達の動きに目を光らせるとしよう」


 その言葉を受けて、酒樽の裏で何かがごそごそと動き……それを受けて頷いた主人は、コップに酒をなみなみと注いで、揺らしながら件のテーブルへと持っていく。


「あいよ! おまたせ!」


 そう言ってコップをテーブルの上にどんと置いた筋骨隆々、金髪金髭の偉丈夫といった様子の主人は、二人に向けて良い噂を聞かせてありがとうよ、とでも言いたげな良い笑顔を向けるのだった。


 


  ・第六章リザルト



 領民【125人】 → 【129人】

 内訳 ナルバント サナト オーミュン ヒューバート



 ディアスは【洞人のお守り】を手に入れた。

 ディアスは【地機織り機】を手に入れた、メーア布の生産力が向上した。

 イルク村に施設【魔石炉】が出来上がった。

 ディアスは【トレント】の討伐に成功し、素材を手に入れた。

 ディアスは【フレイムドラゴン】の討伐に成功し、素材を手に入れた。

隣領にてその素材を手放し、様々な資材食料を得ようと交渉中だ。


 現在イルク村には18頭の野生の【メーア】が滞在中だ。


 冬はまだ半ば……春までもう少しかかるだろう。

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