第167話 戦いを終えて


 倒したフレイムドラゴンをイルク村まで運ぼうとなって、あの巨体だ、アースドラゴンの時のように苦労するだろうと思っていたのだが……実際に運んでみるとそんなことはなく、数頭の馬と犬人族達とで簡単に運べてしまう程にフレイムドラゴンの体は軽かった。


 戦っている時は、驚く程に力強くどっしりとした印象があり、そんな感じは全くしなかったのだが……ナルバント曰く、空を飛んでいるのだから重いはずがないだろうとのことで、大地をのっしのっしと踏みしめるアースドラゴンとはそもそも、体の造りが根本から違う存在であるらしい。


 どちらかと言うとフレイムドラゴンはウィンドドラゴンに似た体の作りをしているんだそうで……あの凄まじい力と重量感は瘴気の力で作り出されたものだったらしい。


 そういう訳でフレイムドラゴンの運搬は思っていた以上にあっさりと、短時間で終わり……そうして広場に運び込んでの解体作業が開始となった。


 解体の指揮を執るのはナルバント、サナトとオーミュン。

 何人かの犬人族達と鬼人族達が手伝う形で作業が行われて……私はその様子を見守りながら、広場の隅に置かれた木の台の上に腰掛けて、アルナーによる手当てを受けていた。


「ナルバントの言う通り、軽傷だな。

 痛みはするだろうが痕は残らないだろうし、腫れたり膿んだりといった悪化することもないだろう。

 という訳で今回は、痛み止めだけにしておこう」


 台の上に投げ出した両脚を見てそう言ったアルナーは、刈り取って洗っただけの状態のメーア毛を用意し……そこに何か軟膏のようなものを塗り込んでいく。


「これは馬油だ。

 馬の油は顔に塗れば肌艶がよくなり、髪に塗れば美しく滑らかになり、肌荒れや手荒れも綺麗にしてくれるものなんだが、火傷やちょっとした切り傷に塗ってやると痛み止めにもなる優れものでな……ただ痛みを止めるだけじゃなくて治りも早くなるし、痕が残るような火傷でもその痕を小さく目立たなくしてくれるしで、下手な薬草より薬効があるとされているんだ。

 これをメーア毛に塗って、塗ったメーア毛をこんな風に貼り付けてやって……こうして清潔な布と布紐でしっかりと固定してやれば、数回呼吸する間に痛みがおさまるはずだ」


 と、そう言いながらアルナーは、馬油を塗ったメーア毛を私の脚にあてて、油を伸ばすかのようにグイグイと動かし……十分に馬油を広げてからメーア毛の上に布を当てて、ぐるりと私の脚を覆う形で巻きつけて、紐でもって縛ってしっかりと固定する。


 両脚にその手当てが行われると、嘘のように痛みが引いていって……小さな痛みがいくらか残っているものの、全く気にならない程度のものとなってくれる。


「おお、本当に痛みが引いていくな……まさかこんなに早く効くとは思わなかったよ。

 ありがとうアルナー、助かったよ」


 と、私が礼を言うとアルナーは、柔らかな笑顔を見せてくれて……馬油の入った壺やらを抱えて、手当てが終わったなら宴の準備だと、竈場の方へと去っていく。


 その後ろを見送りながら、脚を撫でて……これなら私も解体作業を手伝えそうだなと、そんなことを考えていると、馬の世話やら何やらで忙しそうにしていたゾルグが、私の手当てが終わったのを見るなりこちらへと駆け寄ってくる。


「手当ては無事に終わったようだな。なら今度はこっちの……分け前の話だ」


 とのゾルグの言葉に私は頷いて言葉を返す。


「ああ、その件なら解体作業が始まる前に代表者の皆としっかり話し合っておいたぞ。

 ……イルク村と鬼人族の村で山分けってことでどうだろうか?」


 見回りをしていた犬人族が空を舞い飛ぶフレイムドラゴンを見つけて、慌ててイルク村へと駆け戻ってきて、すぐに対処しようとなって……本物のドラゴンを相手にするならば、昔話にならって出来るだけの戦力を集めた方が良いだろうと考えた私が鬼人族達に援軍を依頼すると、鬼人族達はすぐ様支度を整えて、出来る限りの戦力でもって駆けつけてくれた。


 分け前をどうするかなどの話は一切せず、兎に角準備の方を急いで、どこで戦うのか、どう戦うのか、どう連携するのかの話し合いに注力してくれて……。


 そうして無事にフレイムドラゴンを討伐できたとなったら、あれこれと揉める心配のない山分けが一番だろう。

 ……と、私達はそう考えていたのだが、どうやらゾルグ達の考えは違ったようでゾルグは苦笑しながら首を左右に振ってから、言葉を返してくる。


「お前ならもしかしたらと思っていたが、まさか本当に山分けを提案してくるとはなぁ……。

 あー……その、なんだ、俺達の方でも色々と話し合ってみたんだがな、命がけで突撃したこと、炎の中に突っ込んでいったこと、トドメを刺したこと……そこら辺のことを考えると、いくらそっちがくれてやるって言った所で半分は受け取れねぇよ。

 借りを作りすぎて返せなくなるのもお互いにとって良くないだろうしな、3割も貰えたらそれで十分だ」


「……良いのか?

 いくら隠蔽魔法があったといっても、ゾルグ達だってあの火炎を食らうかもしれなかったのだし……私達は借りがどうのとかは全く考えていないぞ?」


「そっちが考えていなくたってこっちは考えるんだよ。

 そもそもお前らがいなけりゃぁあのフレイムドラゴンは倒せなかっただろうし、倒せなかったらこの草原は荒らされてたんだろうし……そこらでぽかんとドラゴンの解体作業を見ている野生のメーア達にもどれだけの被害が出たことか。

 そのことを思えば胸張って貰える3割で十分……他の連中も分け前よりも、被害なくフレイムドラゴンって脅威を討てたってことの方が大事だとよ。

 ……ちなみに解体作業を手伝った分の報酬はまた別の話だからな? 

 あの大きさだ、2・3日はかかるんだろうし、それなりの飯と報酬は用意してくれよ」


 と、そう言ってゾルグはぎこちない笑顔を見せてきて……すぐさまに解体作業に勤しむ鬼人族達のことを見やる。


 それを受けて私が「分かった、ありがとうな」と礼を言うとゾルグは、何も言わずに、どうしてだか慌てた様子で解体現場の方へと駆け出すのだった。



 

 翌日。

 

 広場での解体作業が順調に進み、フレイムドラゴンの胸が切り開かれ、大きな……アースドラゴンのよりも大きな魔石が顔を出し……ナルバント達が上げた大歓声が周囲に響き渡る。


 鬼人族達にとっても魔石は鍛冶などに使う良い燃料らしいのだが、鬼人族的には魔石よりも爪や牙といった素材の方に価値を見出しているようで、主に大歓声を上げているのはナルバントとオーミュンとサナトと……その声につられてなんとなしに遠吠えをしている犬人族だけだ。


「まぁ……鬼人族が魔石を必要としていないっていうのは、ありがたい話だよな。

 一つしかないアレを分けるとなったら、確実に揉めてしまうだろうし……」


 昨日の、冬だということもあってささやかに行われた宴の片付けをしながら私がそう言うと、側で片付けをしていたアルナーが言葉を返してくる。


「……そうか?

 分ける必要があるなら割ってしまえば良いだけのことだし……そんなに深刻な話ではないだろう?」


「あー……そうか、割ってしまえば良かったのか。

 なんだか貴重なものらしいアレを、割ってしまうという発想はなかったな」


「私達にとってはドラゴンのものだろうが何だろうが、魔石は魔石だからな。

 ……貴重と言えば今回はディアス達の王にアレを贈らなくて良いのか?

 小粒だったウィンドドラゴンの時と違って今回のはアースドラゴン以上の大物だ。

 贈れば色々と……前回以上の恩恵が貰えるんじゃないか?」


 アルナーのそんな言葉を受けて「あー……」と声を上げた私は、眉間にしわを寄せて考え込む。


 アースドラゴンの魔石に関しては、深く考えずにエルダンに譲ろうとして、それが紆余曲折を経て王様の下へと贈られることになったというだけのことで、恩恵だとか報酬だとか、そういうことを考えてのことではなかった。


 だが、その結果得られた恩恵はかなりのもので……その恩恵があればこそ、今の鬼人族との関係があるとも言える訳で……。


 もう一度あの恩恵と言うよりも、そのお礼を……王様へのお礼をすべきではないのかと考えた私は、眉間のしわを更に深くしながら頭を抱える。


 ナルバント達のあの喜び様を見れば今更魔石を王様に贈りたいとは言えず、かといって他に何か、王様へのお礼に相応しい品も思いつかず……。


 どうしたものかと、うんうんと声を上げながら悩んでいると、


「そんな風に悩むくらいなら相談したら良い」


 と、そんな言葉を口にしたアルナーが、ナルバント達の下へと向かい、ナルバント達に何かを告げる。


 するとナルバント達は大きく頷いて……「任せておけ」とでも言いたげな笑顔をこちらに見せてきて、大きな声を上げてくる。


「坊! 王に忠誠を捧げようとするお前の気持ちわからんでもない!

 惜しい気持ちがないでもないが、オラ共の魔石炉にはこれの半分もあれば十分だからのう! 半分は王に贈ってやると良いのう!」


 そう声を上げるなりナルバントは、解体に使っていた手斧を振るい……フレイムドラゴンの体から取り出したばかりの魔石を、両手で抱える程の大きさのそれを、横一閃に真っ二つにしてしまう。


 まさかいきなり真っ二つにするとは、決断が早いなぁと苦笑しながらその光景を眺めていると……突然、


「ぬぉぉぉぉぉぉ!?」


 と、何処かで聞いた声での悲鳴が響き聞こえてくる。


 この声はまさか……と、そんなことを考えながら声がしてきた方へと視線をやると、そこには何人かの重武装の獣人を連れた、これまた重武装のカマロッツの姿があり……カマロッツは何か信じられない物を見たかのように、とんでもない光景を目にしたかのように、顎が外れてしまうのではないかというくらいに大口を開けて愕然とし……、


「こ、国宝級の魔石が……!?」


 と、大口をどうにか動かし、そんなことを言ってから……膝から崩れ落ちてしまうのだった。 

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