第166話 決戦 フレイムドラゴン その3


 ドラゴンらしいまさかの再生力に感嘆し……感嘆してばかりもいられないなと戦斧を振るい、再生したばかりの腹に一撃を入れた私は、


「クラウス、犬人族達を頼む!」


 と、大きな声を上げてから、クラウスとの連携を捨てて一人で戦う為の構えを取る。


 先程ソリから切り離された犬人族達は、フレイムドラゴンの周囲で威嚇の吠え声を上げながらドラゴンに噛みつこうと機会を伺っているのだが……この再生力を考慮すると、噛みつけたとしても効果は薄いだろう。


 ドラゴンの暴れっぷりを見るに無事に噛みつけるかも怪しい所で……彼らが行動を起こす前にクラウスに統率してもらおうと考えてのその一言は、短いながらもしっかりとクラウスに伝わり……クラウスは犬人族達の名を呼びながら駆け出し、一旦ドラゴンの側を離れる。


 ドラゴンにふっとばされ、再度の突撃をしようとしていたナルバントとサナトも、何か思う所があったのかそれに続く形で離れていって……私が一人でドラゴンと相対している所に、何処からか放たれた矢が次々に降り注ぐ。


 私に当たってしまわないよう、ドラゴンの背中や翼や尻尾を狙っているらしいその矢は、そのほとんどが弾かれてしまっているものの、一部はしっかりとドラゴンの体を貫いているようで……ドラゴンの口から怒りの感情が混じった悲鳴のような声がほとばしる。


 ゴァギャァァァァァ!!


 そんな悲鳴を上げたドラゴンは戦斧を振り続ける私を一睨みした後に、周囲に視線を巡らせ……隠蔽魔法で潜んでいる鬼人族達をどうにか見つけようとするが……どんなに睨んでも、どんなに周囲に視線を巡らせても見つけることが出来ないのだろう、苛立ちを募らせていって……苛立ちがそうさせるのかその瞳が真っ赤な光を纏い始める。


 ―――ガァガァガァァァァ!!!


 散々悲鳴を撒き散らした後に、何故見つけられないのだと、一体連中は何処にるのだとの怒りの感情をたっぷりと込めた咆哮を周囲に撒き散らしたドラゴンは……血のように真っ赤に染まった瞳で私のことを睨んできて、八つ当たりと言わんばかりに力任せに翼を振るい、私を打ち払おうとしてくる。


 避けるべきか、受けるべきか……ほんの数瞬だけ悩んだ私は、戦斧を全力で振るって凄まじい勢いで迫ってくる翼を切り払う。


 するとドラゴンは何度も何度も、どうにかして私を叩きつけてやろうと両翼を振るってきて、私は翼が迫ってくる度に戦斧で迎撃し……そうしながら隙を見ては、炎を吐かれるのだけは防ぐ必要があるだろうとその腹に戦斧を叩き込む。


 ドラゴンが暴れたせいかえぐれて剥き出しになった地面の上に、大股を開いてどっしりと構えて、息を止めてあらん限りの力を込めて戦斧を振るい続け……戦斧を振るう度に回復していくドラゴンの身体に刻まれた傷のことをじぃっと睨みつける。


 再生力に優れているとはいえ痛いはずだ、血も体力も無限ではないはずだ。


 いつかはこの再生力も落ちているはずだと信じて戦斧を振るい続けるが……再生力が落ちることはなく……そうこうするうちに私の体力の方が先に限界に近づき、胸がそろそろ呼吸をしろと痛みでもって訴えてくる。


 今息を吸ってしまうとどうしても攻撃の速度が落ちてしまう。込める力が弱まってしまう。

 どうしたものか……と、痛みに耐えながら戦斧を振るっていると、私の動きが鈍ったのを感じ取ったのか、ドラゴンが今まで以上の勢いでもってその両翼を振るってくる。


 それを受けて私は右の翼をどうにか切り払うも、左の翼には間に合わず……仕方無しに地面を転げる形での回避を試みる。


 そうしてどうにか迫ってくる翼を回避した私は、もう限界だと溜め込んでいた息を吐きだし、新鮮な空気を胸にいっぱい吸い込んで……地面に両膝を突いてしまっているというどうしようもない体勢で、どうしようもない大きな隙を作ってしまう。


 立ち上がるにも戦斧を振るうにも、再度転げるにしてもそれなりの間が必要で……次の攻撃はどうやら受けるしかないようだと覚悟を決めていると、ドラゴンの左右から鋭い声が響いてくる。


「地に落ちたドラゴンのなんと醜いことか!」


「俺はここだぞ! 蜥蜴もどき!!」


 右からアルナー、左からゾルグの声が響いてきて二本の矢が飛んできて……その矢を鱗でもって弾いたドラゴンの瞳がぎょろりと動き、右目が右側を、左目が左側を見やり……そうして念願の獲物を見つけられたことが余程に嬉しいのだろう、棘に覆われた頬がまるで笑顔を浮かべているかのようにぐねりと歪む。


 その状況を受けて私は、どうやらアルナーとゾルグが私の為にあえて姿をドラゴンに見せたようだと察し、急いで立ち上がり……態勢を整えるために後方に大きく飛び退く。


 そうしてから呼吸を整え、戦斧を構え直し……ドラゴンの方を見やる。


 未だにドラゴンは笑みを浮かべながら左右を見やりながら、右の獲物から襲うか、左の獲物から襲うかと、そんな贅沢な悩みに没頭しているようで……その隙を咎めるかのように、私の背後から二つの風切り音が響いてきて、ドラゴンの両目をほぼ同時に二本の矢が貫く。


 ガァァァァァァァァ!?


 凄まじい悲鳴が上がり、その大きな口が開け放たれ……私の背後から次々と数え切れない程の風切り音が放たれる。


 いつのまに私の背後に移動していたのやら、鬼人族達が放った矢はドラゴンの口の中を目掛けて飛び込んでいき、鱗や甲殻に守られていないそこに次々に突き刺さる。


 ドラゴンがその痛みに悶える中、更にドラゴンの背後からその両翼を貫通する形で二本の矢が飛んできて……それらが私の足元にストンと突き刺さる。


 特に理由があった訳ではないが、なんとなしにそれがセナイとアイハンが放った矢であると察した私は……このままではセナイとアイハンに良い所を持っていかれてしまうなと小さく笑い、気合を入れ直し……再度の攻撃を仕掛ける為にドラゴンの方へと駆け出そうとする。


 ―――と、その時、何処からか太く響く大きな声が響いてくる。


「さっきはようもやってくれたのぉぉぉ!!」


「これでも食らいやがれぇぇぇ!!」


 それはナルバントとサナトの声だった。


 声のする方へと視線をやれば、そこには雪上を滑り進むメーアワゴンの姿があり……ナルバントとサナトが乗っているらしいそれを、クラウスと犬人族達が全力で引くなり押すなりしている。


 まさか3台目まで用意していたとは……と、私が驚く中、先程のように犬人族とワゴンを繋ぐロープが絶たれて……その勢いのままワゴンがドラゴンの脇腹へとぶち当たる。


 作りが悪かったのか勢いが凄まじかったのか、その衝撃でワゴンが砕けて、中からナルバントとサナトが飛び出してそのままドラゴンに襲いかかり……更にワゴンを押しながら駆けていたクラウスまでがドラゴンに襲いかかる。


 ワゴンの直撃と、三人の容赦のない攻撃を受けてバランスを失ったドラゴンが横に倒れたのを見て……私はすぐ様に駆け出す。


 今ならドラゴンの首を断てる、首を断ってしまえば再生も何もないはず。


 駆け出し、戦斧を肩に担ぎ、力を込めて、その勢いのまま振るってやると首に狙いをつけていると……地面に倒れ伏したままのドラゴンの口から炎が吐き出される。


 狙いも何も無く吐き出された炎は凄まじい勢いでもって周囲にばらまかれ……私はそれに構うことなく駆け進む。


 多少の火傷は覚悟の上、この好機を逃せるものかと突き進んでいって……そうして私は炎の中ドラゴンの首に戦斧の刃を叩きつける。


 一度では断てなかった。

 ならばと二度三度と叩きつけ、同じ所を狙って何度も叩きつけ……その首から凄まじい悲鳴……断末魔と凄まじい熱が放たれる中、ざくりと確かな手応えでもってフレイムドラゴンの首を断つ。


 ごろんと転がった首は凄まじい表情を浮かべたまま活力を失い、身体の方も軽く痙攣はしているものの、それ以上の動きは見せてこない。


 勝てたか……と、息を吐きだしていると、倒れたドラゴンの上に立っていたナルバントとサナトが何故だか私の方に突っ込んできて……二人がかり私を抱えあげて駆け出し、ドラゴンとその周囲でくすぶる炎から距離を取り……私を雪の中に突っ込む。


 そうして周囲の雪をかき集めて私の脚にばさばさとかけてくる二人。


 それを受けてようやく私は、ナルバント達が私の為に……ドラゴンの炎を受けて燃えてしまっていた私の脚の為にそうしてくれていたのだと気付いて、慌てて上半身を起こし自らの状態を確認する。


 熱さはない、痛みもない。

 脚にかかった雪とボロボロになった毛皮を取り払い、脚の状態を確認してみるが……異常らしい異常はないようだ。


「……やれやれまったく。

 溶けた雪やらでぬかるんだ泥の中を転げたのが良かったようじゃのう、熱をある程度遮断してくれていたようじゃ。

 ……これであれば重症にはなるまいて」


 その言葉を受けて私は安堵しかけるが……最後の一言が引っかかり、首を傾げる。


 するとナルバントはニヤリと笑い、その髭を撫でながら言葉を続けてくる。


「傍目には綺麗に見えるじゃろうが、この肌の感じ……しっかりと火傷はしておるからな。

 後から腫れてくるじゃろうし、それなりに痛みもするじゃろうが……ま、この程度の火傷でドラゴンをやれたんじゃ、安いものだと思って受け入れるんじゃな」


 その言葉を受けて私は……じわじわとしくしくと伝わってき始めた痛みを感じながらがくりと項垂れる。


 項垂れて大きなため息を吐き出した私は……まぁ、仕方ないかとその痛みを受け入れて、こちらに向かって駆けてくる皆に向かって「私は無事だ!」とそう声を上げながら、手を振るのだった。

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