第165話 決戦 フレイムドラゴン その1


「良いかお前達……フレイムドラゴンの炎は、その名が示す通り他のドラゴンとは一線を画すからのう。

 絶対に食らうんじゃぁないぞ、何よりも回避が最優先……奴が炎を吐き出している間は、熱に強いオラ共に任せておけば良いからのう」


 そう言いながらナルバントが、ソレと犬人族達が身につけている馬具のような装備をロープで繋ぎ……繋いだ犬人族達に、火を防ぐという薬草の汁を染み込ませた毛皮を被せてやる。


「……ここに来る前にも話してやったが、改めて流れを確認しておくぞ。

 まずはお前達がオラ共が乗り込んだコレを引いて駆け出し、ある程度勢いがついたならオラ共の方でロープを切り離す。

 そうしたならお前達はすぐさまに逃げて、とにかく奴から距離を取れば良い。

 オラ共はコレに乗ったままその勢いのまま奴に突撃し……奴に張り付き、攻撃を繰り返して注意を引いてやるからのう。

 その間にディアス坊とクラウス坊とで駆け寄って攻撃を仕掛け、奴の喉か腹に大きな傷を負わせるんじゃ。

 喉か腹に大きなダメージがあれば奴も炎は吐けんからのう……翼と炎を奪ってしまえば、後は大蜥蜴を相手にしているようなもんじゃ、そうなったら全員で攻撃をしかけてトドメという訳だのう」


 ナルバントのその言葉に、私を含めた一同が頷くと、斧を手にしたナルバントとサナトは用意したそれに……ソリ足のついた大きな箱といった形のソレらに、のそのそと乗り込んでいく。


 基本的な作りとしては何人かで乗り込む事ができる程の大きな木箱で、箱の左右に穴が開けられていて、そこから弓を放ったり投石したりすることが出来て……屋根や前面には炎を防ぐ為にと、何枚もの鞣した黒ギーの皮が張り付けられている。


 その皮にも薬草の汁が練り込まれていて……元々火に強いのもあって、短時間であればフレイムドラゴンの炎をも防ぐことが出来るらしい。


 ソリ足にはたっぷりとロウが塗ってあり、滑りを良くして速度が乗りやすいようにしていて……そしてその箱の前面からは、メーアの頭を模した鉄製の大きな鎚のようなものが突き出ている。


 ナルバント曰く『メーアワゴン』。


 馬や犬人族に牽かせることの出来る造りになっているそれは、人や武器を戦場に運搬するだけでなく、ワゴンの中から攻撃したり、ワゴンそのもので突撃したり、数を揃えて並べたなら即席の陣地にもなってくれるらしい。



 草原が戦場になるような事態が起きた際に、きっと役に立つだろうと考えて作ったものらしいが……まさかそれでドラゴンに突撃することになるとはなぁ。


 ナルバントとサナト、それぞれが一台のメーアワゴンに乗り、二台同時の突撃を仕掛け……私とクラウスはその後ろから、ワゴンを盾にする形で駆け進むことになる。


 ちなみに私は以前エリーが作ってくれた、あの山賊のような毛皮に薬草の汁を染み込ませたものや、手足に巻きつける形で黒ギー皮を身につけていて、クラウスも薬草の汁を染み込ませた大きな毛皮をマントのようにして身につけている。



 そうしておけば、ほんの一瞬だがドラゴンの炎を防いでくれるそうで……いざ炎を吐かれてしまった場合は、その一瞬の間に避けるなり、距離を取るなりしないと……丸焦げになってしまうそうだ。


「なんのなんの、この作戦が上手く行けば坊達が炎にやられるなんてことはないからのう。そんな深刻そうな顔をする必要はないのう。

 いざとなれば嬢ちゃん達からの援護もあるだろうし……隠蔽魔法で隠れながら逃げて仕切り直すという手もある。

 失敗を恐れるよりも、成功させてやるぞと意気込んで……作戦が成功した後の、素材の使い途でも考えておれば良い。

 ……あれは中々活きが良さそうだからのう、良い素材と魔石が手に入るに違いないわい」


 私やクラウス、犬人族達の顔をワゴンの窓から覗き込んでそう言ってくるナルバント。


 その言葉に私達がこくりと頷くと、ワゴンの中のナルバント達も頷いてくれて……そうして作戦が開始となる。


「ウォォォォォン!!」


 隠蔽魔法を使って逃げ回りながら、フレイムドラゴンに攻撃してくれていたアルナー達と鬼人族達に向けた遠吠えが響き渡り……犬人族達が一斉にフレイムドラゴン目掛けて駆け出す。


 戦斧とアースドラゴンの槍を構えた私とクラウスは腰を低くし、雪をかき分けながらそれを追いかけていって……そんな私達を圧倒的な速度で引き離していくワゴンの存在に気付いたらしいフレイムドラゴンが、こちらにその頭を向けてくる。


 そうしてこちらを見るなりその瞳を……棘に覆われた瞳をくわりと見開き、驚愕の感情を剥き出しにするフレイムドラゴン。


 その瞳は犬人族達よりもワゴンよりも、その前方に突き出したメーア頭の鎚に向けられていて……重量の関係でそこだけが鉄製となった、どういう訳だかメーアの満面の笑みを模して作られたその顔が……どうにも不可解だと、それが一体どういう物なのか全くもって理解が出来ないと、フレイムドラゴンはそんな表情をし始める。


 そうこうするうちにワゴンは加速していき、フレイムドラゴンとの距離を縮めていって……ワゴンの中から伸びてきたナルバント達の手がナイフを振るい……何度も何度も振るい、ロープがバツンと切断される。


「うぉん!!」


 先頭を駆ける犬人族が声を上げて、それを合図に犬人族達が左右に散って、ワゴンだけがそのまま真っ直ぐに突進し……尚も驚愕の表情を浮かべているフレイムドラゴンは、慌てた様子でぐろぐろと喉の奥を唸らせて炎を吐き出し、ワゴンへと浴びせかける。


 圧倒的な熱量が広範囲に広がり、ワゴンを包み込み……それでもワゴンは直進していって、サナトのワゴンがドラゴンの左足に、ナルバントのワゴンがドラゴンの腹に体当たりを成功させる。


 ゴガァァァァァァァ!


 鉄製のメーアの笑顔がめり込み、ドラゴンの悲鳴……というか、怒りの声が周囲に響き渡る。


 響き渡る中、ワゴンの蓋が開け放たれ、斧を構えたナルバントとサナトが飛び出し、フレイムドラゴンに全力で持って斬りかかる……が、ドラゴンの鱗が余程に硬いのか、その斧はなんともあっさりと弾かれてしまう。


 それでも諦めずにナルバント達は何度も何度も斧を振るい……ドラゴンはしつこく何度も攻撃してくるナルバント達を蹴飛ばそうとしたり、喉の奥を唸らせて炎を浴びせかけようとしたりする……が、ワゴンの直撃が効いているのか上手くいかず……脚は上手く上がらず、炎を吐き出すことも出来ない。


 そしてナルバント達はそうしたドラゴンの動きを気にした様子もなく、攻撃を食らっても良い、炎を食らっても構わないと言わんばかりの態度で攻撃をし続ける。


 そんな中ようやくフレイムドラゴンの眼前まで駆け寄った私とクラウスは……その大きさを改めて認識し、ほんの僅かだが動きをにぶらせてしまう。


 私二人分か、それよりも大きいか……とにかく強大で、禍々しい見た目のせいか凄まじいまでの圧迫感がある。


 ただ強大なだけでなく、身にまとっている熱量も凄まじく、冬だというのに周囲は真夏のようで、その牙と爪の鋭さもあって怯んでしまいそうになる……が、目の前で奮闘しているナルバント達の為にも、力を貸してくれている鬼人族達の為にも、イルク村の皆の為にも……恐怖に震えているだろう野生のメーア達の為にも怯んではいられないと、渾身の力を込めて足を前へと踏み出して……戦斧を力任せに振り上げる。


 私達がまず狙うのはドラゴンの腹だ、兎に角腹を叩いて炎を封じなければ。

 炎さえ封じてしまえばアルナー達が、ゾルグ達が、犬人族達が駆けつけてくれる。


 そんなことを考えてありったけの力を込めて、これでも食らえと気合を込めて、甲殻のようなものに覆われたその腹に戦斧を叩きつける。


「……なんだ、アースドラゴン程の硬さは無いのか」


 戦斧が見事なまでにフレイムドラゴンの甲殻を叩き割り、フレイムドラゴンの怒号が周囲に響き渡る中……私の口からそんな言葉が思わず漏れる。


 直後クラウスが放った槍での突きが、割れた甲殻の奥へ深々と突き刺さり……二度三度と突き立てられて……私もそれに倣おうと何度も、何度も何度も何度もフレイムドラゴンの腹に戦斧を叩きつける。


 そうする度に甲殻が割れて、割れる度にドラゴンの怒号が強くなっていって……割れた部分にクラウスの槍が何度も何度も突き刺さり……血しぶきが周囲に飛び散る。


「坊にかかればフレイムドラゴンもまるでとろけたチーズのようじゃのう!!

 硬さで言えばアースドラゴンと大差ないはずなんじゃがのう!!!」


 フレイムドラゴンの両脇に……サナトは左脚、ナルバントは右脚といった形で回り込んで、斧を振るい続けるナルバントからそんな大声が上がる。


「いや、アースドラゴンの方が何倍も何十倍も硬かったぞ!!」


 負けじと大声でそう返しながら私が戦斧を振るっていると、フレイムドラゴンがその大顎を大きく開け放ち、私達に噛みつこうと……一口に飲み込んでやろうと、襲いかかってくる。


 その攻撃を受けて私とクラウスは大きく飛び退いて大顎を回避し、回避しながら戦斧と槍を振るい、その顔や顎を目掛けての攻撃を放つ。


 そうした攻撃を受けながらもドラゴンは、兎に角私達を噛み砕いてやらねば気がすまないらしく、何度も何度も……防御も回避もしようとせずにただただ噛みつこうとしてきて……私とクラウスはその攻撃をどうにかこうにか回避し、回避しながら連携しての攻撃を放つ。


 同時にではなく交互に、隙を作らないようにタイミングを見計らって、お互いの邪魔をしないようにとも気を使って、昔のことを思い出しながら何度も何度も。


 クラウスの動きは完全に戦争の頃のそれとは違っていた。

 力強さと素早さを以前とは比べ物にならない程に増していて、かなりの成長をしていることが見て取れる。


 そんなクラウスを見てこれは負けてはいられないなと……クラウスの足手まといにはならないようにしないといけないなと力を込めると、身体がそれに応えるように動いてくれて、自分でも驚くような素早い、鋭い動きを取ることが出来る。


 力を込めたら込めただけで、痛みも軋みも無く自由自在といった様子で動いてくれて……若い頃でもこんなには動けなかったぞと、驚いていると……動かなくなったはずのドラゴンの翼が、両腕の代わりに生えているそれが、グググと持ち上がり……凄まじい速度で振るわれる。


「ナルバント!! サナト!!」


 思わず叫んでしまう。

 その翼は両脇に立つ二人を狙っていて……その直撃を受けてしまった二人が凄まじい勢いでもって吹っ飛んでいく。


 吹っ飛び転がり、凄まじい音と共に雪の中へと突っ込んで……、


「やってくれたのう!!」


「いってぇなぁ、この野郎!!」


 と、ナルバントとサナトから力を失っていない、なんとも元気な声が放たれる。


 その声を受けて良かった、兎に角二人は無事のようだと、安堵していると……今度はクラウスから、


「ディアス様!! ど、ドラゴンの腹が!!」


 との悲鳴に近い声が上がる。


 その声を受けてドラゴンの腹を見やると、散々に痛めつけたはずの、何度も攻撃を当てたはずの、そこにあったはずの傷が消えてしまっていた。


 綺麗さっぱりという訳ではなく、傷跡はしっかりと残っているし割れた甲殻も割れたままの状態なのだが……それでも確実に、驚く程の速さで傷が塞がっていて、あれだけあった傷が皮膚というか膜のようなものに覆われていて……どうやら翼もこの再生力でもって取り戻したようだ。


 ……いや、空を飛ぼうとしていない所を見るに、完全には取り戻してはいないのだろう。

 ある程度動かせるまで……なんとか動かし振るうことが出来るまで回復したと、そんな所なのだろう。


「まったくなんて厄介な……。

 だがこれでこそドラゴンって感じがして、少しだけワクワクするな!!」


 怒号を上げながら翼を振り回し、そうしながら私達のことを睨みつけてくるドラゴンを見やりながら、私がそう声を上げると……隣に立つクラウスはドラゴンの怒号に負けない程の、大きなため息を吐き出すのだった。

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