第141話 洞と森と獣と



 ――――ナルバント



『言っておくが、俺達の生活はあんた達が思っているほど豊かなものじゃぁないぞ。

 あれも無いこれも無いの無い無い尽くし! 0からのスタートなんだからな!

 それでも良いって言うなら歓迎しようじゃないか!』


 村の中へと入り、持ってきた木材を倉庫の側へと置いたナルバントは、村の中を案内しようと前を歩くディアスの背中を見つめながら、そんな懐かしい言葉を思い出していた。


(……ああ、まったく、本当に懐かしいったらないわい。

 髪の色も違う、目の色も違う、性格も魂の在り方も全くの別物だというのに、どうしてこんなにも似通った言葉を口にするんじゃろうなぁ。

 名前はあの利口ぶった野郎に似ていて好きにはなれんが、それ以外の部分は……ま、悪くはないのう)


 胸の中でそう呟いてから小さなため息を吐き出し、その髭をぶわりと揺らしたナルバントは、ディアスに向けて大きな声を上げる。


「坊!

 村の案内よりも、この村のことを教えてくれんかのう!

 これからこの村をどうしていくつもりなのか、どうやって飯を食っていくつもりなのか。

 それ次第でオラ共の仕事も変わってくるからのう!」


 するとディアスは、立ち止まり振り返り「うぅーむ」と唸ってから言葉を返してくる。


「イルク村のことを教えてくれ、か。

 いきなりそう言われても、何から説明したら良いものやら難しいのだが……とりあえず今は交易をしていこうと準備を進めているところ……になるのかな。

 メーアという良い毛を生み出してくれる仲間が居るから、その毛で布を作って服を作って名産品にしようと考えているんだ」


「なるほどのう……。

 その布作りと服作りは一体どんな道具を使っておるんじゃ?」

 

「どんな? どんなと言われても普通の道具を使っているとしか言い様がないが……。

 布はこう、まずは毛から糸を紡いで、紡いだ糸を木の枠に何本も吊るして、その縦糸にこう、横から糸を通して布にしていくという感じだな……都会の方ではもう少し良い織り機があるらしいが、そう簡単に手に入るものではないしな。

 まぁ、そこら辺の道具に関してはマヤ婆さん達のユルトにあるから、後で確認すると良い。

 服作りに関してはアイサが用意してくれた道具をエリーが使っていて……今はエリーのユルトの中に置いてあるはずだ」


 身振り手振りで布作りの様子を語るディアスのことをじっと見つめたナルバントは、内心で大きなため息を吐き出す。


(随分とまぁ古臭い方法でやっておるんだのう。

 この調子だと都会にあるという織り機もあまり期待できそうにないのう……。

 ……あの只人が考案し、オラ共が作ってやった織り機の技術は何処へ行っちまったんじゃ。

 婆さん共が作っておる……ということは、座りながら作業が出来て、腰と足を楽に使える地機織り機が最適かのう)


 他の織り機に比べて簡単に作ることができ、少ない資材で作ることの出来るそれの仕組みと作り方を頭の中に思い浮かべたナルバントは……長い間、眠りについていたせいで、かなり鈍くなってしまっている頭に活を入れながら、その寸法を、正確な図面を頭の中に描いていく。


「服の作り方に関しては、私に聞くよりもエリーに聞いたほうが早いだろう。

 エリーは今市場に居るから……まずは市場の方に行くとしようか」


 まさかナルバントの頭の中でそんなことが行われているとは夢にも思わないディアスは、そう言って市場とやらの方へと足を向けようとする。


 ―――と、その時、ナルバントが森の中で出会った森人の双子達がナルバント達の下へと駆けてくる。


 その顔には明らかな焦りの色が浮かんでいて……ナルバントの顔を見るなりその色を濃くした双子達は、


「ディアス! 案内とか皆の紹介とかは私達がするよ!」

「ディアスは、キコさんの、おあいてしないと!」


 と、そう言って、ディアスの後ろへと回り込み、その尻をぐいぐいと……今しがた名前の出たキコという人物が居るらしい方へと押し始める。


「……あ、ああ。そう言えばキコとの話の途中だったな。

 しかし二人はなんでナルバントが来たことを……ああ、センジー達から聞いたのか」


 どうして双子にそうされているのか分からないディアスが、首を傾げながらそう言うと、双子達はいかにも焦っていますと言わんばかりの態度、口調で言葉を返す。


「うん! ついさっき聞いた! だから私達に任せて!」

「おじいさんとは、かおみしりだから、その……まかせて!!」


 そう言ってぐいぐいとディアスの尻を押す双子。

 それを受けてディアスは、全く訳が分からないと困惑しながらも、二人がそうするには何か理由があるはずだと、そんな表情での納得をして、こくりと頷き、


「まぁ、そういうことなら、ナルバントの案内はセナイとアイハンに任せるとするよ。

 ……あー、そういう訳だからナルバント、少し外させてもらうぞ」


 と、そう言ってその場を後にする。


 その背中を見送ってから大きなため息を吐き出したセナイとアイハンと呼ばれた双子達は、ナルバントの方へと向き直り、ナルバントにだけ聞こえるようにと小さな声で話しかけてくる。


「……私達が森人っていうのは誰にも言っちゃ駄目だから! 秘密だから!」

「まだ、だれにも、いってないよね? いっちゃだめだからね!」


「誰にも言っておらんし、お主達がそう言うのであればわざわざ言ったりはせんが……。

 秘密にする理由は一体何なんじゃ、相変わらずの警戒心の高さから来るもんなのか?」


 髭を撫でながらナルバントがそう返すと、セナイとアイハンは声を合わせて、


『とにかくひみつ!!』


 と、そう言って市場があるらしい方へとタタタッと駆けていく。


 その背中をゆっくりと追いかけながらナルバントは、とりあえず今は市場で必要な資材や道具を買い揃えるとしようかと、懐の中から財布代わりの革袋を引っ張り出すのだった。



 ――――ディアス



 ナルバントの案内をセナイ達に任せて、竈場へと戻ると、隅に置かれた椅子に腰掛けたキコが、柔らかな微笑みを浮かべながら犬人族の赤ん坊を抱きかかえていた。


「ねむれねむれ、母の手は~。

 ねむれねむれ、温かな揺り籠よ~」


 聞いたことのない、独特のリズムの子守唄で赤ん坊を寝かしつけたキコは、側でその様子を見守っていた母親と思われる犬人族に赤ん坊を返し、その微笑みを大きなものにする。


「待たせてしまったようで、申し訳ない」


 その側へと近づいて、そう声をかけると、キコは微笑んだまま言葉を返してくる。


「とっても素敵な時間を過ごさせて頂きましたので、お気になさらず。

 ……お客人の件は無事に解決したのですか?」


「ああ、ここの住民に……領民になりたいという、洞人という種族の老人だったよ。

 特に危険な相手とかではないし、領民として受け入れるという形で決着したから安心して欲しい。

 あー……それで、何の話をしていたんだったか……とりあえずキコの子供達を受け入れるということで、話がまとまった……のか?」


「……はい、そうですね。そういうことでよろしいかと思います。

 こちらはこれから雪に覆われた厳しい冬を迎えるとのことですから、春になるまでの間、きっちりと躾けた上で送り出させて頂きます。

 それと今回お世話になったことへのお礼と、こちらの素敵な茸のお礼もその際に送らせて頂きますので……少々のお時間を頂ければと思います」


 そう言って、少し固いようにも思えるきっちりとした仕草で頭を下げてくるキコ。


 それに対して私が、


「いやいや、礼なんていらないぞ、キコの子供達が領民になってくれるだけで充分だ」


 と、言葉を返すとキコは、それまで浮かべていた微笑みをすっと引っ込め、何故だか

怒っているようにも見える不思議な笑顔を浮かべて……根負けした私が礼を受け取ると、そう口にする時まで、無言のままその笑顔のまま私のことを見つめ続けるのだった。

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