第140話 洞人


 センジー達と共に村を出て東へと駆けていって……そうして視界に入り込んだのは一人の老人が予想以上の大きさ、数の丸太を引きずっているというまさかの光景だった。


 伐り倒し枝を落としたばかりといった姿の丸太五本をロープで一つに束ねて、そのロープを引っ掴んで力任せにグイグイと引きずって。


 あの小さな身体の何処にそんな力があるのだと驚いてしまうその光景をじっと見つめながら、あの老人は一体全体何のつもりであんなことをしているのだろうかと私が困惑してしまっていると、私達のことを見つけたらしい老人が、こちらに笑顔を向けながら大きな声を上げる。


「おお、おお、本当に只人じゃ!

 魔力もなんにも持っておらん只人じゃ!

 よくもまぁ今の今まで生き残れたもんじゃぁのう……!」


 その態度とその言葉から、老人に悪意は無いのだろうと判断した私は、警戒心を緩めながら老人の下へと足を向ける。


 そうやって老人との距離を縮めた私は、老人が引きずっている丸太に文字が書かれていることに気付く。


『今日持って帰って木材にする』


 それは以前森に行った際にセナイとアイハンが書いたもので……文字を見つめている私に、老人がその手でベシベシと丸太を叩きながら声をかけてくる。


「ああ、これか。

 これは、ほれ、お主達が森ん中に忘れていったもんだからオラの方で伐っておいたんじゃよ。

 すぐに伐り倒すとか書いてあったほうは、伐り倒してそのまんまにしてあるから、必要なら取りにいくと良い」


「あ、ああ。ありがとう。

 それで、その、あなたは一体……?」


「んんー? ああ、オラの名前か?

 オラは洞人のナルバント。昔の昔、大昔の約定を守るため、お主の手伝いをしようかと思っての、言伝を頼んだあのめんこい子達の魔力を追いかけてきたって訳じゃ」


 ナルバントと名乗った老人のその言葉を受けて、私は頭を掻きながら「ふーむ」と唸る。


 恐らくはこの老人が、セナイ達が森で会ったという老人なのだろう。

 その言動を見るに呆けているようには見えず、私達を騙そうだとか、何か悪さをしようとしているようにも見えない。


 ……仮になんらかの悪意を持ってここに来たのだとしたら、怪しまれない為にともう少し普通の言動というか、それらしい態度を取るはずだ。


 アルナーの魂鑑定を使えばはっきりすることだが……まぁ、まず間違いないだろう。


「……その昔の約定と言うのは一体どんなものなんだ?」


 少しの間考え込んでから私がそう言うと、老人は手にしていたロープを投げ出し、その立派な髭をグシグシと撫でながら声を上げる。


「あー……それを話してやるとなると随分と長い話になってしまうんじゃが。

 そうじゃのう……とりあえず今はお主にも分かりやすいように、簡単に話してやるとしようかのう。

 大昔のここいらは、モンスターと瘴気が支配する死の世界じゃった。

 オラ共はそんな死の世界の片隅で種族ごとに穴ぐらを掘って、いつ奴らに襲われるかいつ殺されるかと怯える日々を過ごしておったんじゃ。

 ……そんなある日にこの地に現れたのがお主のような魔力を持たぬ只人でのう。

 その只人は神々から授かったという武器と知恵でもってモンスター達と戦い始めたんじゃ。

 見たことも聞いたこともない武器を手に、驚くような知恵でもって策略を練り、勇猛果敢に奴らに立ち向かい。

 数え切れぬ程のモンスター達を前にしても、全く怯むこと無く戦い続ける只人の姿を見たオラ共は、只人の下に寄り集まるようになり……そうして只人と共に戦う仲間になったんじゃ」


 何処かで聞いたことがあるような無いような……そんな昔話をし始めるナルバント。

 静かに耳を傾ける私と犬人族達を見て、柔らかな微笑みを浮かべながら話を続けていく。


「只人の下一つにまとまったオラ共は、苦闘の果てにモンスター共のほとんど討ち果たし、蔓延していた瘴気のほとんどを浄化し、そうやってここに国を作った……んじゃが、只人が東に旅立ったのを契機にまとまりを失っていってしまってのう。

 只人が病で亡くなったとの報せが届いたが最後、一つだった国はバラバラになってしまったんじゃ。

 ……その只人の遺言がの『またこの地に只人が現れたら、それが皆と手と手を取り合える者であったなら、力を貸してやってほしい』というものでの……。

 そういう訳でオラは只人であるお主に力を貸しに来てやったという訳よ」


 そんな言葉で話を締めた老人は、私の目の前まで歩いてきて、軽く握った拳で私の腹を軽く小突く。

 数年来の友人がするようなその行為に、私はなんと返したら良いのかと困り果ててしまう。


 大昔の……本当にあったかも分からない昔話を信じて、自分の祖先が託されたという遺言の為にここに来た。

 恐らくはその言葉に嘘はなく……この老人は祖先と一族の誇りを守る為にと行動しているのだろう。

 

 そんなにも重く、気高い想いを私なんかが安易に受け取ってしまっていいものかと悩み……悩みに悩んだ私が『私はその只人とかいう人とは全く無関係の、その想いを受け取って良い人間ではない』とそんな言葉を口にしようとしたその時、足元のセンジーの若者が、私のズボンの裾をクイクイと引きながら声をかけてくる。


「ディアス様……?

 領民ですよ? 移住希望者ですよ? 俺達の時みたいに歓迎しないんですか……?」


 何処か悲しげな様子の若者にそう言われて……私は口にしかけた言葉を飲み込んで、別の言葉を口にする。


「私は、その只人とは……その遺言とは全く無関係のなんでもない人間だ。

 だからその大昔の遺言を守ろうと言うあなたの想いを受け取ることは出来ないが……領民としてあそこに見える村の一員になりたいというのなら歓迎しよう。

 家と食事はこちらで用意する……が、あまり豊かな村では無いので、それでも良いのなら、という話になるが……」


 そんな私の言葉を耳にして、目を見開いたナルバントは、一瞬だけ呆けたような顔をして……そうしてから「むっはっは!」と大きく笑う。


「豊かじゃぁない村か!

 そうかそうか! それじゃぁ仕方ないのう! この老骨も踏ん張ってやらんといかんのう!

 オラはほれ、見ての通り、鍛冶やら細工やらの腕は良いからのう、大陸で一番と言っても過言じゃないからのう!

 あっという間に村を豊かにしてやるからのう!」


 ぶかぶかの革服の袖をまくってグイと腕を持ち上げ、出来上がった力こぶを見せつけながらそう言った老人はロープをがっしりと握り、のっしのっしと踏みしめながら村の中へと足を進める。


 すると笑顔になったセンジー達が領民に……仲間になったナルバントを手伝おうと駆け寄って、丸太を懸命に押したり引っ張ったりとし始める。

 

 そんなセンジー達を見てもう一度「むっはっは!」と笑ったナルバントは、はたと動きを止めて何かを思い出したというような顔になり……私に大きな声を投げかけてくる。


「忘れておった、忘れておった!

 ディアス坊よ! 追っ付けオラの家族……同族二人もここに来る予定だから、そいつらのことも歓迎してやってくれんか!

 家と飯と、それと酒もあると嬉しいのう!!」


 その声を受けて私は、ナルバントの同族とは……洞人とはどんな人達なのかと、そんなことを考えながら草原の向こうへと……ナルバントが丸太を引きずって作った道の向こうへと視線を向けるのだった。

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