第142話 洞人の同族


 キコとの会話が一段落したタイミングで、竈場の奥で婦人会の面々からの相談を受けていたらしいアルナーがこちらへとやってきて、声をかけてくる。


「……ディアス、どうだった?」


 神妙な表情でのアルナーのその一言に、私は「どう、とは一体?」と首を傾げてから……ああ、アルナーはまだナルバントの話を聞いていないのかと思い至って、口を開く。


「ああ、来訪者の正体は例の、セナイとアイハンが森で出会ったという老人だったよ。

 名前はナルバント。洞人という種族で、大昔の約定……ナルバントの祖先と人間族の誰かが交わした約定を守ろうと、力を貸しに来てくれたらしいんだ。

 物凄い力持ちで、森からかなりの量の木材を運んできてくれてな……話を聞いて領民として歓迎することにして、今はセナイとアイハンと一緒に市場の方に行っているよ」


 するとアルナーはその表情を苦いものへと変えて、キコに話を聞かれないようにと私の目の前までやってきて、声をひそめる。


「本当に大丈夫なのか? 本当に信用できる相手なのか?

 生命感知魔法をすり抜けたような尋常ではない相手だ……魂鑑定も通用しないかもしれないし……いきなりセナイとアイハンと一緒にするのも、どうにも不安に思えてしまうのだが……」


「うぅむ。

 アルナーがそういった不安を抱くのも分かる……が、話をしてみた感じでは悪人とは思えなかったがな……。

 それにこの村の中で何らかの悪事を働こうものなら、セナイ達は勿論、あちこちに居る犬人族達に察知されて、あっという間に制圧されるのが落ちだろう。

 それでもどうしても不安だというなら、あとはもう直接話し合ってみるしかないだろうな」


 私のその言葉に、アルナーは「むう」と唸り、どうしたものかと考え込む。

 そうやってしばしの間、考え込んでも答えが出てこないようで……そんなアルナーをじっと見つめた私は、キコに向けて声をかける。


「キコ、すまないが私達も市場を見て回りたくてな、少し席を外すが構わないか?」


 するとキコは、目を細めての笑顔となってこくりと頷いてくれる。


 それを受けて私は、尚も悩んでいるアルナーの手を取って、村の西端……市場の開かれている一帯へと足を向ける。


 市場へと到着して真っ先に視界に入ったのが、手際よく手早く市場を片付けるペイジン達の姿だった。


 どうやら交渉と売買の方はもう終わっているようで……目録らしきものを見つめるエリーと、その肩の上に乗るエイマの側には思っていた以上の、大量の荷物が山積みとなっていた。


 数え切れない程の荷箱と、いくつもの大樽と、山となった革袋と。


 エリーとエイマの明るい表情を見るに、どうやら交渉は上手くいってくれたようだ。


 次に視界に入ったのが、満足げな表情で様々な品々を抱きしめる犬人族達の姿だった。


 犬人族用の衣服や、簡単な作りの玩具や人形、大きな乾燥肉や大きな骨細工を力いっぱいに抱きしめる犬人族達は本当に満足気で、幸せそうで……その姿を見ているとようやく皆の頑張りに報いることが出来たなと胸の奥が熱くなっていく。


 褒美として金貨を与えて、ようやくそれを使わせてやることが出来て……。

 ……またこの光景を見られるように、頑張らないといけないな。


 と、そんなことを考えていると、アルナーが険しい表情でぐいと私の手を引っ張ってくる。


 あ、ああ、そうだった、ナルバントのことを探しているのだったな。


 セナイとアイハンの姿も見えないし、一体何処に行ったのだろうかと、アルナーと共に周囲をうろつくと……山のようになっていた荷物の向こうに、荷物の陰に隠れていたナルバント達の姿がある。


 乱雑に置かれたいくつもの工具と鉄や銅の地金に囲まれたナルバントは、地面に座り込み、夢中と言った様子で何かの細工をしていて……その近くにしゃがみこんだセナイとアイハンが、その様子を楽しげに興味深げに眺めている。


 そこに一切の悪意は無く、なんとも微笑ましい光景だったのだが……アルナーはその険しい顔を崩そうとしない。


「……やはり駄目だ、魂鑑定が通用しない。

 何らかの呪具で防いでいる……のか?

 それとも魂鑑定のことを知っていて、その上で対策を……?」


 そう呟いたアルナーがナルバントの側へと近寄ろうと、握っていた私の手を離した――――その時。


 先程私と一緒にナルバントの下へと向かった犬人族達が……村の周囲を見回っていたらしい者達が慌ただしい様子で駆け寄ってくる。


「ディアス様! アルナー様! また来客です!

 多分そちらの……ナルなんとかさんのお知り合いです! 見た目そっくりでした!」


 まだナルバントの名前を覚えられていないらしい犬人族達の報告を受けて、ナルバントが言っていた『同族』のことだろうと思い至った私が視線を送る……が、今の報告が聞こえていたはずのナルバントは一切の動きを見せない。


 意識も視線も手元に固定されたままで……仕方ないかと頭を一掻きした私は、アルナーに声をかけて相談しようとする……が、アルナーは私の声に耳を貸すことなく、ナルバントのことをきつく睨み、犬人族の駆けて来た方をきつく睨み、


「また生命感知に反応しないのか!」


 と、憤り混じりの声を上げて、今しがた犬人族達が駆けて来た方へと駆け出してしまうのだった。




 犬人族達と共にアルナーを追いかけてイルク村を出て東へと進んで……そうして視界に入ったのは立派な髭を蓄えた二人の洞人だった。


一人は……多分、若者なのだろう。


 いくつもの物入れが貼り付いた革のエプロンという、いかにも職人だと言わんばかりの服装をしていて、ナルバントとはまた違う四角く長い帽子を被っており、その髭や髪は白色ではなく艶のある茶色で、肌にはナルバントのような深い皺が無く、その筋肉はナルバントよりも一段と盛り上がった、力強いものとなっている。


 そしてもう一人は……もしかして、女性……なのだろうか?


 小さな三角帽子に、丸くふんわりとまとめた髪、丁寧に梳かれ編み込まれた白髭の先には、なんとも可愛らしいリボンが結ばれており……その目や体格も柔和というか女性っぽく……見えないこともない。


 ……いや、革のドレススカートといった服装からしても恐らくは女性なのだろうが、あまりにも立派な髭とナルバントによく似たその顔がどうしても女性に見えず……エリーと似たような魂の人なのだろうかと思わずにはいられない。


 二人の姿を見るなり足を止めたアルナーもまた同じ思いなのだろう、なんとも判断に困ると言わんばかりの苦い表情を浮かべている。


 そしてそんな私達を見つけたのか洞人達は、大きな笑顔を浮かべて大きな声を上げてくる。


「あんらぁー、本当に只人だわぁー。

 なーつかしいったらないわねぇー……。

 ほらほら見なさいよ、サナト! あの人の言った通り只人だわよぉー!」


「ああ、ああ、分かってるよ、見えてるよ、お袋に言われなくてもちゃんと見えてるよ!

 親父がボケてたんじゃないと分かってホッとしたよ!」


 最初に声を上げた方の声は、高く美しく響く女性のもので……その見た目とは裏腹に全く老いを感じさせない。


 もう一人の声はいかにも若者らしい、活力に満ち溢れたもので……少しだけ優男っぽくもある。


 二人は随分と年季の入った荷車をそれぞれに引いていて、荷車の荷台には大きな革袋がいっぱいに積み込まれていた。


「只人さぁーん! 初めましてぇー!

 あの人から聞いているかもだけど、アタシの名前はオーミュン! こっちは息子のサナトよー!」


「お袋! 初対面の大事な挨拶だってのに、そんな大口で大声上げるなよ! 恥ずかしいなぁ!」


 二人のそんな言葉を聞きながらアルナーの側へと駆け寄った私は……ぽつりと言葉を漏らす。


「……もしかして、ナルバントの奥さんと、息子さん……なのだろうか」


 するとアルナーより先に私の足元の犬人族達が、腕を組んで首をぐいっと傾げながら「どうでしょう?」との自信なげな言葉を返してきて……そうしてからアルナーが、


「……一体何なのだ、あの連中は!?

 さっきの男も、目の前の二人も全く魂が見えない……色も性別も、何もかもが見えないぞ!!」


 と……そんな大声を上げるのだった。

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