第135話 冬枯れの森の中で
森へと到着した私達は、ベイヤース達から下馬し手綱を引きながら森の奥へと足を進めていった。
森に接する草原の一帯にはモンスターも危険な獣も居ないそうなので、ベイヤース達は草原に残し、休ませてやっても良かった……のだが、誰あろうベイヤース達が一緒に行きたいとの態度を示してきたので、今回は馬達にも一緒に森歩きを楽しんで貰うことになった。
そうやって馬達と共に進む森の中は、強い寒波の影響なのか以前のそれとは全く違う光景が広がっていて……どの木もその葉をちらしているか、緑色を失っているかして、寒々しい冬枯れの世界を作り出していた。
私としてはあまり好きになれないその光景も、セナイとアイハンにとっては大好きな森が作り出した大好きな一面であるようで……森に入るなり馬達の手綱を私に押し付けたセナイ達は、エイマと共になんとも楽しそうに跳ね回り駆け回り、存分なまでに森歩きを楽しんでいる。
森歩きを楽しむだけでなくセナイ達は、村から持ってきたらしい炭片でもってそこらの木の幹にその木をどう扱うかを書き記すという、以前から少しずつ行っていた作業もしっかりと進めていた。
『
『木材になる木』『木材にならない木』
『伐り倒したらそのままにしておくこと』『伐り倒したら土に還りやすくするために細かく刻んでおくこと』
などなど。
そんな文章の中には『すぐに伐り倒すこと』『今日持って帰って木材にする』などの見慣れない文章があり……それを見た私は、分厚く積もった枯れ葉を楽しそうに踏み荒らすセナイ達に向けて声を上げる。
「このすぐに伐り倒す木や、今日持って帰って木材にする木は今すぐに伐ったほうが良いのかー?」
「後で伐ってー!」
「かえるときに、きって!」
「まだどのくらいの量になるか分かんないからー!」
「ぜんぶ、はあく、してからー!」
そんな声を私に返したセナイとアイハンは、何を思ったのか突然枯れ葉をがさりと持ち上げて、お互いの顔にかけ合って……そうしてからなんとも楽しそうに笑い合い、セナイ達の様子を少し離れた場所で見守っていたエイマもまたその笑いに釣られたのか大きく笑う。
そんな三人の笑い声が、尽きることなく響き渡る森の中を奥へ奥へと進んでいって……そうして辿り着いたある一画で、ハッとした表情となり何かに気付いたらしいセナイ達が、近くの木に『この先、立入禁止』との文章を書き始める。
とても大きな、刺々しさを感じるような形の文字でもって、いかにもこの先に危険な何かがあるとでも言いたげな文章を書くセナイ達の顔は、どういう訳だか満面の笑顔で……その不釣り合いな様子に首を傾げた私が、事情を聞こうとセナイ達の方へと足を進めようとする―――と、その瞬間、セナイ達が『とまって!!』と大きな声を上げてくる。
その声に従って私と馬達が足を止めると……セナイ達は真剣な表情を作り出しながらこちらへと駆けてきて、母親が子供に説教をする時のような表情、仕草でもって声をかけてくる。
「この先は入っちゃダメ! 木も伐っちゃダメ!」
「しーやも、ぐりも、だめー! みんなはいっちゃだめー!」
「……セナイ達がそう言うなら勿論従うが、一体この先に何があるんだ?
何か危険な毒草でも生えているのか?」
と、馬達の手綱を制しながら私が言葉を返すと、セナイ達は立入禁止と書かれた木の向こうを指差しながら声を返してくる。
「あそこら辺にとっても美味しいきのこが生えてる!」
「とってもおいしい、いいかおりのきのこ!」
「でもまだ数が少ない、今採ったり踏んじゃったりしたら無くなっちゃうかも!」
「みんなでたべられるのは、らいねん!」
「来年までそっとしておく!」
「さくをつくって、どうぶつも、ちかづけない!」
「……来年までの我慢、我慢……」
「……らいねん。らいねんになったら、たべられる……」
そう言ってセナイとアイハンは、口に手をあてて、口の中に溜まっていたらしい唾液をごくりを飲み込む。
……どうやらそのキノコは余程に美味しいものであるようだ。
その姿を目にしただけで唾液が湧き出て来るほどに美味しいキノコであれば、セナイもアイハンも今すぐ食べたい気持ちがあるだろうに『皆で食べる為』に我慢しているようで……私はそんなセナイとアイハンの頭を順番に、優しく撫でてやる。
「そうか……なら皆のために、来年の収穫のために柵作りを頑張らないとだな」
頭を撫でてやりながら私がそう言うと、セナイとアイハンはその目をきらきらと輝かせて……早速とばかりに駆け出して、どの木を柵作りに使うかの選定をし始めるのだった。
それから私達は、セナイが作った枯れ葉のベッドの上に身体を横たえて休憩する馬達に見守られながらの柵作りに精を出した。
すぐに伐るとか今日持って帰ると書かれた何本もの木を戦斧で伐り倒し、キノコがあるという一画を囲う形で、人も獣もモンスターであっても通れないように大きな柵を作り、風雨で倒れないようにとしっかり固定する。
しっかりとした道具も無い中での作業だったが、セナイとアイハンの的確に木材を見極める目と、エイマの知恵と、私の馬鹿力が上手い具合に噛み合って、相応にしっかりとした作りの柵が出来上がっていく。
そうしてそろそろ日が沈むという時間になって、柵の大体の形が出来上がった辺りで……今日のところはこれくらいにしようと私達は、腰を下ろしての休憩をし始めた。
柵の出来上がりとしてはまだまだ仮設の段階で……また後日、しっかりとした道具を持ってきての補強をしなければならないが、それでも当分は役目を果たしてくれるだろう悪くない出来上がりになってくれていて……横たわるベイヤースの横腹に背中を預けるセナイとアイハンも、枯れ葉の上で横になるエイマもなんとも満足げだ。
そんなセナイ達の顔を眺めながら、切り株の上でゆったりと体を休めていた私は……懐からぽとりとこぼれ落ちた封筒の姿を見てハッとなる。
それはエリーから預かった冬服作りに足りない材料を注文するための手紙で……それをエルダンの部下達に届けるのをすっかりと忘れてしまっていたのだ。
今すぐにあちら側に……街道作りをしているという森のあちら側に向かって駆け出せば、どうにか今日中に渡せるのだろうが……それは私一人で行けばの話で、疲れ切っているセナイ達を連れていくとなると、時間的にも体力的にも厳しいものがある。
かといってセナイ達をここに置いて行くという訳にもいかないしな……と、頭を悩ませていると、私のそんな様子に気付いたらしいエイマがむくりと起き上がり、声をかけてくる。
「何かご用事があるなら、どうぞ行ってきてくださいな。
セナイちゃん達のことならボクが見ておきますから、心配しなくても大丈夫ですよ。
いざとなれば大声を上げてディアスさんに報せるなり、馬達の力を借りて逃げるなり、セナイちゃん達の弓を使って戦うなりも出来ますし、だいじょーぶです」
そんなエイマの言葉に対し、私がどう返したものかと悩んでいると……どういう訳だかセナイとアイハンがその目をギラギラとさせながら、大きな声を上げてくる。
「行ってきて! 行ってきて!」
「わたしたちなら、だいじょーぶ!!」
何か思惑があるらしいその声に、どう言葉を返したものかと私が考え込んでいると、セナイとアイハンは何かを残念がるというか、私にそうして貰わないと困るといったような、そんな表情を作り出し、居心地悪そうにもじもじとし始める。
その様子をじっと……じぃっと見つめた私は、少しの間考え込んでからエイマに向けて言葉を返す。
「本当に、本当に私が居なくても大丈夫か?」
「だいじょーぶですよ
今日はずっと森にいましたが、危険なことなんて一つも無かったじゃないですか。
それにですね、こんな見た目でもボクはちゃんとした大人なんですよ、何かあった時の対処方法くらいは心得ています」
「本当か……? 本当にか?」
「はい、本当です」
「本当に―――」
と、再度私が言葉を続けようとすると、エイマは半目でもって私のことを睨んで来て『こんな問答をしている時間がもったいない、さっさと用事を済ませて来い』と、その内心を無言で私に伝えてくる。
その目に追いやられる形で立ち上がった私は、
「すぐに戻る!」
との一言を残して、戦斧と封筒を手に全力でもって駆け出すのだった。
――――エイマ
「……それで、セナイちゃん、アイハンちゃん。
今日は一体何をするつもりなんですか?
ディアスさんに見られたくないってことは、以前村の畑にしたような、魔法の類ですか?」
駆け出したディアスの背中が森の木々に隠れて見えなくなったのを見計らい、エイマがもじもじとしていたセナイ達にそんな声をかける。
するとセナイ達は「どうして分かったの」とでも言いたげな驚愕の表情を浮かべてから、二人同時にこくりと頷く。
その肯定の仕草を受けてエイマは、やれやれと小さなため息を吐き出してから、
「そういうことならさっさとやっちゃいましょう。
あの様子だとディアスさん、すぐに帰ってきちゃいますよ!」
と、そんな声を上げて、その尻尾を振り回しながら勢いよく立ち上がるのだった。
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