第136話 謎の老人
――――エイマ
馬達の手綱を少し離れた場所の木に縛ってから、いつものようにセナイとアイハンが向かい合う形で膝立ちとなり、呪文を唱えながら祈り始めると、いつものあの円が現れて、木の幹に触れながら大きく膨らんでいって……そうしてから大地へと染み込んでいく。
ディアス達にバレないようにと、こっそりと村のあちこちで繰り返して来たこの魔法を、こうして見るのはもう何度目だろうかと、エイマがそんなことを考えながら見守る中、時間が過ぎていって……そうして祈りを終えたらしいセナイとアイハンが静かに立ち上がる。
「……これで先程話に出ていた美味しいキノコがよく育ってくれると、そういう訳ですか?」
立ち上がったセナイ達に向けてエイマがそう尋ねると、セナイとアイハンは首を左右に振って否定の意を示す。
「草木と違ってキノコは難しいから……場を整えるだけ」
「きのこは、くさきじゃないから、ちょっとちがう。そだたないこともある。
でもとってもおいしいきのこだから、どうしてもやりたかった……!」
そう言って膝についた木の葉を払うセナイとアイハン。
二人の言っていることの意味はよく分からないが、ともあれディアスが戻ってくる前に終えることが出来て良かったと、エイマが安堵の息を吐いていると……キノコの為にと木の柵で覆った一帯の奥、太陽の光の届かない暗い森の奥深くからガサリと物音が聞こえてくる。
それは風が起こした音でも、小さな虫達が起こした音でもなく、確かな存在感のある何かが起こした音であり……聞こえの良い耳を持っている三人は、すぐさまにその身体を緊張させて、その何者かへと向けての構えを取る。
セナイとアイハンは子供用の小さな弓矢を手に取り、エイマはそんな二人をかばうようにして前に立ち、離れた場所で様子を見守っていた馬達がいきり立ち。
そうやって三人と馬達が構えていると、更にガサリガサリと音が聞こえてきて……そんな音と共に一つの影が森の奥から姿を見せる。
頭の上には穴が空いてしまって三角ではなくなっている三角帽子、口の周囲には何もそんなにまで伸ばさなくても良いだろうと思う程のごわりとした白髭、鞣した分厚い革で作った服でその身を覆い、ごちゃごちゃと数え切れない程の道具がぶら下がっていたり、はみ出したりしている鞄を背負い、その片手には刃がやたらと分厚く、柄の短い斧を持っている。
セナイ達より少し高い程度の身長の、丸っこいお腹をした老人木こりとでも言えば良いのか……その顔の皺を深くし、人の良い笑顔を浮かべたとんがり鼻の男性がそこに立っていた。
「おお……この魔力、やはり森人か。懐かしいのう、懐かしいのう、森人がこの森に帰ってきおった」
酒に焼けたガラガラの喉でそう言った老人は、エイマ達が身を固くしているのを見るなり、その手にしていた斧を地面にずんと置くことで敵対するつもりはないと示してくる。
「オラぁ、見ての通りの洞人じゃ。
かつての盟友である森人を害したりはしないさね。
思いもよらん場所で懐かしい魔力を感じ取ったもんでな、それで穴ぐらの中から出て来たんじゃよ。
それにしてもいやはや……懐かしいったらないのう」
そう言って斧を持っていた手を……ごつごつとした土埃まみれの手をひらひらと振るい、セナイ達の警戒を解こうとする洞人と名乗った老人。
それでも尚も、セナイ達が弓矢から手を離すことなく構えていると、老人は「むっふっふ」と笑い、言葉を続ける。
「森人は相変わらず警戒心が高いままなんじゃのう。
何百年経っても変わらんまんまじゃのう」
そう言って老人はセナイ達のことをじっと見つめて……何かに気付いたらしく、その目を細めて、更に言葉を続けてくる。
「むぅん? その首から下げておる宝石……そいつに込められとる魔力は、石人のもんか。
そうかそうか……石と森が揃いおったか。まるで大昔の、あの時の再現のようじゃのう。
……もしや……いやいや、まさかの話じゃが、アレか? お主達の頭目は人か? 魔力無しの只人だったりするのかの?」
その問いに対してどう応えるべきなのか。
迂闊に情報を流すべきではないという想いと、友好的な態度を示してくるその老人に無礼を働きたくないという想いがせめぎ合い、一体どうしたものかとエイマが悩んでいると……エイマの背後に立つ二人が、友好的な態度にほだされたのかこくりと頷いてしまう。
衣擦れの音や、漂ってくる気配からそのことを察したエイマが、二人がそうしたのなら仕方ないかと、小さなため息を吐いていると、老人が再度「むっふっふ」と笑い……そうしてから真顔となってゆっくりと口を開く。
「……そうかそうか。
その只人はお主等にとって良き隣人か? 優しい隣人か?」
「ディアスはとっても優しいよ!」
「だめなところもあるけど、やさしくてあったかいよ!」
老人のそんな問いに対し、即答するセナイとアイハン。
即答受けて、少し面食らった様子を見せた老人は、少しの間を置いてからにんまりとした笑顔となって、こくりと頷き言葉を返してくる。
「そうかそうか。
で、あればオラも動かねばならんようだのう。
記憶の果ての懐かしき約定を果たすため、数日以内に参上すると、そう只人に伝えておいてくれい」
そう言って老人は、セナイ達の返事を待たずに踵を返し、森の奥深くへと帰っていく。
老人を追いかけるべきか否か、何か声をかけて引き止めるべきか否か、そんなことをエイマが考えていると……後方からドタバタと、聞き慣れた慌ただしい足音が響いてくるのだった。
――――ディアス
街道作りの現場まで大慌てで駆けていって、ちょうど仕事を終わらせ帰るところだったエルダンの部下達に声をかけ、簡単に事情を説明して手紙を預けて、そうしてからセナイ達の下へと駆け戻ると……どういう訳だか弓を構えたセナイ達が、妖精でも見たかのようなぽかんとした表情で立ち尽くしていた。
「どうかしたのか?」
と、私がそう声をかけると、セナイ達は何と言ったら良いか分からないといった様子でこくりと首を傾げて、右へ左へ忙しく首を傾げるエイマが声を返してくる。
「えぇっと……なんと言ったら良いのやら、なんともおかしな格好をした不思議なお爺さんに出会ったんですよ」
「お爺さん……?
……まさかこの森に住んでいる人が居たのか?」
「ああ、いえ、口ぶりからすると穴ぐらに住んでいるよう……なのですけど、その言葉も真に受けて良いものやら分からないんですよねぇ。
数日中にディアスさんに会いに来る……みたいなことを言ってましたけど……」
「私に?
会いに来るということは、イルク村の場所を教えたのか?」
「いいえ、ディアスさんの人柄に関すること以外のことは聞かれもしませんでしたね」
「それはまた、なんと言って良いのやら困る話だなぁ。
……あー、もしかしたら呆けてしまった老人が森に迷い込んでしまったのかもしれないから、明日またエルダンの部下達と会ってそこら辺の話をしておくとするよ」
と、私がそう言うと、エイマとセナイとアイハンは返事の代わりにこくりと頷いて、弓矢をしまうなどの帰る為の支度をし始める。
そうして支度を整えた私達は、木を伐るのはまた今度にしようと決めて、ほぼ手ぶらの状態でイルク村へと帰還するのだった。
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