第134話 道中の雑談



 ベイヤースとシーヤとグリとアイーシアと。


 それと一頭だけ残していくのも可哀想だからと、アルナーの愛馬、赤毛のカーベランにも馬具を付けてやって、空馬のまま同行させることになった。


 カーベランはアルナーがこの場に居ないことに気付くなり、自分だけ空馬なのかと不満そうな顔をしていたが……馬具に繋ぐ荷引き紐を見せてやって、帰り際に伐採した木材を運んで貰うかもしれないぞと伝えてやると、そういうことならばと納得してくれたようで、その顔をなんとも得意げなものへと変化させた。


 そうして一番身軽なカーベランが先頭を。

 セナイとアイハンという軽荷を乗せたシーヤとグリがその次に。


 私と戦斧という重荷を乗せたベイヤースと、エイマを気遣いながらゆっくりと歩くアイーシアが最後に続くという形で、森へと向かうことになったのだった。


 


 先頭を行くカーベランはその道中、こちらの様子を何度もチラチラと窺(うかが)うことで、進行方向が間違っていないかを確かめていて……シーヤとグリは乗馬を思う存分に楽しんでいるセナイとアイハンの為にと、私達の視線が届く範囲を縦横無尽に駆け回っていて……そんな先頭組のことをベイヤースはなんとも羨ましげに眺めていて……。


 それでも乗馬に不慣れな私を気遣って、私の下手くそな乗り方に懸命に合わせてくれている辺りにベイヤースの優しい心根を感じ取ることが出来る。


 と、そんなことを考えていると、ベイヤースがちらりとその目をこちらに向けてくる。


『分かっているのなら、もっと乗馬の練習をしろ』


 とでも言いたげなベイヤースに、私は以前もそんな目を向けられたなと気まずい思いをする。


「……冬になったら時間が出来るだろうから、満足してもらえるように頑張るよ」


 ベイヤースの首へと手をやり、がしがしと撫でてやりながらそう言うと、ベイヤースは「ぶふんっ」と荒く息を吐き出す。


 その息にどんな意味が込められていたのか……そうしてからぐんと首を上げたベイヤースは、その太い脚でもってずんずんと草原を踏みしめていく。


「あははははは、乗馬ってこんなにも楽しいものなのですね!!」


 そんな折、並走するアイーシアの頭上のエイマからなんとも楽しげな笑い声が上がる。


「先程も言いましたが、セナイちゃん達に抱き上げられるのとも、ディアスさんの頭の上に乗るのとも違う……馬と一体になってお互いの意思を伝え合いながら進んでいくこの感覚……! 本当にたまりませんね! 

 アルナーさんが何故あんなにも馬が好きで、馬を大切にしているのか、納得ってものですよ! 

 言葉に出来ない程に楽しくて楽しくて……このままどこまでも行けちゃいそうな気分です!」


 そう言ってエイマは、その尻尾をぶんぶんと振り回しながら、身体を傾けて進みたい方向をアイーシアに伝える。


 するとアイーシアはベイヤースのそれとは全く違う、踊っているかのような、軽やかで優雅な足取りでもってエイマの進みたがっている方向へと足を進めてくれて、それが楽しくてたまらないといった様子のエイマは更にアイーシアの足を進めさせて……と、先程厩舎の前で見た光景がまたも繰り返されそうになる。


「エイマ、楽しいのは分かったが、程々にしておかないと先程のようにまた揺さぶられてしまうぞ!」


 私がそう声をかけると、ハッとした表情となったエイマは、その興奮をどうにか落ち着かせて、アイーシアの足取りを落ち着かせる。


「……あの揺れさえなければいくらでも駆けていたいのですけどね。

 どうにかしてこう、あの揺れを無くせないものですかねぇ」

 

 アイーシアを落ち着かせて、ゆっくりと並走させながらそう言ってくるエイマに、私は「うぅむ」と唸ってから言葉を返す。


「馬車に船に。

 戦争中に乗り物の揺れに負けて、酔ってしまう連中が、どうにか揺れをなくせないものかと苦労していたようだが、結局良い手立ては見つからなかったようだな。

 何度も何度も揺さぶられているうちに慣れるから、それが一番の特効薬だとかなんとか。

 ……馬上のエイマの揺さぶられ方は馬車や船の比ではないだろうし、それこそ魔法みたいな手段でないと難しいだろうな」


「あぁー、やっぱりそうですか。

 魔法かー、魔法……うぅん、使えないこともないのですけど、苦手なのですよねぇ、魔法は」


「……エイマも魔法を使えるのか」


「誰であれ、どんな種族であれ、普通は使えるんですよ、普通は。

 全く使えないディアスさんやベンさんが特別なんですよ」


「……兵士の中にも魔法を苦手としている連中はかなりの数いたが……」


「苦手なだけで使えることは使えるんですよ。

 吃驚するくらいに才能が無くても、ほんのりとした灯りをともすとか、魔力をなんとなく感じ取るとか、そのくらいは出来るものなのです。

 ただ、そんな魔法を使ったところで得るものは何もありませんし、一度に大量の魔力を失ったり、体内の魔力の流れが乱れたりすると、体調を崩してしまうこともあるので、苦手な人は迂闊な手出しをすべきではないのです」


 その長い耳を左右に揺らしながらそう言うエイマに「なるほどなぁ」との言葉を返した私は、深く考え込む。


 魔力が無くなると体調を崩す。

 その魔力が最初から無い私や伯父さんの体調は常に崩れているということになるのだろうか?


 それとも魔力が無いからこそ、魔力を失ったり乱れたりすることがないから、体調を崩しようが無いということになるのだろうか?


 そもそも魔力とは一体何なのだろうか?


 魔力が一体どんなものなのか、どうやって生み出されるものかが分かれば、私や伯父さんでも魔力を得ることが出来るのだろうか?


 ……もしそうやって魔法を使えるようになったら、色々と便利なのだろうなぁ。


 と、そんなことを考えていると、何かの光が視界に入り込んで来て、そのあまりの眩しさに一瞬視界を奪われてしまう。


 一体何が!? と、内心で驚きつつ……ベイヤースを驚かせてしまわないように外面では冷静を装って、そうしながら薄目をゆっくりと開けて、光の正体が何なのかを探る……と、そこにあったのは肩に担いでいた戦斧だった。


 ……どうやら戦斧の刃が太陽の光を物の見事に私の顔に当たる形で反射してしまっていたらしい。


 今日の太陽はそれ程強くは輝いていないし、戦斧の刃も光を反射するほど鋭いものではないのだが、こんなこともあるのだなぁと驚きつつ、私は二度目が無いようにと、戦斧の柄をくるりと回し、刃の角度を変えておく。


 そうこうしているうちに前方に森の木々が見えてきて……先頭を駆けていたセナイ達から、


「やっとついたーー!!」

「もりのにおいが、するー!!」


 との歓声が上がるのだった。

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