第133話 厩舎の前で




 セナイとアイハンとエイマを連れて厩舎へと向かうと、馬達や白ギー達を厩舎から出しての、シェップ氏族達による手入れが行われていた。


 長い柄のブラシでもってゴシゴシとその体を磨いてやったり、たてがみや体毛を櫛(くし)でもってせっせと梳(す)いてやったり、歯や蹄をガシガシと磨いてやったりとしていて……馬達と白ギー達はシェップ氏族まみれになりながら、とても気持ちよさそうにその目を細めている。


 そうやって手入れを受ける馬達と白ギー達は、お返しのつもりなのか、シェップ氏族達のことを長い舌で丹念に、これでもかと舐め回していて……慣れているのかシェップ氏族達は笑顔でそれを受け止めていた。


「シーヤ!」

「ぐり!」


 そんな厩舎前へと到着するなりセナイ達がその名前を呼んで……名前を呼ばれた白毛馬のシーヤと、灰毛馬のグリは、耳をピンと立て顔をぐいと上げて、返事のつもりなのか高い声でいななく。


「ベイヤース!」


 負けじと私がそう声を上げると、黒毛馬のベイヤースは半目で私のことを一瞥し……そうしてから周囲に響き渡る程の大きなため息を吐き出す。


 ……あまり世話をしてやれていないし、上手く乗りこなせていない現状、そうした態度も仕方がないのかもしれないが……もう少しなんとかならないものかと私が苦笑していると、シェップ氏族達がその手を止めて馬達の側からさっと離れて、馬達がそれぞれの主人の下へと足を進める。


 シーヤはセナイの下へ。

 グリはアイハンの下へ。

 ……そしてベイヤースは、渋々といった足取りで私の下へ。


 こうやって側に来てくれるということは、好かれてはいないものの、嫌われてもいないのだなと小さく安堵していると、ベイヤースはその身体をぐいと私の方へと押し付けて来て、その目でもって私のことをじっと見つめ「ほら、撫でろ」と語りかけてくる。


 シーヤとグリもまた、セナイ達の手が届くようにと頭を下げながら「撫でて」と語りかけていて……私とセナイとアイハンと、セナイの肩にちょこんと乗ったエイマが馬達を撫でてやっていると、輝く金色の毛をした馬……世話以外の理由でその背に誰かが乗ることを決して許さない牝馬のアイーシアが優雅な足取りでこちらへとやってくる。


 いつもきつい目線で周囲の人間達を睨むばかりだったアイーシアは、私とセナイとアイハンのことをいつものように睨みつけてから……エイマに向けていくらか柔らかい視線を送る。


「え? あれ? ボクですか?」


 その視線に戸惑うエイマがそんな声を上げると、アイーシアはまるで乗れと言っているかのような仕草でエイマの目の前に頭を垂れて……エイマは私達の方をきょときょとと見回してから、おずおずとした態度でその頭の上にちょこんと飛び乗る。


 頭の上の、耳と耳の間に立つことになったエイマに対し、アイーシアはその耳をちょこちょこと動かすことで「耳かたてがみに掴まりなさい」と語りかけ……エイマがたてがみをしっかりと掴んでから腰を落ち着けると、アイーシアはぐいと顔を上げて、なんとも誇らしげに「我、騎手を得たり」とでも言いたげな表情をしてみせる。


 私達の何がいけなかったのか、エイマの何が良かったのかは分からないが、ともあれそうやって誰かを乗せてくれるのであれば……と、私が苦笑する中、アイーシアが足を前へと進め始めて、エイマは初めての乗馬にその目をきらきらと輝かせる。


「うわー! うわー!

 馬に騎乗するのって、人の肩や頭に乗るのとはまた違った感覚なんですねー!!」


 そんな声を上げるエイマがその体を傾けると、その傾けた方へと足を進めるアイーシア。


 手綱も鞍も無いので不安定そうに見える……が、エイマは器用に乗りこなしているように見えるし、アイーシアもエイマのことを充分に気遣っているようなので、軽く歩く程度であれば全く問題無いようだ。


「……仮に鞍をつけるとしたら、馬銜(はみ)を固定している革ベルトの、頭頂部の辺りになるのか?

 今後も騎乗するようなら必要……だよな」


 私がそんなことをぽつりと呟くと、私の足元で控えていたシェップ氏族の若者が、


「アルナー様にお伝えしてきます!」


 と、そう言ってタタタッと私達のユルトの方へと駆け出してしまう。


 それからそんなに時間を置くことなく駆け戻ってきて、荒く息を吐き出した若者は、姿勢をぴしりと整えて報告をしてくれる。


「エイマさんくらいの大きさの鞍なら簡単に作れるそうです!

 暇を見て作っておくそうです! 大体2・3日で出来上がるそうです!」


 その報告を受けて、乗馬を思う存分に楽しんでいたエイマが「わーい!」との歓声を上げてから、喜びのままにアイーシアを駆けさせてしまって……その頭上で眼鏡を抑えながらぐわんぐわんとその体を跳ねさせる。


 そうやってその小さな体を存分なまでに揺さぶられてから、こちらへと戻ってきたエイマは……目を回してしまったのかふらふらと身体を揺らしながら声を絞り出す。


「……ど、どうやら駆けさせるのは無理のようです。

 鞍に固定具を付けてもらえば落ちる心配はありませんが……こ、この揺れは耐えられそうにありません。

 そういう訳でディアスさん、セナイちゃん、アイハンちゃん、ボクと一緒の時は馬達をゆっくりと歩かせるよう、お願いします……」


「あ、あぁ、分かったよ」


「はーい!」

「わかったー!」


 私とセナイ達がそう声を返すと、エイマはほっと安堵の息を吐いて……アイーシアの頭上でこてんと寝転がる。


「……大丈夫か?

 今日は森に行かずに、村で乗馬の練習をしていても良いんだぞ?」


 そんなエイマの様子を見て、私がそう問いかけるとエイマは細い声で「大丈夫です~」との返事をしてくる。


 そしてエイマを乗せるアイーシアも私に返事をしているつもりなのか強くいななき、私のことをじっと睨んでくる。


 その視線は「私を舐めるな」とか「そのくらいの気遣いは出来る」とか、そんなことを言いたげで……実際にエイマを寝転ばせたまま、慎重な足取りで、エイマを揺らすことなく歩いて見せる。


 そんな器用な真似が出来るのならば、最初からしてやれば良いのにと思いつつ、エイマとアイーシアがそれで良いのであればと頷いた私は……担いていた戦斧を一旦地面に突き立ててから、ベイヤース達に鞍を乗せるべく、馬具が保管してある厩舎へと足を向けるのだった。

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