第六章 春を待ちながら
第132話 冬備えの後半開始
盛り上がりに盛り上がって夜が更けるまで続いた宴の翌日。
少しだけ寒さが緩んだ冬枯れの光景の中、イルク村の皆はいつものように、それぞれの仕事に精を出していた。
あれこれと忙しい間、厩舎の中で大人しくして貰っていた家畜達に運動をさせてやったり、冬備えや冬囲いの続きをしたり、赤ん坊の世話をしたり。
そうやって皆が忙しくする中、私もまた宴で消費してしまった食料の補充などに動かなければならなかった……のだが、どうにもこうにもユルトから離れがたく、そろそろ昼が近くなってきたというのに、未だにユルトに居続けてしまっていた。
その理由は……、
「ミァー! ミァー!」
「ミァミァミァ~!」
「ミアッ!!」
「ミァ~~ミァ~~」
「ミ~……」
「ミ~ァ~」
と、元気に声を上げるフランシスとフランソワの子供達にあった。
目が見えているのかすら分からないようなしわしわの顔で、まだ毛の生えていない身体をむにむにと捩(よじ)らせて、いつもの寝床で幸せそうな表情で横になっているフランソワのふわふわの毛の中に、温かさを求めているのか懸命に潜り込もうとしているメーアの六つ子達。
その姿の愛らしさといったら、いくらでも眺めていることが出来る程で……ユルトから出てしまったらこの姿が見られなくなってしまうと思うと、どうしても腰が重たくなってしまうのだ。
「これまで毎日のように働いてくれていたし、たまにそうするくらいは全く構わないのだが……その有様がこれからも続くようでは困るぞ」
フランソワの側にどっしりと腰を下ろし、じっと六つ子達を見つめる私の背中に向けて、家事中のアルナーがそんな言葉をかけてきて……そこで私はようやく重い腰を上げる。
「……流石にもう満足したか」
「いや、全身すっぽりと毛の中に潜ってしまったせいで、姿が見えなくなってしまったんだ。
……これではここに居ても仕方がないからな、村を軽く見回ったら森にでも行ってくるとするよ」
アルナーの言葉に私がそう返すと、アルナーは呆れ半分といった表情になってから小さなため息を吐き出して……小さな笑顔を浮かべる。
「……まぁ、そんな有様も子供嫌いよりは良いのだろうな。
夜泣きにも全く文句を言わないし、粗相の始末も積極的にしてくれるし」
そう言って森歩き用のマントやらを用意し始めてくれるアルナーに、私は肩を回し腰を回し、硬くなった身体を解しながら言葉を返す。
「そこら辺は若い頃に散々やってきたからなぁ……夜泣きも粗相も人のそれに比べたら大人しいものだよ。
エリーなんかは酷かったぞ、良い年になっても夜泣きとおねしょが止まらなくてな―――」
そんな言葉を皮切りに懐かしい話をあれこれとし、そうしながら森歩きの為の支度を整えていって……そうする中で、アルナーが思い出したかのように「エリーと言えば……」と、話を切り出してくる。
「昨日の宴の終盤に突然姿を見せたエリーが発表したあの冬服……早速作り始めたようだな。
私達の作る冬服はどうしても実用性というか、作りやすさと使いやすさを重視してしまうのだが……ああいう作り方というか、意匠の凝り方があるのかと驚いたよ。
……あの絵図の通り、上手く仕上がってくれると良いのだが……」
そう言ってエリーのユルトがある方向を見つめるアルナーの目は、言葉に含められている以上の期待の色に輝いていて……私は頷いてから言葉を返す。
「なら、見回りついでにエリーの様子も見てくるとするよ。
いくつか材料が足りないとかそんなことも言っていたし、注文の手紙を受け取って……森の向こうで道作りに励んでいるだろう連中に預けておけば、アイサ達に届けてくれるだろうさ」
鬼人族達の作る冬服を改良というかなんというか……王国風、と言うよりかはエリー風と言った方が良さそうな意匠を施した新たな冬服は、アルナーを含めた女性陣にとても好評のようで、昨日の宴の終盤はその話題で大盛りあがりとなっていた。
そういうことならば、その完成が少しでも早くなるように、良い仕上がりとなるように、出来る限りのことをしてやったほうが良いだろう。
……実際に私の言葉を耳にしたアルナーが、あんなにも嬉しそうな表情をしているのだから、そうする意味は小さくないはずだ。
そうして森歩きの支度を整え、戦斧を担いだ私は、ユルトを出て村の中を見て回った。
赤ん坊達の元気な声と、それを喜ぶ声と、赤ん坊のために頑張って働くぞとの声が響き渡る中、皆が元気に動き回っていて……そんな村の中をまずはエリーの下へ、次にガチョウの飼育小屋、そして厩舎へ行ってから村の外れへと足を運ぶ。
そこでは村の中にまで響いてくる程の大声を上げながらの、クラウス達による訓練が行われていて……蜥蜴達との戦いで色々と思うことのあったらしいクラウスは、己を一から鍛え直そうと、今までとは比べ物にならない凄まじいまでの気合を周囲に見せつけていた。
そしてそのやる気にあてられた犬人族達もまた、クラウスに負けてたまるかと、追いついて見せると懸命に身体を動かしていて……その光景をしばし眺めていた私は、邪魔にならないようにと、無言でその場を後にする。
これからこの草原は冬を迎える。
アルナーによると草原の冬は、寒さのあまりにモンスターすらも姿を見せない、とても静かな季節となるそうだ。
そんな冬を鬼人族達は、春からの新年に備えて様々な細工仕事をしたり、あるいは己の身体や技、狩りの腕前を鍛え直したりと、準備や成長の為の時間として過ごすそうだ。
クラウス達にとっても、この冬は成長の為の時間となりそうで、長く寒く静かな冬が明けた時、彼等がどう成長しているのか……今から楽しみで仕方ない。
……と、そんなことを考えながら厩舎の方へと足を向けていると、森歩きの支度を整えたセナイ達がこちらに駆けてくる。
どうやら村の中を練り歩く私の姿を見て、森に行くと察して慌てて準備をしてきたようだ。
「ディアス! 私達もいく!」
「もり! もりで、ふゆぞなえ!」
駆けながらそんな声を上げてくるセナイとアイハンと、
「あ、今日はボクもいきますよ~」
セナイの腕にぎゅうっと抱きしめられながら声を上げてくるエイマ。
そんな三人の姿を見た私は、
「今日は遅い出発となってしまったから、馬達に乗っていくことにするぞ!!」
と、三人に向けて大きな声を上げ返すのだった。
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