第131話 それぞれの策動



 ――――宴の準備で慌ただしいイルク村の中で セナイとアイハン



 赤ん坊達の誕生を祝う宴の準備をすべく、村人達が忙しなく行き交う中を、セナイとアイハンが手を繋ぎながらタタタッと駆け抜けていく。


 二人が目指すのはさらさらと流れる小川の中でも特に流れの激しい、昨日のうちに革袋を沈めておいた一帯だ。


 懸命に駆けて目的地にたどり着いたなら、川辺りに置いておいた石を持ち上げ……そこに巻きつけておいた革紐を、その先にある革袋を引っ張りあげる。


 その革袋の中には以前収穫したローワンの木の実がたっぷりと入っていて……昨夜の寒気に冷やされてすっかりと毒気を失ったローワンの実を確認したセナイとアイハンは、してやったりといった、にんまりとした笑みを浮かべる。


「これでまた色々なお薬が作れるね!」

「つくれるねー!」


「サンジーバニーの上澄みで作った安産のお薬は成功だったし……もっともっと作らないと!」

「おとうさんと、おかあさんのわかぎは、はるまでおねむだから、あんまりがんばれないけれど、がんばる!!」


 そう言って頷きあった二人は冷水の滴る革袋を手に、竈場の隅に作られた二人専用の……アルナーがままごとの為にと用意したはずだった小さな竈の下へと、元気に駆けていくのだった。



 ――――宴の準備で慌ただしいイルク村の中で エリー



 イルク村中が宴の準備で騒がしくなる中、エリーは一人、自らのユルトの中へと籠もっていた。

 宴の準備を手伝いたい気持ちは重々あるのだが、それよりも何よりも彼女にとって重要で、疎かにできない一大事が存在していたのだ。


 そんな彼女のユルトの中に広げてあるのは、服のデザインが描かれた何枚もの紙で……そこに描かれていたのは、鬼人族の服の在り方と、王国の服の在り方と、彼女自身のセンスを混ぜ込んだ結果産まれた、全く新しい形の服であった。


「……どうにか、どうにかして完成させないと……!

 どうせ発表するなら宴の真っ最中、一番に盛り上がった時しかないじゃないの!!」


 そんな独り言をぶつぶつと呟いたエリーは、その目をらんらんと輝かせながら、手にしたペンを一心不乱と言った様子で走らせ続けるのだった。



 ――――一方その頃、草原の北部で ゾルグ



 寒波と共にやってきたという大蜥蜴達。


 その事後処理をしてやると軽々しく、考えなしに引き受けてしまったゾルグだったが、実際にその現場を目にした際には、なんだってまた安請け合いしてしまったのだと激しく後悔することになる。


 十や二十どころではない、これだけの数の死体の処理となると一日や二日で終わるとはとても思えず、かといってこれだけの瘴気を放つ肉塊を放置しておく訳にもいかず……数日間の寝ずの作業が確定してしまったからだ。


 ……だが、その後悔は作業を進めるにつれて薄まっていくことになる。

 その理由は、ゾルグが率いることになった警備班の面々の態度の変化にあった。


 族長モールの一声で急遽結成されることになった、ゾルグを長とした警備班。


 その一員として働くように言いつかった者達は今日までの間、嫌々渋々といった態度でゾルグに従っていたのだが、それがここに来て素直に命令に従うようになって来たのである。


 驚異とも言える程の数の大蜥蜴を撃退してみせたイルク村。

 そのイルク村の戦力は……見方によっては親しい縁者であるゾルグの力であるとも言える。


 その縁を見事な手腕で築き上げたモールへの忠誠心の向上と、その縁を担うゾルグという存在への評価の改善。

 これらが数え切れない程の大蜥蜴の死体を目にすることになった、彼等の心の中で起こり、そうして言葉や態度として表に出てきたのである。


 自らの実績でもってそうした訳ではないので、決して誇れるようなことではなかったが……その為に必要な、大きな一歩を無事に踏めたという意味では、価値のある大きな変化だった。

 

 その変化を感じ取ったゾルグは……イルク村とアルナーに深い感謝を抱きながら、懸命に手を動かし、大蜥蜴達の死体を粛々と処理していくのだった。


 

  ――――数日後。マーハティ領、西部の街メラーンガル、領主屋敷の執務室にて エルダン



「つまるところ貴方は、自らの身に突然起きた大きな変化に焦ってしまっていたって訳だ」


 諸々の事後処理が終わり、執務室で一息ついて居た所に、突然現れたジュウハにそう言われて、エルダンは目を丸くして首を傾げる。


「焦っていた……とはどういうことであるの?」


「病でいつ果てるとも分からない身体では、ただ憧れるだけだったディアスという存在。

 ……だが健康な身体を手に入れたことで、その憧れに追いつけるのではないか……と心の何処かで思い始めてしまった。

 だがディアスって奴ぁ、じっとしていないどころか、常に全力で走り続けているような、馬鹿という言葉を体現した馬鹿らしい存在だ。

 続けてのドラゴン討伐、牛歩ながらも順調な領地経営、神話にあるような伝説との邂逅……自分では到底成し得ない偉業の数々を目の当たりにして、ここのトップ、領主という身でありながら、それ以上の手柄を得ようと名声を得ようと、心の何処かで焦っていたのさ」


 執務室の入り口に寄りかかりながら、その艷やかな髪をふわりと撫で上げ、渾身の決めた表情で持ってそう言ってくるジュウハの言葉に……エルダンは何も言い返すことが出来ない。


「件の薬を飲む前の貴方だったら、まず今回のような顛末には至らなかっただろうな。

 部下に全てを任せるか、慎重過ぎる程慎重に事を進めるか、それか俺の言葉に従って最大の戦力でもって挑んだはずだ。

 ……焦りでもって行動するのは禁物、良い勉強になっただろう?」


「……では、今後は焦りを抱くなと?」


「いやいや、それでは駄目だ。

 焦りも嫉妬も、狂ってしまうような向上心も、人の感情としては極々当たり前の、無くてはならないものだからな。

 ……そこを失ってしまっては、他の者達が抱く想いに気付けなくなってしまう。

 そういうことじゃぁなくてだな、焦った上で激しい嫉妬に駆られた上で、その感情全てを呑み込んで、我が物とし……最高の決断を下せるようになれってことさ。

 人の持つ感情ってのは度し難いもんだ。清濁入り混じり、その極限に至ればとんでもないことをしでかすこともある。

 ……王ってのは、そういった感情全てを呑み込んでこそってことさ」


 領主ではなく、王という言葉を使ったジュウハに対し、エルダンの傍らで控えていたカマロッツは片眉をぴくりと動かし……エルダンは何も言い返さずに静かに窓の外へと視線をやる。


 エルダンのその表情をじっくり見つめたジュウハは、何も言わないまま再度、自分にとっての最高の表情を決めてから……その髪を揺らしながら執務室を後にするのだった。



 ――――数十日後。王都の外れのとある一軒家で ナリウス



「……誰が捕獲した上で、王都に連れてこいなどと命令した?」


 事の流れで仕方なく第二王子であるマイザーの身を捕獲する羽目となり、そのまま王都まで連行する羽目となったナリウスは、雇い主であるリチャードの不機嫌そうなその一言に、背筋どころか全身を一気に冷やすような恐怖を抱く。


「い、いや、ご命令に反していることは勿論承知してるんッスけどね!?

 ……流れで仕方なくこうなってしまったと言ったら良いんスかねぇ。

 カスデクス公……じゃなかった、マーハティ公の手の者に全てを見透かされた上に手配までされてしまったら連れてくる以外に道は無かったんスよぉ……。

 処分する可能性も考えて、人目につかないこの家にお呼びした配慮を考慮して欲しいッス……」


 そのナリウスの言葉と、ナリウスが手にしていた報告書に目を通したリチャードは、その仔細を読み取るなり大きなため息を吐き出す。


「……まぁ、お前でこの結果だったのであれば、誰に依頼してもこれ以下の結果しか出なかったのだろう。

 見ようによってはマイザー捕獲という手柄と、マイザーの身柄という手駒を手に入れたと言えなくもない。

 報せを寄越した手順と、周囲を隙無く見張らせている手の者の存在と、その馬鹿を抱えながら誰にも気付かれることなく王都に至ったその手腕を評価して、今回の件に関してはこれ以上のことは言わん。

 ……よくやった」


 そう言って金貨の入った袋を投げ寄越しているリチャードに対しナリウスは、全てを見透かされていることに驚くやら呆れるやら、一切の言葉を返せなくなってしまうのだった。


 


 

 ・第五章リザルト



 領民【98人】 → 【125人】

 内訳 27人の犬人族の赤ちゃん達。



 ディアスはサンジーバニーを口にし、あらゆる状態異常から回復した。

 ディアスは地位【サンセリフェ王国、公爵】を手に入れた。

 ディアスは家名【メーアバダル】を正式に名乗り、領地に【メーアバダル】の名を付けた。

 ディアスはウィンドドラゴンの素材と引き換えに、領地【草原東の森】を手に入れた。

 ディアスは家畜【赤ちゃんメーア】6頭を手に入れた。



 冬備えは一進一退、まだまだ頑張る必要がありそうだ。

 草原西方から、大商隊が接近してくる気配がある。


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